35 / 258
二章
34.旦那様の帰宅と恋仲
しおりを挟む「ラルおかえり」
「ラルフ様、おかえりなさい」
「ああ」
ラルフ様は野営が続いたからか、ちょっと髭が伸びて、髪もボサボサで帰ってきた。ズボンの裾もドロドロだ。そしてまた素っ気ない返事をすると、お風呂に直行してしまった。
急いで帰ってくるのって、もしかして、僕に早く会いたくて飛ばして帰ってくるから? 自惚れかな?
「雪崩は大丈夫でしたか?」
また髪がビショビショのまま僕の部屋に来たラルフ様を、椅子に座らせて髪を拭いてあげる。ラルフ様は変わらないな。髭もちゃんと剃られてツルツルだ。
「ああ、大丈夫だ。今年は雪が多かったらしい。それなのに一気に暖かくなったから崩れた。一部で地震があったと言う者もいたが、それが本当に地震なのか、雪崩による地響きなのかは分からん」
「そうですか。シュテルター伯爵も、僕の父も、アマデオが侵入しやすい場所を教えてくれたり、子どもに逃げ方を教えてくれたから助かったと、改めてお礼を言われましたよ」
「そうか。彼らは緊張感が無いな。うちはしっかり対策しているから安心してほしい」
そんな気はしていたけど、ちゃんと対策されてるんだ。全然知らなかった。あの分厚い塀があれば大丈夫だと思うけど。
「マティアス、寂しかったか?」
「え?」
髪を拭いていた手を掴まれて、次の瞬間にはラルフ様の腕の中だった。包み込むように対面で抱きしめられて、少し離れると唇が重なった。「寂しかったか?」なんて聞いてきたけど、寂しかったのはきっとラルフ様なんだろう。寂しかったと言うように僕の唇をチュッチュッと啄んで、片手で髪を撫でている。
このキス、ラルフ様好きだよね。
ラルフ様が王都を不在にしている二十日ほどの間に、領地持ちの貴族たちはみんな領地へ戻っていったから、王都が少し静かになった気がする。貴族が集まっていると、花や菓子などがよく売れる。種や苗も今は時期的にあまり出ない。
バターン!
「ラルー!」
勢いよくシルが扉を開けて入ってきて、僕たちは慌ててキスを中断した。見られてないよね? キスくらいなら見られても問題ないんだけど、シルに見られるのはちょっと恥ずかしい。
「ど、どうしたの?」
「ラルかえってきた」
そうだよね。シルもラルフ様に会いたかったんだよね。僕はまだちょっと焦ってドキドキしていた。
「ラルぼくもだっこ~」
シルが飛びつくと、ラルフ様は片手でしっかりシルを受け止めた。さすがラルフ様だ。今は僕とシル二人を抱えている。
「ラルフ様、重くないですか?」
「軽い」
「そうですか」
シルにキスを見られたかもしれないと思うと、何を話していいのか分からなかったんだけど、シルは見ていなかったのか、さっきバルドがもう今年最後という苺をくれたのだと嬉しそうに話していた。ホッ
「ロッドがバルドとなかよしなの」
「ロッドが来てたの?」
「うん。さっきキスしてたの」
ん? それは僕とラルフ様ではなく、ロッドがバルドとキスしてるところを見たってこと?
「ロッドとバルドが?」
「うん」
僕はラルフ様を見上げた。もしかしてラルフ様は知ってたの?
どうなの? と圧をかけて見ると、ラルフ様はふぅ~っと息を吐いた。
「報告は受けている」
なんだ。知らないのは僕だけじゃないか。なんだか仲間外れにされたみたいだ。それにしてもいつの間に……
全然気付かなかった。
「他にも?」
「他はグラートが王都に彼女がいるから早く帰りたいと言っていたが、どこの誰かは知らん。ハリオとルーベンとアマデオはいないんじゃないか?」
「そうなんだ」
本当はラルフ様に、戦争に行くのと僕との結婚のことを聞きたかったんだけど、ロッドとバルドのことが衝撃的で頭から吹き飛んてしまった。
「しばらく休みになるからみんなでピクニックにでも行くか?」
「ぴくにっく?」
「そうだ。森に行って肉を焼いたりして食べるんだ」
「もりやだ。こわい……」
そうだよね。前に森に行った時、野盗と遭ったもんね。そりゃあ怖いよね。シルにとって森は怖い場所になってしまったようだ。怯えたような表情のシルの背中をよしよしと撫で、もう少し大きくなったら、街道の辺りは安全なのだと教えてあげようと思った。森は行かなくてもいい。
「庭でお花見しましょう。春のお花が満開で綺麗ですよ。お肉なら庭で焼けばいいですし」
「そうだな。シル、庭ならいいか?」
「うん」
思い出してしまったのか、シルはその後しばらく元気がなかったけど、夜に一緒に寝るか聞いたら、メアリーがいるから大丈夫だと言った。
レモンの香りのキャンドルに火を灯し、ラルフ様の隣に寝そべった。
「ラルフ様、聞きたいことがあるんですが……」
「なんだ? なんでも聞いていいぞ」
「お義兄さんたちを見送るときに、戦争に行ってまで僕との結婚を望んだと聞きました。どういうことですか?」
「大したことじゃない。マティアス以外と結婚したくなかっただけだ」
ん? ますます分からない。僕以外と結婚? もしかしてそんな話が出ていたんだろうか?
「僕以外との結婚の話が出ていたんですか?」
「俺を金がある貴族か商家に婿入りさせるという話はあった。うちの領地が自然災害で困窮したことがあって、金のためだ」
戦争か好きでもない人との結婚と選択を迫られたラルフ様は、戦争を選んだ。僕と結婚するために。命の危険がある方を選んだんだ……
何も知らず、僕は安全なところにいたんだ。婚約者なのに。
「ラルフ様……それで戦争に?」
「そうだ。だが強要されたわけじゃない。そんな話が出たこともあっただけだ。俺は三男だし、成績も普通だったから、仕事を探す必要があった。家を助けることができ、戻ったらそのまま騎士団所属だ。そしてマティアスと結婚できる。それで戦争に行くことを決めた。自分で決めたんだ」
ラルフ様は僕の目をしっかり見て、自分で決めたのだと誇らしげに言った。その力強い目に僕は釘付けになった。優しく微笑んでくれるラルフ様も素敵だけど、今日のラルフ様もとても素敵だ。僕の旦那様は格好いい。
シュテルター伯爵がラルフ様に、お金のための結婚か戦争かの二択を迫ったわけじゃなかったことに安心した。あの優しそうなシュテルター伯爵がそんなことするわけないか。
ラルフ様が生きて戻ってきてくれてよかった。前からそう思っていたけど、ラルフ様の思いを聞いた今日は、心から神様に感謝した。
「ラルフ様、僕はラルフ様のために何ができますか?」
「マティアスのことを守らせてほしい」
「いつも守ってもらってますよ」
「これからもずっとだ」
「はい。よろしくお願いします」
763
お気に入りに追加
1,360
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。
そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。
そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。
そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる