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二章
33.シルのおでかけ
しおりを挟むうちに陛下が来た数日後、シルはクリスがいるフックス家に向かった。
シルはまだ小さいし、今回は日帰りで夕方には帰ってくる予定だ。
準備をして玄関に来たシルは、チェーンメイルを着て木剣を背負った可愛い騎士姿だった。
こんな格好で大丈夫かな? 子どものごっこ遊びだとアマデオに説明してもらおう。
アマデオの到着を待っていると、アマデオと一緒にハリオも来た。アマデオがチェーンメイルを着たり剣を背負っていないことに安堵した。ラルフ様から「敵陣に赴くような格好をしろ」みたいな指示は無かったようだ。
よかった。武装して訪ねたら、僕の母はきっとびっくりしてしまう。
「さすが隊長の夫となる方ですね」
僕をジッと見てなんだろうと思ったら、アマデオにそんなことを言われた。きっとルーベンが言った『武装せずとも高い防御力と攻撃力を備えることが大切だ』とかいうやつだろう。
もしかして……とハリオを見たら「ルーベンから話は聞きました。考えが至らず恥ずかしいです」と反省した様子だった。
違うの。本当に違うんだから。
その「これからも期待しています」って感じの目が怖い。僕は戦いのことなど全然分かりませんし。変な重圧を背負わせないでください。
「シル、楽しんできてね。僕もそろそろ仕事に行くから」
僕はその空気に耐えられず、さっさとシルを送り出して仕事に行くことにした。
「ママ! たのしかったの! すごかったの!」
その日、シルがフックス家から帰ってくると、とても楽しかったらしい。興奮した様子で一生懸命話してくれるのが可愛い。早めに夕飯を食べさせないと、寝落ちしてしまいそうだ。
「かくれんぼしたの!」
「そっか~、シルはどこに隠れたの?」
「ベッドのしたとね、かべのあいだ! でもすぐみつかった」
「シルも探したの?」
「さがすのはアマデオがやったの。すぐにみつけてすごいの!」
シルが楽しそうでよかった。他にも追いかけっこをしたり、護衛の人が戦うのを見せてもらったのだとか。武器を使わず素手での戦いだったようで、シルは拳を作って殴り方を見せてくれた。
「でもぼくはまだやらないの。おとなになったらやる」
アマデオは危ないことはしないよう、ちゃんと子どもたちに言ってくれたらしい。子どものシルに殴られても怪我はしないと思うけど、相手が小さい子どもなら分からないし、人に殴りかかってほしくないから、大人になってからと教えてくれたアマデオには感謝だ。
夕飯の手を止めて、話に夢中になっているシルを見ながら、歳の近い子と遊ばせるようにした方がいいのだろうかと考えた。
「ラルフ様、シルはとても楽しかったみたいです」
ベルガモットの香りのキャンドルに火を灯しながら、シルが楽しそうに話してくれたことを思い出す。
「そうか」
「かくれんぼや追いかけっこをして、護衛の人の戦いも見せてもらったそうです」
「子どもは力が無いから大人とは戦えない。敵が来たら戦うよりも、気配を消して逃げたり、敵が考えもしないところに隠れたりすることが大事だ」
そうじゃない。僕はそんな前線基地での話をしているんじゃなくて、シルの遊びの話をしているのに。ラルフ様でなく、アマデオが一緒に行ってくれてよかったと思った。
ラルフ様がダメってわけじゃないけど、きっとラルフ様は子どもの遊びには向いていない。でもかくれんぼをしたら、ラルフ様もアマデオみたいに子どもたちをすぐに見つけてしまうのかもしれない。
その後、寝る前なのに敵が侵入しやすい場所を説明してくれた。僕も子どもと同じで、敵が来たら戦おうとせず逃げたり隠れたりするようにと言われた。
襲撃の場合はバタンと扉を開けた時に部屋が無人だと思わせることができるようなら、カーテンの裏でもいいとか、クローゼットは安全そうに見えて意外に危険だとか、音を出さないために息も止めろとか、そんなことも教えてくれた。
ラルフ様が真剣な顔で教えてくれるから、話を遮ってまで寝るとは言えず、キャンドルが残り半分になるまで話を聞いていた。
もし僕が前線基地に見学に行くことがあれば、その通りにしてみようと思います。そんな日はきっと訪れないと思いますが……
翌日の午後に父上から手紙が届いた。シルを遊ばせてくれたんだから、こちらからお礼の手紙を出すところなのに、不思議だと思って開いてみたら、屋敷の侵入されやすい場所を教えてもらって助かったと、最近、貴族街で泥棒が出ているらしく、対策できるからありがとうという内容だった。
そうなんだ、アマデオがそんなことをしてくれていたなんて、全然知らなかった。シュテルター本家に遊びに行く時にはまた来てくれるから、彼にはお礼を言わなければ。
その数日後、シルをシュテルター本家に行かせた。
先日と同じように、シルは今日もチェーンメイルを着て木剣を背負っている。振り回したりしないから危なくはないけど、いいんだろうか?
「アマデオ、僕の父から屋敷の侵入されやすい場所を教えてくれて助かったと感謝の手紙が届きました。ありがとうございます」
「いえ、遊びの延長ですから」
そうか、かくれんぼなどをしている時に目についたのかもしれない。今回も、アマデオならきっと危険がないようにしてくれると信頼してシルのことを任せた。
「ママ! フィルのおうちおおきかったの!」
だよね。シュテルター本家は伯爵家だから、この家やフックス男爵家とは比べものにならないくらい大きい。
長い塀はどこまで続いているのかと思ったし、春の庭は綺麗だったんだろうな。僕も見てみたかった。
シルの話では、庭が大きかったとか、部屋がたくさんあったとか、キラキラしたのが天井にあったとか、そんな話を聞いたから、シュテルター本家ではかくれんぼなどはせず、屋敷の中を見学させてもらったんだと思った。
しかし翌日、シュテルター伯爵から、侵入されやすい場所を教えてくれて、フィルに逃げる方法や隠れ方などを教えてもらって、大変助かったとお礼の手紙と菓子折りが届いた。
ん? 僕はもしかして何か思い違いをしているんだろうか?
「ねえシル、クリスとフィルの家でのかくれんぼや追いかけっこはどんな感じだったの?」
「うんとねえ、アマデオがかくれるところおしえてくれたの。にげるのも」
シルに色々質問しながら話を聞いてみると、僕が想像していたかくれんぼや追いかけっことは違うことが分かった。アマデオはやはりラルフ様の部下だ。かくれんぼも追いかけっこも、敵の襲撃を想定したものだった。隠れているところを見つかると、ダメ出しまでされて、やり直しさせられたらしい。
何度も、「子どもは戦うようり先に隠れたり逃げることを覚えろ」と言われて、逃げ方や逃げる経路を教えてもらったのだとか。
なんだか複雑な思いだった。シルにはもっと普通の遊びをしてほしかったな……
父上や伯爵からの手紙を思い出す。役に立ったのならいいけど……
もしかして、王都は安全って思っている僕が甘いんだろうか? 本当は王都も危険な場所で、僕の方が考えを改めないといけないんだろうか……?
「シル、また秋の終わり頃に王都に来るから、その時はまた遊ぼう」
「うん。またあそびたい」
シュテルター伯爵たちが領地に帰る日、シルとハリオと共に見送りに行った。ラルフ様は辺境の山で雪崩が発生したとかで、そっちの救援の仕事で来られなかった。その代わりにハリオを残してくれた。他の部下のみんなも一緒に救援の仕事に行っている。ハリオを残していくことを許可されたことが不思議だ。
「マティアス殿、本当に助かりました。うちの護衛騎士たちもマティアス殿の考えを聞いて感心していましたよ」
「そんな、僕は大したことは言っていませんよ」
シュテルター伯爵にまで『武装せずとも高い防御力と攻撃力を備えることが大切だ』という僕が言ったと捏造されたことが伝わっているのかと思うと、本当に恥ずかしい。それは勘違いなんです……
「ラルフが戦争に行ってまでマティアス殿との結婚を望んだのは、当時からラルフにはこうなる未来が見えていたのかもしれないな。ラルフはいい伴侶を見つけたものだ」
「いえ、そんな。僕は本当にその辺のどこにでもいる男ですから……」
ラルフ様の一番上のお兄さんにまで、感心した様子でそんなことを言われた。
それにしても、戦争に行ってまで僕との結婚を望んだって、どういうことだろう。僕はラルフ様が戦争に行ったことは知っているけど、その理由を知らない。聞いてもいいんだろうか?
「ハリオ、ラルフ様がなんで戦争に行ったか知ってる?」
「家が困窮したからだと聞いている。戦争に行けば支度金が結構な額もらえるから、それを家のために使ったんだろう」
「そっか。そうだよね」
僕もそうだろうとは思っていたけど、それと僕との結婚を望んだってのは何の関係があるんだろう?
そこはラルフ様に聞いてみないと分からない。
ラルフ様が戻ってきたら聞いてみよう。
その数日後にフックス家も領地に帰っていったから、シルと見送りに行った。
クリスがチェーンメイルを着て木剣を背負っていたのは見なかったことにしよう……
ラルフ様に聞きたいことがある。早く帰ってこないかな?
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