僕の過保護な旦那様

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二章

37.庭の手入れ

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「マティアスさん、申し訳ございませんでした」
「「「申し訳ございませんでした」」」
 なんのこと?
 ラルフ様の部下の皆さんが僕に整列して謝罪してきたけど、意味が分からなかった。
 みんなで抱えているその箱もなんなの? みんな揃って木箱を抱えていてそれが不思議だった。

「先日引き抜かれた草ですが、みなさんが植えるのを手伝ってくれるそうです」
 後ろから声が聞こえて振り向くと、スコップを持ったバルドがいた。なるほど、その木箱の中には苗が入っているのか。

「僕には謝らなくてもいいから。手伝ってくれるならありがとう」
「ぼくもやりたい!」
 みんなが集まっていたから、シルが走ってきてやりたいと言った。
 大人と同じことをやりたい年頃なのかもしれない。苗を植えるのなら危険はないし、僕はバルドにシルを任せて仕事に行くことにした。

「凄いな。侵入された際に罠に見えない罠を張るなど、常人では考えつかない」
「そうだな。明らかな罠では対策を取られてしまう」
「ああ、シルや屋敷の人たちが罠にかからないよう安全な道もしっかり確保しないとな」
「わなあるの?」
「そうだぞ。マティアスさんが仕掛けた罠にシルはたまたまかかってしまったんだ。これからは安全なルートの印を付けておくから、そこを歩くようにするんだぞ」
「うん!」

 ん? んん? おかしな会話が聞こえてきた気がする……
「さあ、マティアス行くぞ」
「あ、うん」
 僕はおかしな会話を訂正する間を与えてもらえず、ラルフ様に手を引かれて仕事に行くことになった。帰ったらバルドに聞いてみよう。何かがおかしい。
 またラルフ様が勘違いして変なことを言ったのかもしれない。隣を歩くラルフ様をじっとりと見上げたら、目が合った。

「キスするか?」
「しません」
「人がいるからか?」
「そうですよ。誰か知り合いに見られたら恥ずかしいです」
「そうか」
 ラルフ様が勘違いしないように、ちゃんと理由の説明はしなければならない。そこを面倒だと省いてしまうと、とんでもないことが起きてしまう。
 考え事をしながら花屋への道を歩いていると、急にラルフ様に腕をグイッと引かれて唇が重なった。
 え? 外だよ?
 僕が驚いたままでいると、「ここなら誰にも見られない」とラルフ様は言った。
 うん……そうかもしれないけど……
 確かにここは建物と建物の隙間で奥は行き止まりだし人はいない。ラルフ様の大きな体が壁みたいな役割を果たしているから、通りからは僕がいることすら分からないだろう。キスしているところを誰かに見られることはない。だけど……
 説明するのって難しいんだなって思った。

「嬉しいか?」
「嬉しいです」
 僕はそう答えるしかなかった。嬉しくないわけじゃない。ラルフ様とキスするのは好きだし、ラルフ様が僕を喜ばせようとしてくれていることも嬉しい。
 色々考えていると、もう何が正解なのか分からなくなってきた。僕が間違っているのかもしれないとさえ思えてくる。もういいや。
「もっとして」
 ラルフ様の服を掴んで爪先立ちで見上げると、ラルフ様の好きなチュッチュッと唇を啄むようなキスをたくさんされた。僕も対抗してラルフ様の唇に吸い付くと、ヌルリと舌が潜り込んできた。ヌルヌルと舌を絡めていたんだけど、急に引き剥がされた。
 何?
「ダメだ。これ以上は我慢できなくなる」
「ふふふ、僕もこんなことしていたら仕事に遅れてしまいます」
 そう言うとラルフ様はハッとした顔をして、僕を抱えてあっという間に花屋の裏口に着いた。おかげで遅刻はせず、かなり余裕を持って着いた。

「ラルフ様、ありがとうございました」
「ああ、帰りはルーベンが迎えにくる」
 ラルフ様はお仕事があるらしい。部下の皆さんはうちの庭を整えているんだけど、それはいいんだろうか?

 シュタッ
 ルーベンのその登場の仕方、どうにかならない?
 今日はルーベンが迎えにくると聞いていたから、予測はしていたんだけど、それでも空から降ってくるのは怖いよ……
「庭はもう終わった?」
「いえ、まだ作業を続けている」
「植物を植えて手入れするのも、結構大変でしょう?」
「大変だ。それを知ってみんなで反省しているところだ」
 そっか。それならいいんだ。バルド、よかったね。みんなが植物を育てる大変さを分かってくれたみたいだよ。


 家に戻ると、ロッドとグラートとアマデオが庭を這っていた。匍匐ほふく前進って言うんだっけ? ハリオは高い塀の上に立っている。僕を迎えにきてくれたルーベンもいつの間にか塀の上にいた。どこから登った? そんなとこに立ったら危ないからやめて。
 僕にとっては異様な光景に見えるんだけど、ベンチに座ってそれを平然と眺めているバルドの横に座って聞いてみた。
「……バルド、これは何をしてるんだろう?」
「罠の調整らしいです」
「なんでそんなことしてるの?」
「分かりません。マティアス様がせっかく敵に感知されない罠を仕掛けてくれたのに、それを壊してしまったから、マティアス様が作った以上のものを作り直すらしいです」
「僕、罠なんて仕掛けてないけど……」
 そうだよね? 知らないうちに仕掛けてたとか無いよね? ちょっと不安になってバルドの顔を見た。
「私もそう思って、皆さんにそんなことはしていないと言ったんですが、そんなはずはないと……」
 そんなはずしかないよ。庭に罠なんて仕掛けたらシルが気軽に遊べなくなるし、そんなことしないよ。

「だいたいこんなもんだろう。隊長が帰ってきたら確認してもらうぞ」
 ハリオの声が聞こえて、部下のみんなが立ち上がってこちらに戻ってくるのが見えた。ハリオとルーベンはあの高い塀から飛び降りたんだろうか? もしかしてルーベン以外も空から登場ってのができるの?

 罠ねえ…… なんかどうでもよくなってきた。
 メアリーに冷たい飲み物を頼んで、皆さんに渡してもらう。ラルフ様が帰ってくるまで彼らはいるだろうし、みんなの分も夕食を用意するようお願いすると、僕は逃げるように部屋に戻った。
 罠の知識なんてないのに、部下の皆さんが「どうですか?」って感じで期待の視線を送ってくるんだ。

 コンコン
 ラルフ様が帰ってくると、リーブが僕を呼びに来た。
「旦那様が帰宅されました。マティアス様を呼んでほしいと」
「リーブ、庭に僕が罠を仕掛けていて、それをラルフ様と部下のみんなが壊してしまったと思い込んでるんだ」
「はい。バルドから聞いております」
「リーブは僕のこと分かってくれる? 味方でいてくれる?」
「ええ。勿論でございます」
 リーブが柔らかい笑みを浮かべながらそう言ってくれたから、僕はやっと少し安心できた。リーブに案内されて向かうと、やっぱりラルフ様は部下の皆さんと一緒に庭にいた。もう暗いのに。

「ラルフ様、おかえりなさい」
「マティアス、庭はどうだ?」
「今は暗くて見えませんが、僕が帰ってきた時には整っていましたよ」
「そうか、よかった。これから侵入された場合の対策として、罠などを増やそうと思うんだが、どうだろう?」
「それは必要ありません。シルのような小さい子も遊ぶんですよ? 危険な罠など設置したら許しません」
 落とし穴とか、あの槍の先みたいな尖った棒などを見えないように設置されたら、危なくて庭で遊べなくなる。

「そうか、分かった。過剰な罠は、敵には有効だが味方に危険が及ぶこともある。危うくそれを忘れるところだった。最小限の罠で敵の進行を遅らせ、その間に態勢を整えて打って出る。マティアスはさすがだな」
「ほお」
「なるほど」
 部下の皆さんがラルフ様の言葉に感心した声を漏らした。
 違う。そんなこと僕は一言も言ってない。誰か助けて……そう思ってリーブを見ると、微笑みながらうんうんと頷かれた。それって何に対しての肯定?

「食事にしましょう……」
 僕は本当にどこに向かっているんだろう? そしてラルフ様は僕をどうしたいんだろう?
 その日の夕食は、あまり味がしなかった。

「マティアス、疲れているのか?」
「……そうですね」
 そう言うと、ラルフ様は手ずからカモミールのハーブティーを淹れて蜂蜜もトロリと少し垂らして渡してくれた。
 ほんのり甘くて、優しい香りが広がる。
 ラルフ様は優しい。不満もない。だけど……

 僕がお茶を飲み終わると、抱き抱えてベッドまで運んでくれた。
「ラルフ様、僕は戦いの心得はありませんよ」
「分かっている」
 本当に分かっているんだろうか? やっぱりラルフ様の「分かっている」は信用できないと思った。

「ゆっくり休め。俺が見張っているから」
「見張らなくていいから、ラルフ様も休んで下さい」
 布団の中から小声で言うと、ラルフ様は「分かった」と言った。

 
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