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二章
36.お花見と怒りのマティアス
しおりを挟むお花見は全員ですることになった。使用人とラルフ様の部下五人全員が集まって、庭でお肉を焼いたり、昼間からお酒も出した。たまにはいいよね。
僕はバルドが隣に座ったロッドの手をさり気なく握ったのを見た。シルにもラルフ様にも聞いてはいたけど、聞くのと見るのは違う。
みんなが幸せならいいんだけど、身近な人が恋仲になるのはちょっとドキドキしてしまう。
それに、なんとなく僕の中でロッドの方がバルドをリードしてるのかなって思ってたから、バルドがロッドの手を握りにいったのが意外だった。そうでもないか。僕だってラルフ様の手を自分から握ったりするし。
この庭を綺麗に彩っている花は、僕が従業員価格で安く買ったものが大半だ。バルドと相談して、綺麗な花が咲くものだけでなく、ハーブティーに使えるハーブも植えている。匂いが強いものや、ちょっと庭園に向かないハーブは裏庭の畑の横に植えている。メアリーが淹れてくれたハーブティーはうちで育てたハーブだ。
乾燥したハーブをお茶屋さんで調合してもらうのもいいけど、フレッシュなハーブで淹れたお茶はとても爽やかで美味しい。
「うーん、このお茶美味しい」
僕が椅子に座ってハーブティーを堪能していると、シルは綺麗な黄色の蝶々を追いかけて遊んでいた。分厚い塀もあるし、庭なら危なくない。みんなもいるから安心だ。
「ママ~」
シルが僕に向かって駆けてきて、その途中で草か石に躓いて転んだ。慌てて向かうとちょっと膝を擦りむいて血が滲んでいた。痛くて泣き出すかと思ったけど、シルはグッと堪えている。
「シル、偉いね。もう大丈夫。すぐに治るからね」
涙を堪えて、シルは頷いた。よしよしと背中を撫でて抱えて戻ると、メアリーにシルの手当てをするよう言って預けた。
「メアリー、お願いできる?」
「はい。もちろんです」
僕はそんなのよくあることだと思ったけど、ラルフ様がシルに詰め寄った。
「何があった? どれにやられた?」
どれにやられたって、やられたわけじゃないと思うけど……
「あのながいくさ」
シルが指差したのは根元あたりから長く細い葉が伸びている草だった。細長い草が絡まっていたのかもしれない。
「分かった。バルド、あれは排除する」
そう告げるのと行動とどちらが早かったか。ラルフ様と五人の部下全員が一斉に走り出してその草を刈り尽くした。
その早技に、僕は呆気に取られていることしかできなかった。
せっかくの綺麗な庭が……
お肉を焼いたり、蝶々を追いかけたり、摘みたてのハーブでハーブティーを淹れたり。楽しかった花見が一瞬にして終わりを迎えた。
前にラルフ様が棘のある花を刈り尽くしたことがあったな……あれから家の敷地で剣を抜くのは禁止にしたんだっけ。剣は抜いてなくても、引き抜かれて千切られてボロボロになった草や、掘り起こされて散らばった土を見て悲しくなった。
他の草や花は避けて、シルが躓いた草だけが刈り取られているけど、バルドと一緒に時間をかけて整えた庭が荒らされたことが許せなかった。
「ラルフ様!」
危険は取り除いてやったぞ! とやり遂げたという顔でゆっくり戻ってくるラルフ様を呼んだ。
「そこに座ってください。全員です」
「マティアーー」
「今すぐ!」
「「「はい!」」」
焦った様子で僕の名を呼ぼうとしたラルフ様に被せて、早くしろと強めに言い放ったら、部下のみんなもビクッとして僕の前に並んだ。
地面に膝を折って座る六人を前に、僕は怒りを抑えられなかった。
この草だってタダじゃない。せっかくバルドと綺麗な庭を作るために考えて選んだものだ。植えるのだってこれだけの数を植えるのは大変なんだ。手入れだって楽じゃない。毒があって命が危険に晒されるようなものなら取り除いてもらっても構わないけど、ちょっと運悪く躓いただけだ。
草さえ危険なら、何もできなくなる。フォークだって刺さったら危ないし、ベッドだって落ちたら危ない。その辺の石だって転んだら危ないし、そんなことを言い出したらキリがない。
「あなた方はたかが草だと思っていると思いますが、僕たちは真剣に選んでお金を出して買って、時間をかけて土を整えて、植えるのだって手入れをするのだって大変なんですよ! バルドに謝って下さい!」
バルドはみんなに頭を下げられて恐縮していたけど、こういうことはしっかり言っておかなければならない。シルが躓くたびに草が刈り取られたら、この庭の植物はなくなってしまう。
ラルフ様が暴走するのは前はよくあったことだ。それに部下の誰も異を唱えないのが不思議でならない。戦争とはこうも人の常識を狂わせてしまうものなんだろうか? それともラルフ様と思考が同じ人がたまたま揃っただけ?
シルの怪我は本当に大したことなくて、ちょっと擦りむいて少し血が滲んだ程度だったから、その後は室内でメアリーとリズとチェルソと一緒に、絵が描かれた木の板で遊んでいた。
「マティアス……すまない」
ラルフ様がキャンドルに火を灯す僕に話しかけた。今日はラベンダーだ。僕も今日はちょっと頭に血が上ってしまったから、心を落ち着けたい。
昼間の草を刈り尽くす事件からラルフ様は肩を内側に巻き込んだまま大人しくしている。あの時は怒ったけど、僕だっていつまでも不機嫌でいるわけじゃない。理解して、今後は気を付けてくれればいいんだ。
「これからは行動を起こす前に相談して下さいね」
「答えを、教えてもらえるのか?」
「え?」
何を言っているのかと思ったけど、「答えを教える」という言葉が引っかかって必死に思い出してみる。
……もしかして、この前の夜に言ってたこと?
ーー聞きたいことがあれば、憶測だけで行動せず、やはり本人に聞いた方がいいと思い至った。
僕はそれになんて答えたんだっけ? 変なことしないでいつも通り……とかなんとか……
それで「そう簡単に答えを教えてはもらえないんだな」なんて言われて、全然伝わっていなかったのだと、分かってもらえなかったのだと思って、そんなことよりと先を急がせた。
反省するべきは僕なのでは?
考え方がすれ違っていることを理解していた。分かってもらえなかったと気づいていたのに、それを放置したのは僕だ。
「ラルフ様、僕たちはまだまだ話し合いが足りないんですね。せっかく整えた庭が荒らされたことは腹立たしいと思いましたが、僕ももっとラルフ様の話を考えを聞くべきでした。ごめんなさい。僕も反省すべき点がありました」
「いや、マティアスが反省すべきことなどない。いつも俺の考えが足りないんだ。どうか嫌わないでほしい」
「嫌いませんから、そこは心配しないで下さい。考えが足りないこともありません」
言葉ではうまく伝えられないけど、きっと言葉を重ねていけば、齟齬は埋まっていくと思うんだ。僕はベッドの端にこちらを向いて座るラルフ様の頬にそっと触れた。そしたらまたビクッとして、申し訳なさそうな顔をした。
「まず、今日の話をしましょうか」
「そうだな」
僕はラルフ様の隣に座って、庭を整えるのはとても大変なんだと、バルドと色々考えてあの庭を作っていることを話した。それと、反射的に構えてしまうのは申し訳なく思うことはないことも伝えた。
「また分からなかったら聞いて下さい」
「そうする」
今回は「分かった」という返事ではなかった。それに意味の違いがあるのかは分からないけど、なんとなく前に進めた気がした。
「マティアス、どこが気持ちいいのかは聞いてはいけないのか?」
「……知ってるでしょう?」
「知らん」
「嘘だ。僕のこと声が枯れるまで攻めるくせに」
ラルフ様は僕がそう言うと、考え込んでしまった。なぜ?
「ラルフ様が僕のこと最高って言ってくれたみたいに、僕もラルフ様のこと最高って思ってます」
そう言えば分かるかなと思って言ってみたら、次の瞬間には僕はラルフ様の下で裸だった。
「聞かれたことには答えます。男に二言はありません」
結局その夜、僕はラルフ様の質問攻めと焦らしプレイに気が狂いそうになりながら答えることになった。加減……
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