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二章
39. シルの憧れ
しおりを挟む「やあマティ、とうとうラルフの部下まで掌握したんだって?」
なんだか久しぶりにエドワード王子を見た気がする。
「やめて下さい。ラルフ様の部下の皆さんとは仲良くさせてもらっていますが、掌握なんかしていませんから」
変な言いがかりはやめてほしい。どこで何を聞いてそんなことになったのか不思議で仕方ない。
「なんだ、あの特殊な分隊もマティなら意のままに操れるのかと思った」
「そんなわけありません。僕はラルフ様の夫というだけで、それ以上でもそれ以下でもありません。それで今日は何の用ですか?」
エドワード王子が店に来るということは、何か僕に用があるということだ。陛下から呼び出されるようなことはしていないと思うけど、僕がしていなくてもラルフ様がしたということも考えられる。
家のことや家族のことは相談してくれるようになったけど、仕事のことは僕が首を突っ込むわけにはいかないし、そんなこと相談されても僕には判断できない。
「ん~? 特に用は無いけどマティの顔、見にきたんだよ。それとさっきの確認ね」
部下の皆さんを掌握したとかいう、どこから出たのか分からない謎の噂の真相ってわけですか……
あ、でもうちにラルフ様の部下を一人掌握してる庭師がいたな。
きっとバルドはロッドを動かすことができるだろう。ロッドより強そうなバルドは、ロッドを動かさなくても自分でなんとかしてしまいそうだけど。
「そうですか。確認が終わったのなら速やかにお帰りください。お花を買いに来ていただけるのはありがたいのですが、街中は護衛を連れて歩いて下さいね」
「マティは優しいね。俺の心配してくれるなんて」
心配というか、ちょっと面倒だから気軽に店に来ないでほしいんだ。
要件がある時は護衛を連れて来るか、書状を伝令に託せばいいんだし。
今日のお迎えはロッドだった。
「あれ? 今日も?」
「ええ」
僕たちが向かった先は自宅ではなく騎士団だ。なぜ騎士団に向かっているかというと、最近シルが騎士団の訓練を見たがるから。僕が仕事に行っている間は、騎士団に行って見学をしていることが多いんだ。
それで僕が仕事終わりに迎えに行って、一緒に帰るという流れになっている。その方が僕としても色々安心だ。ラルフ様や部下の皆さんは騎士団の仕事をするべきで、僕やシルや家の護衛ではないんだから。
「すごい! かっこいい!」
シルが興奮した様子で柵に齧り付いて訓練を見ている。
「リズ、シルについててくれてありがとう」
「いいえ、お仕事ですから」
少し暑くなってきたのに、最近またシルはチェーンメイルを着て木剣を背負っている。可愛い騎士さんの憧れはやっぱり騎士みたいだ。
僕も「ラルフを止めてくれ」と呼びにこられた時にしかラルフ様の訓練? 暴れている姿を見たことなかったから、ラルフ様や部下の皆さんが訓練している姿を見るのは新鮮だ。
と言ってもラルフ様も部下の皆さんも、指導側に回っているから剣の打ち合いみたいな姿は見ていない。
「おとなになったらぼくがママをまもる!」
「ダメだ。それは俺の役目だ」
小さな騎士さんは頼もしいな。と微笑ましく思ったら、ラルフ様が一瞬で僕たちの元まで来た。小さな子の夢を壊さないでください。
「ぼくはラルよりつよくなる」
「そうか。誰にも負けないよう俺が鍛えてやろう」
うんうん、親子って感じでいいね。
僕がシルくらいの年齢の時ってどうだったんだろう? 僕も騎士に憧れてたりしたんだろうか? 男の子にとって戦ったり誰かを守れる強さがあるって憧れるよね。
僕は残念ながら全く戦えないし、守られる側の人間だけど、たぶん一度くらいは強い男に憧れたこともあったと思う。
騎士団の訓練は見学する人もたまにいる。ただし、騎士の誰かの親族や貴族しか入れない。
他国からの刺客や間者が紛れ込むようなことがないよう、建物に入るには騎士が連れて一緒に入るか、身分証を見せる必要があるらしい。
僕やシルは、いつも騎士が一緒にいるから身分証を見せたことはない。騎士がいるからだよね?
前にラルフ様が暴れた時、僕がラルフ様を止めるところを見ていた人には、会釈されたりするけど、みんな同じ制服を着ているから。正直誰が誰か分からない。分かるのはラルフ様の部下五人とラルフ様の上官である中隊長だけだ。中隊長にはラルフ様と話し合いのために部屋を借りた時以来、会っていない。
「シル、そろそろ帰ろうか」
「うん、ママだっこ」
僕たちはラルフ様の訓練が終わるまで待つことなく、シルが満足すると途中で帰るんだけど、いつもラルフ様は騎士団の入口まで送ってくれる。
たまに家まで送ってくれることもあるけど、大抵は部下の誰かが家まで送ってくれる。
よく見ていると、家族などが見学に来た時には、その家族と思われる騎士が送っていくから、騎士団で身内を送るために訓練を抜けるのは許可されているらしい。
ただし、他の見学の方たちはシルのように頻繁には来ない。うちってやっぱり特別だよね? そんな頻繁に部下の人を借りていいの?
家に帰ると、シルが真剣な顔で考えごとをしていた。
「シル、どうしたの?」
「ママ、どうしたらすぐおとなになれるの?」
シルを含め子どもたちは、ラルフ様や部下の人たちから「子どもは戦うな」と言われている。
力も体格も違う大人と戦うなんて現実的じゃないし、逃げたり隠れたりすることを教えてくれているラルフ様たちには感謝だ。子どもが武器を振り回すなんて危ないしね。
分かってはいても、騎士が戦っている姿を見て羨ましくなったんだろう。
「急がなくても、ゆっくり大きくなればいいんだよ」
「ダメ。いますぐがいい。はやくおとなになってママをまもるの」
「うん、ありがとうシル」
背伸びしたい年頃なんだろうな。クリスもフィルも領地に帰ってしまったから、シルの周りは大人ばかりだもんね。微笑ましい気持ちでシルの髪を撫でたら、手を退けられた。
「はやくおおきくなりたい」
「うん、じゃああと冬が二回くらいきたらラルフ様に頼んで剣術を教えてもらおうか」
「やだ。いまがいい。いやなの!」
シルの願いは何でも叶えてあげたいけど、早く大人になりたいって願いを叶えることはできないからな……
それに、子どもである時間は短い。シルには子どものうちは子どもの時にしかできない遊びや体験をしてもらいたい。急がなくてもいいんだけど、そんな答えじゃ納得できないよね……
その日シルは拗ねてしまい、夕飯もお風呂も嫌だ嫌だと言って、しまいには部屋に引きこもってしまった。
「ラルフ様、どうしたらいいでしょう?」
「世の中にはどうしようもないこともある。どうしようもないと受け入れることは簡単ではないが、俺たちは見守るしかない」
「そうですね……」
明日はシルの好きなお菓子を買って帰ろう。そしてうんと甘やかして、こんなに甘えることができるのは今だけだよって教えてあげよう。僕にはそんなことしかできないけど、何かしてあげたい気持ちはあるんだ。
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