僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
37 / 180
二章

36.お花見と怒りのマティアス

しおりを挟む
  


 お花見は全員ですることになった。使用人とラルフ様の部下五人全員が集まって、庭でお肉を焼いたり、昼間からお酒も出した。たまにはいいよね。

 僕はバルドが隣に座ったロッドの手をさり気なく握ったのを見た。シルにもラルフ様にも聞いてはいたけど、聞くのと見るのは違う。
 みんなが幸せならいいんだけど、身近な人が恋仲になるのはちょっとドキドキしてしまう。
 それに、なんとなく僕の中でロッドの方がバルドをリードしてるのかなって思ってたから、バルドがロッドの手を握りにいったのが意外だった。そうでもないか。僕だってラルフ様の手を自分から握ったりするし。

 この庭を綺麗に彩っている花は、僕が従業員価格で安く買ったものが大半だ。バルドと相談して、綺麗な花が咲くものだけでなく、ハーブティーに使えるハーブも植えている。匂いが強いものや、ちょっと庭園に向かないハーブは裏庭の畑の横に植えている。メアリーが淹れてくれたハーブティーはうちで育てたハーブだ。
 乾燥したハーブをお茶屋さんで調合してもらうのもいいけど、フレッシュなハーブで淹れたお茶はとても爽やかで美味しい。

「うーん、このお茶美味しい」
 僕が椅子に座ってハーブティーを堪能していると、シルは綺麗な黄色の蝶々を追いかけて遊んでいた。分厚い塀もあるし、庭なら危なくない。みんなもいるから安心だ。

「ママ~」
 シルが僕に向かって駆けてきて、その途中で草か石に躓いて転んだ。慌てて向かうとちょっと膝を擦りむいて血が滲んでいた。痛くて泣き出すかと思ったけど、シルはグッと堪えている。
「シル、偉いね。もう大丈夫。すぐに治るからね」
 涙を堪えて、シルは頷いた。よしよしと背中を撫でて抱えて戻ると、メアリーにシルの手当てをするよう言って預けた。
「メアリー、お願いできる?」
「はい。もちろんです」
 僕はそんなのよくあることだと思ったけど、ラルフ様がシルに詰め寄った。
「何があった? どれにやられた?」
 どれにやられたって、やられたわけじゃないと思うけど……

「あのながいくさ」
 シルが指差したのは根元あたりから長く細い葉が伸びている草だった。細長い草が絡まっていたのかもしれない。
「分かった。バルド、あれは排除する」
 そう告げるのと行動とどちらが早かったか。ラルフ様と五人の部下全員が一斉に走り出してその草を刈り尽くした。
 その早技に、僕は呆気に取られていることしかできなかった。
 せっかくの綺麗な庭が……

 お肉を焼いたり、蝶々を追いかけたり、摘みたてのハーブでハーブティーを淹れたり。楽しかった花見が一瞬にして終わりを迎えた。
 前にラルフ様が棘のある花を刈り尽くしたことがあったな……あれから家の敷地で剣を抜くのは禁止にしたんだっけ。剣は抜いてなくても、引き抜かれて千切られてボロボロになった草や、掘り起こされて散らばった土を見て悲しくなった。

 他の草や花は避けて、シルが躓いた草だけが刈り取られているけど、バルドと一緒に時間をかけて整えた庭が荒らされたことが許せなかった。
「ラルフ様!」
 危険は取り除いてやったぞ! とやり遂げたという顔でゆっくり戻ってくるラルフ様を呼んだ。

「そこに座ってください。全員です」
「マティアーー」
「今すぐ!」
「「「はい!」」」
 焦った様子で僕の名を呼ぼうとしたラルフ様に被せて、早くしろと強めに言い放ったら、部下のみんなもビクッとして僕の前に並んだ。

 地面に膝を折って座る六人を前に、僕は怒りを抑えられなかった。
 この草だってタダじゃない。せっかくバルドと綺麗な庭を作るために考えて選んだものだ。植えるのだってこれだけの数を植えるのは大変なんだ。手入れだって楽じゃない。毒があって命が危険に晒されるようなものなら取り除いてもらっても構わないけど、ちょっと運悪く躓いただけだ。
 草さえ危険なら、何もできなくなる。フォークだって刺さったら危ないし、ベッドだって落ちたら危ない。その辺の石だって転んだら危ないし、そんなことを言い出したらキリがない。

「あなた方はたかが草だと思っていると思いますが、僕たちは真剣に選んでお金を出して買って、時間をかけて土を整えて、植えるのだって手入れをするのだって大変なんですよ! バルドに謝って下さい!」
 バルドはみんなに頭を下げられて恐縮していたけど、こういうことはしっかり言っておかなければならない。シルが躓くたびに草が刈り取られたら、この庭の植物はなくなってしまう。

 ラルフ様が暴走するのは前はよくあったことだ。それに部下の誰も異を唱えないのが不思議でならない。戦争とはこうも人の常識を狂わせてしまうものなんだろうか? それともラルフ様と思考が同じ人がたまたま揃っただけ?

 シルの怪我は本当に大したことなくて、ちょっと擦りむいて少し血が滲んだ程度だったから、その後は室内でメアリーとリズとチェルソと一緒に、絵が描かれた木の板で遊んでいた。


「マティアス……すまない」
 ラルフ様がキャンドルに火を灯す僕に話しかけた。今日はラベンダーだ。僕も今日はちょっと頭に血が上ってしまったから、心を落ち着けたい。
 昼間の草を刈り尽くす事件からラルフ様は肩を内側に巻き込んだまま大人しくしている。あの時は怒ったけど、僕だっていつまでも不機嫌でいるわけじゃない。理解して、今後は気を付けてくれればいいんだ。

「これからは行動を起こす前に相談して下さいね」
「答えを、教えてもらえるのか?」
「え?」
 何を言っているのかと思ったけど、「答えを教える」という言葉が引っかかって必死に思い出してみる。
 ……もしかして、この前の夜に言ってたこと?

 ーー聞きたいことがあれば、憶測だけで行動せず、やはり本人に聞いた方がいいと思い至った。

 僕はそれになんて答えたんだっけ? 変なことしないでいつも通り……とかなんとか……
 それで「そう簡単に答えを教えてはもらえないんだな」なんて言われて、全然伝わっていなかったのだと、分かってもらえなかったのだと思って、そんなことよりと先を急がせた。

 反省するべきは僕なのでは?
 考え方がすれ違っていることを理解していた。分かってもらえなかったと気づいていたのに、それを放置したのは僕だ。

「ラルフ様、僕たちはまだまだ話し合いが足りないんですね。せっかく整えた庭が荒らされたことは腹立たしいと思いましたが、僕ももっとラルフ様の話を考えを聞くべきでした。ごめんなさい。僕も反省すべき点がありました」
「いや、マティアスが反省すべきことなどない。いつも俺の考えが足りないんだ。どうか嫌わないでほしい」
「嫌いませんから、そこは心配しないで下さい。考えが足りないこともありません」
 言葉ではうまく伝えられないけど、きっと言葉を重ねていけば、齟齬は埋まっていくと思うんだ。僕はベッドの端にこちらを向いて座るラルフ様の頬にそっと触れた。そしたらまたビクッとして、申し訳なさそうな顔をした。

「まず、今日の話をしましょうか」
「そうだな」
 僕はラルフ様の隣に座って、庭を整えるのはとても大変なんだと、バルドと色々考えてあの庭を作っていることを話した。それと、反射的に構えてしまうのは申し訳なく思うことはないことも伝えた。

「また分からなかったら聞いて下さい」
「そうする」
 今回は「分かった」という返事ではなかった。それに意味の違いがあるのかは分からないけど、なんとなく前に進めた気がした。

「マティアス、どこが気持ちいいのかは聞いてはいけないのか?」
「……知ってるでしょう?」
「知らん」
「嘘だ。僕のこと声が枯れるまで攻めるくせに」
 ラルフ様は僕がそう言うと、考え込んでしまった。なぜ?

「ラルフ様が僕のこと最高って言ってくれたみたいに、僕もラルフ様のこと最高って思ってます」
 そう言えば分かるかなと思って言ってみたら、次の瞬間には僕はラルフ様の下で裸だった。

「聞かれたことには答えます。男に二言はありません」
 結局その夜、僕はラルフ様の質問攻めと焦らしプレイに気が狂いそうになりながら答えることになった。加減……


  
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも
恋愛
学園の卒業パーティ 人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。 傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。 「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」 私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...