僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
34 / 258
二章

33.シルのおでかけ

しおりを挟む
 
 
 うちに陛下が来た数日後、シルはクリスがいるフックス家に向かった。
 シルはまだ小さいし、今回は日帰りで夕方には帰ってくる予定だ。

 準備をして玄関に来たシルは、チェーンメイルを着て木剣を背負った可愛い騎士姿だった。
 こんな格好で大丈夫かな? 子どものごっこ遊びだとアマデオに説明してもらおう。

 アマデオの到着を待っていると、アマデオと一緒にハリオも来た。アマデオがチェーンメイルを着たり剣を背負っていないことに安堵した。ラルフ様から「敵陣に赴くような格好をしろ」みたいな指示は無かったようだ。
 よかった。武装して訪ねたら、僕の母はきっとびっくりしてしまう。

「さすが隊長の夫となる方ですね」
 僕をジッと見てなんだろうと思ったら、アマデオにそんなことを言われた。きっとルーベンが言った『武装せずとも高い防御力と攻撃力を備えることが大切だ』とかいうやつだろう。

 もしかして……とハリオを見たら「ルーベンから話は聞きました。考えが至らず恥ずかしいです」と反省した様子だった。
 違うの。本当に違うんだから。
 その「これからも期待しています」って感じの目が怖い。僕は戦いのことなど全然分かりませんし。変な重圧を背負わせないでください。

「シル、楽しんできてね。僕もそろそろ仕事に行くから」
 僕はその空気に耐えられず、さっさとシルを送り出して仕事に行くことにした。


「ママ! たのしかったの! すごかったの!」
 その日、シルがフックス家から帰ってくると、とても楽しかったらしい。興奮した様子で一生懸命話してくれるのが可愛い。早めに夕飯を食べさせないと、寝落ちしてしまいそうだ。

「かくれんぼしたの!」
「そっか~、シルはどこに隠れたの?」
「ベッドのしたとね、かべのあいだ! でもすぐみつかった」
「シルも探したの?」
「さがすのはアマデオがやったの。すぐにみつけてすごいの!」

 シルが楽しそうでよかった。他にも追いかけっこをしたり、護衛の人が戦うのを見せてもらったのだとか。武器を使わず素手での戦いだったようで、シルは拳を作って殴り方を見せてくれた。
「でもぼくはまだやらないの。おとなになったらやる」
 アマデオは危ないことはしないよう、ちゃんと子どもたちに言ってくれたらしい。子どものシルに殴られても怪我はしないと思うけど、相手が小さい子どもなら分からないし、人に殴りかかってほしくないから、大人になってからと教えてくれたアマデオには感謝だ。
 夕飯の手を止めて、話に夢中になっているシルを見ながら、歳の近い子と遊ばせるようにした方がいいのだろうかと考えた。


「ラルフ様、シルはとても楽しかったみたいです」
 ベルガモットの香りのキャンドルに火を灯しながら、シルが楽しそうに話してくれたことを思い出す。
「そうか」
「かくれんぼや追いかけっこをして、護衛の人の戦いも見せてもらったそうです」
「子どもは力が無いから大人とは戦えない。敵が来たら戦うよりも、気配を消して逃げたり、敵が考えもしないところに隠れたりすることが大事だ」
 そうじゃない。僕はそんな前線基地での話をしているんじゃなくて、シルの遊びの話をしているのに。ラルフ様でなく、アマデオが一緒に行ってくれてよかったと思った。
 ラルフ様がダメってわけじゃないけど、きっとラルフ様は子どもの遊びには向いていない。でもかくれんぼをしたら、ラルフ様もアマデオみたいに子どもたちをすぐに見つけてしまうのかもしれない。

 その後、寝る前なのに敵が侵入しやすい場所を説明してくれた。僕も子どもと同じで、敵が来たら戦おうとせず逃げたり隠れたりするようにと言われた。
 襲撃の場合はバタンと扉を開けた時に部屋が無人だと思わせることができるようなら、カーテンの裏でもいいとか、クローゼットは安全そうに見えて意外に危険だとか、音を出さないために息も止めろとか、そんなことも教えてくれた。
 ラルフ様が真剣な顔で教えてくれるから、話を遮ってまで寝るとは言えず、キャンドルが残り半分になるまで話を聞いていた。
 もし僕が前線基地に見学に行くことがあれば、その通りにしてみようと思います。そんな日はきっと訪れないと思いますが……


 翌日の午後に父上から手紙が届いた。シルを遊ばせてくれたんだから、こちらからお礼の手紙を出すところなのに、不思議だと思って開いてみたら、屋敷の侵入されやすい場所を教えてもらって助かったと、最近、貴族街で泥棒が出ているらしく、対策できるからありがとうという内容だった。
 そうなんだ、アマデオがそんなことをしてくれていたなんて、全然知らなかった。シュテルター本家に遊びに行く時にはまた来てくれるから、彼にはお礼を言わなければ。

 その数日後、シルをシュテルター本家に行かせた。
 先日と同じように、シルは今日もチェーンメイルを着て木剣を背負っている。振り回したりしないから危なくはないけど、いいんだろうか?
「アマデオ、僕の父から屋敷の侵入されやすい場所を教えてくれて助かったと感謝の手紙が届きました。ありがとうございます」
「いえ、遊びの延長ですから」
 そうか、かくれんぼなどをしている時に目についたのかもしれない。今回も、アマデオならきっと危険がないようにしてくれると信頼してシルのことを任せた。

「ママ! フィルのおうちおおきかったの!」
 だよね。シュテルター本家は伯爵家だから、この家やフックス男爵家とは比べものにならないくらい大きい。
 長い塀はどこまで続いているのかと思ったし、春の庭は綺麗だったんだろうな。僕も見てみたかった。
 シルの話では、庭が大きかったとか、部屋がたくさんあったとか、キラキラしたのが天井にあったとか、そんな話を聞いたから、シュテルター本家ではかくれんぼなどはせず、屋敷の中を見学させてもらったんだと思った。

 しかし翌日、シュテルター伯爵から、侵入されやすい場所を教えてくれて、フィルに逃げる方法や隠れ方などを教えてもらって、大変助かったとお礼の手紙と菓子折りが届いた。
 ん? 僕はもしかして何か思い違いをしているんだろうか?

「ねえシル、クリスとフィルの家でのかくれんぼや追いかけっこはどんな感じだったの?」
「うんとねえ、アマデオがかくれるところおしえてくれたの。にげるのも」
 シルに色々質問しながら話を聞いてみると、僕が想像していたかくれんぼや追いかけっことは違うことが分かった。アマデオはやはりラルフ様の部下だ。かくれんぼも追いかけっこも、敵の襲撃を想定したものだった。隠れているところを見つかると、ダメ出しまでされて、やり直しさせられたらしい。
 何度も、「子どもは戦うようり先に隠れたり逃げることを覚えろ」と言われて、逃げ方や逃げる経路を教えてもらったのだとか。

 なんだか複雑な思いだった。シルにはもっと普通の遊びをしてほしかったな……
 父上や伯爵からの手紙を思い出す。役に立ったのならいいけど……
 もしかして、王都は安全って思っている僕が甘いんだろうか? 本当は王都も危険な場所で、僕の方が考えを改めないといけないんだろうか……?


「シル、また秋の終わり頃に王都に来るから、その時はまた遊ぼう」
「うん。またあそびたい」
 シュテルター伯爵たちが領地に帰る日、シルとハリオと共に見送りに行った。ラルフ様は辺境の山で雪崩が発生したとかで、そっちの救援の仕事で来られなかった。その代わりにハリオを残してくれた。他の部下のみんなも一緒に救援の仕事に行っている。ハリオを残していくことを許可されたことが不思議だ。

「マティアス殿、本当に助かりました。うちの護衛騎士たちもマティアス殿の考えを聞いて感心していましたよ」
「そんな、僕は大したことは言っていませんよ」
 シュテルター伯爵にまで『武装せずとも高い防御力と攻撃力を備えることが大切だ』という僕が言ったと捏造されたことが伝わっているのかと思うと、本当に恥ずかしい。それは勘違いなんです……

「ラルフが戦争に行ってまでマティアス殿との結婚を望んだのは、当時からラルフにはこうなる未来が見えていたのかもしれないな。ラルフはいい伴侶を見つけたものだ」
「いえ、そんな。僕は本当にその辺のどこにでもいる男ですから……」
 ラルフ様の一番上のお兄さんにまで、感心した様子でそんなことを言われた。

 それにしても、戦争に行ってまで僕との結婚を望んだって、どういうことだろう。僕はラルフ様が戦争に行ったことは知っているけど、その理由を知らない。聞いてもいいんだろうか?

「ハリオ、ラルフ様がなんで戦争に行ったか知ってる?」
「家が困窮したからだと聞いている。戦争に行けば支度金が結構な額もらえるから、それを家のために使ったんだろう」
「そっか。そうだよね」
 僕もそうだろうとは思っていたけど、それと僕との結婚を望んだってのは何の関係があるんだろう?
 そこはラルフ様に聞いてみないと分からない。
 ラルフ様が戻ってきたら聞いてみよう。

 その数日後にフックス家も領地に帰っていったから、シルと見送りに行った。
 クリスがチェーンメイルを着て木剣を背負っていたのは見なかったことにしよう……

 ラルフ様に聞きたいことがある。早く帰ってこないかな?


 
しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...