僕の過保護な旦那様

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二章

31.報酬 (※)

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 ベッドじゃないところで寝るなんて、なかなか無いよね。ってことでみんなで櫓の上で寝た翌朝は、朝日が昇る前に起きた。カーテンも窓もないから、空が少しずつ白み始めるのを僕は寝袋の中から見ていた。まだ寒かったし。
 ここから出て上着を着るまでが寒い。
 そんなことを考えていたら、子どもたちも起きた。

「朝日が出てきたぞ」
 ラルフ様の言葉に、子どもたちが寝袋から出て砦の手摺壁に寄っていったから、僕も慌てて寝袋から出て朝日が昇るのを一緒に見た。
 王都の向こうの森、危険な雪遊びをした森なんだけど、その向こうから眩しい太陽がゆっくりと昇っていく。綺麗だな。
 夕日はよく見るけど、朝日ってのはなかなか見る機会がない。この時期だから見ることができたのかもしれない。夏にはもっと早い時間に日が出るし、真冬なら寒くてこんな時間に外に出たりしないからだ。

 森の奥から昇る朝日を見ることができて、星も眺めることができるこの櫓のことを、僕は好きになった。

「ラルフ様、こんなに美しい景色を見せてくれてありがとうございます。この櫓が気に入りました」
「そうか。野盗を討伐してよかった」
 ん? 野盗を討伐?
 もしかして、討伐の報酬はこの櫓ですか?
 僕はまた陛下に呼び出されたりするんだろうか?
 貴族界でも話題というか騒ぎになっているらしいし、やはり呼び出される可能性が高いのではないかと思うと、ちょっと朝日が目に染みて涙が出た。

 ボーッとしたまま階段を下りて、ボーッとしたまま朝食を食べた。そしてしばらくすると、フィルとクリスのお迎えが来た。
 そこでようやく僕の頭は目覚めた気がする。

「クリス、シル、今度は俺の家にも遊びに来てよ」
「僕の家にも来て!」
「うん! いきたい!」

 もうそろそろ社交シーズンが終わって領地に戻ってしまうから、近いうちに考えてあげないと。お兄さんたちに仲良くしてもらえてよかったね。
 ラルフ様は難しい顔をしている。もしかして、まだ親族を敵だと思っているんだろうか?
 敵陣に息子を送り出していいのか迷っているとか? まさかね。

「アマデオをつけるか。アマデオが一番子ども向きだろう」
「そうですね」
 まだ日程の調整は必要だけど、近いうちに母上と話してみようと思う。
 それはいいんだ。問題は報酬で櫓を作ったということ。


「おはようマティ」
「おはようございます。もしかして、呼び出しですか?」
 エドワード王子が僕が働く花屋にやってきて、あぁこれは陛下からの呼び出しかもしれないと思った。

「呼び出しではないんだけどね、お願いかな」
「うちの塀と櫓のことですか? 取り壊しでしょうか……」
「塔なんだけどさ、父上が登ってみたいんだって」
「はい?」

 話を聞いてみると、取り壊す必要はないらしい。ただ、想像していたより高い塔が出来上がって驚いたのと、ラルフ様やその部下の人に話を聞くと、あの塔が素晴らしいと自慢されたため登ってみたいのだとか。
 嘘だよね? まだエドワード王子とかなら分かる。
 陛下が? 陛下をうちに招くの? しかもあの櫓に登るの?

「お忍びで行くらしいから。ちゃんと先触れは出すし、よろしくね」
 僕に拒否権は無いらしい。「分かりました」と頷いて了承を伝えることしかできなかった。
 いつ来るか分からない。陛下のことだから明日にでも来る可能性がある。この前だって明朝を指定してきたし。
 僕はマチルダさんに事情を説明して早退したいことを伝えると、急いで帰り支度をした。

 とにかく早く帰ろうと、エプロンを脱いで店の裏口から出たら、ラルフ様が待っていた。
 え? なんで? いつから?
「なんでいるんですか?」
「エドワードがまたマティアスにおかしなことをしないか見張っていた」
 僕は常に見張られているんだろうか? それともエドワード王子の方を見張っているんだろうか?
 どちらにしてもラルフ様はエドワード王子が僕に近づくことを快く思っていない。

 以前ラルフ様に知らせずに勝手に陛下の呼び出しに応じたからだろうか?
 あの時はラルフ様も知らなかったんだから、見張るようになったのはあの後だろう。

 エドワード王子もなぜ僕に言いに来るのか。そんなの僕に言わずにラルフ様に言えばいいのに。
 ラルフ様が断ったから僕のところに来たんだろうか? 僕なら断れないって知っているから。

 手を繋いで家への道を歩いていく。
 今日も僕の冷たい手をラルフ様はそっと包み込んでくれる。
「ラルフ様、陛下がうちの櫓に登りたいそうです。僕もシルもチェーンメイルは着ませんからね」
「なぜだ?」
 僕は先手を打った。ラルフ様がチェーンメイルを着るよう言いそうだと思ったからだ。
 その予想はたぶん当たりだ。返答が「分かった」ではなく「なぜだ?」だったから。
 ラルフ様は驚いて繋いだ手を放して立ち止まってしまったけど、そんなに驚くようなことではない。

「陛下の前でそんなものを着たら失礼だからです。敵ではないんですよ。ラルフ様が守ってくれるから、僕は怖くありません」
「分かった。何があっても守る」

 そんなに覚悟を決めたような顔をしなくていいのに。拳を握り締めているラルフ様の手をそっと包むと、そのまま引き寄せられて柔らかい唇が重なった。

 え!?
 ここ外だけど!

 突然のキスに僕は驚いてしまって、抵抗も何もできなかった。触れるだけのキスだけど、すぐに離れたけど、僕はしばらく放心していた。
 なぜ? そんなこと今まで一度もしたことなかったのになんで?

「帰ろう」
「は、はい」
 そっと手を引かれて歩き始めた。今のはなんだったの?

 さっき先手を打てたと思った時、ラルフ様の考えることは結構分かるようになったと思ったんだけど、全然そんなことなかった。
 全然理解できない。ラルフ様はいつも僕の想像を遥かに超えてくる。予測できない事態に、僕はいつも戸惑ってしまう。それが少し悔しい。

「マティアス、嬉しいか?」
「え? なんのことですか?」
「マティアスは俺といつでもキスしたい」
 いつか僕はそんなことを言った気がする。いつでもキスしたいけど、どこでもいいってわけじゃない。
 やっぱり人前でなんて恥ずかしいし、さっきまでエドワード王子がいたのに、見られたらと思うと気が気でない。僕は慌てて、周りをキョロキョロ見渡した。いなかった。ホッ

「そうですが、どこでもいいわけじゃないんです。人に見られるのは恥ずかしいというか……」
「失敗したか? そうか……嬉しくなかったか」
 ラルフ様が明らかに落ち込んでいる。肩が内側に巻き込まれて、ちょっと小さくなったように見えた。
 僕を喜ばせようとしたの? そんな風に思ってくれるなんて嬉しい。ここが誰もいない室内なら、抱きつきたいくらいだ。

「失敗じゃないですよ。嬉しいです。ラルフ様が僕を喜ばせようとしてくれたことが嬉しいです」
「そうか。ならよかった」
 ラルフ様は丸まっていた肩を元に戻して、僕に優しく笑いかけてくれた。不意打ちの優しい笑顔に、僕はドキドキしてしまった。

「ラルフ様は僕に何をされたら嬉しいですか?」
「マティアスが側にいてくれるだけで嬉しい。好きだと思ってもらいたい」
「ラルフ様、大好きです」

 嬉しくなってそんなことを言ってしまったら、ラルフ様にサッと抱き上げられて、風のような速さで家に着いて、そのまま僕はベッドの上で裸だった。
 まだ昼間なんだけどな。でも、今日はいいよ。
 僕は、ラルフ様が僕を喜ばせようと考えてくれたことが、思ってる以上に嬉しかったんだ。

「俺もマティアスが大好きだ」
「嬉しいです。ラルフ様、リーブに後で報告しなければならないこともありますから、加減してくださいね」
「分かった」
 熱が籠った目で見つめられると、分かったって本当かな? と思いながら、ラルフ様に身を委ねた。

「ラル、さま……ん、激しっ……」
「ごめん、我慢できなくて」
「いいよ、きて」
「好きなんだ。守りたい」

 ラルフ様は、リーブに報告することがあると言った僕の言葉を気にしていたんだと思う。早くしないとと焦って激しい動きをしたせいで、この短時間で僕の腰は結構なダメージを受けた。加減……

「ーーリーブ、ということで陛下がうちに来ることになったから、最高級の茶葉を用意してほしい。菓子はチェルソに任せる」
「畏まりました」
 なぜか僕を大切そうに抱えているラルフ様の膝の上からリーブに指示を出した。

 
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