32 / 180
二章
31.報酬 (※)
しおりを挟むベッドじゃないところで寝るなんて、なかなか無いよね。ってことでみんなで櫓の上で寝た翌朝は、朝日が昇る前に起きた。カーテンも窓もないから、空が少しずつ白み始めるのを僕は寝袋の中から見ていた。まだ寒かったし。
ここから出て上着を着るまでが寒い。
そんなことを考えていたら、子どもたちも起きた。
「朝日が出てきたぞ」
ラルフ様の言葉に、子どもたちが寝袋から出て砦の手摺壁に寄っていったから、僕も慌てて寝袋から出て朝日が昇るのを一緒に見た。
王都の向こうの森、危険な雪遊びをした森なんだけど、その向こうから眩しい太陽がゆっくりと昇っていく。綺麗だな。
夕日はよく見るけど、朝日ってのはなかなか見る機会がない。この時期だから見ることができたのかもしれない。夏にはもっと早い時間に日が出るし、真冬なら寒くてこんな時間に外に出たりしないからだ。
森の奥から昇る朝日を見ることができて、星も眺めることができるこの櫓のことを、僕は好きになった。
「ラルフ様、こんなに美しい景色を見せてくれてありがとうございます。この櫓が気に入りました」
「そうか。野盗を討伐してよかった」
ん? 野盗を討伐?
もしかして、討伐の報酬はこの櫓ですか?
僕はまた陛下に呼び出されたりするんだろうか?
貴族界でも話題というか騒ぎになっているらしいし、やはり呼び出される可能性が高いのではないかと思うと、ちょっと朝日が目に染みて涙が出た。
ボーッとしたまま階段を下りて、ボーッとしたまま朝食を食べた。そしてしばらくすると、フィルとクリスのお迎えが来た。
そこでようやく僕の頭は目覚めた気がする。
「クリス、シル、今度は俺の家にも遊びに来てよ」
「僕の家にも来て!」
「うん! いきたい!」
もうそろそろ社交シーズンが終わって領地に戻ってしまうから、近いうちに考えてあげないと。お兄さんたちに仲良くしてもらえてよかったね。
ラルフ様は難しい顔をしている。もしかして、まだ親族を敵だと思っているんだろうか?
敵陣に息子を送り出していいのか迷っているとか? まさかね。
「アマデオをつけるか。アマデオが一番子ども向きだろう」
「そうですね」
まだ日程の調整は必要だけど、近いうちに母上と話してみようと思う。
それはいいんだ。問題は報酬で櫓を作ったということ。
「おはようマティ」
「おはようございます。もしかして、呼び出しですか?」
エドワード王子が僕が働く花屋にやってきて、あぁこれは陛下からの呼び出しかもしれないと思った。
「呼び出しではないんだけどね、お願いかな」
「うちの塀と櫓のことですか? 取り壊しでしょうか……」
「塔なんだけどさ、父上が登ってみたいんだって」
「はい?」
話を聞いてみると、取り壊す必要はないらしい。ただ、想像していたより高い塔が出来上がって驚いたのと、ラルフ様やその部下の人に話を聞くと、あの塔が素晴らしいと自慢されたため登ってみたいのだとか。
嘘だよね? まだエドワード王子とかなら分かる。
陛下が? 陛下をうちに招くの? しかもあの櫓に登るの?
「お忍びで行くらしいから。ちゃんと先触れは出すし、よろしくね」
僕に拒否権は無いらしい。「分かりました」と頷いて了承を伝えることしかできなかった。
いつ来るか分からない。陛下のことだから明日にでも来る可能性がある。この前だって明朝を指定してきたし。
僕はマチルダさんに事情を説明して早退したいことを伝えると、急いで帰り支度をした。
とにかく早く帰ろうと、エプロンを脱いで店の裏口から出たら、ラルフ様が待っていた。
え? なんで? いつから?
「なんでいるんですか?」
「エドワードがまたマティアスにおかしなことをしないか見張っていた」
僕は常に見張られているんだろうか? それともエドワード王子の方を見張っているんだろうか?
どちらにしてもラルフ様はエドワード王子が僕に近づくことを快く思っていない。
以前ラルフ様に知らせずに勝手に陛下の呼び出しに応じたからだろうか?
あの時はラルフ様も知らなかったんだから、見張るようになったのはあの後だろう。
エドワード王子もなぜ僕に言いに来るのか。そんなの僕に言わずにラルフ様に言えばいいのに。
ラルフ様が断ったから僕のところに来たんだろうか? 僕なら断れないって知っているから。
手を繋いで家への道を歩いていく。
今日も僕の冷たい手をラルフ様はそっと包み込んでくれる。
「ラルフ様、陛下がうちの櫓に登りたいそうです。僕もシルもチェーンメイルは着ませんからね」
「なぜだ?」
僕は先手を打った。ラルフ様がチェーンメイルを着るよう言いそうだと思ったからだ。
その予想はたぶん当たりだ。返答が「分かった」ではなく「なぜだ?」だったから。
ラルフ様は驚いて繋いだ手を放して立ち止まってしまったけど、そんなに驚くようなことではない。
「陛下の前でそんなものを着たら失礼だからです。敵ではないんですよ。ラルフ様が守ってくれるから、僕は怖くありません」
「分かった。何があっても守る」
そんなに覚悟を決めたような顔をしなくていいのに。拳を握り締めているラルフ様の手をそっと包むと、そのまま引き寄せられて柔らかい唇が重なった。
え!?
ここ外だけど!
突然のキスに僕は驚いてしまって、抵抗も何もできなかった。触れるだけのキスだけど、すぐに離れたけど、僕はしばらく放心していた。
なぜ? そんなこと今まで一度もしたことなかったのになんで?
「帰ろう」
「は、はい」
そっと手を引かれて歩き始めた。今のはなんだったの?
さっき先手を打てたと思った時、ラルフ様の考えることは結構分かるようになったと思ったんだけど、全然そんなことなかった。
全然理解できない。ラルフ様はいつも僕の想像を遥かに超えてくる。予測できない事態に、僕はいつも戸惑ってしまう。それが少し悔しい。
「マティアス、嬉しいか?」
「え? なんのことですか?」
「マティアスは俺といつでもキスしたい」
いつか僕はそんなことを言った気がする。いつでもキスしたいけど、どこでもいいってわけじゃない。
やっぱり人前でなんて恥ずかしいし、さっきまでエドワード王子がいたのに、見られたらと思うと気が気でない。僕は慌てて、周りをキョロキョロ見渡した。いなかった。ホッ
「そうですが、どこでもいいわけじゃないんです。人に見られるのは恥ずかしいというか……」
「失敗したか? そうか……嬉しくなかったか」
ラルフ様が明らかに落ち込んでいる。肩が内側に巻き込まれて、ちょっと小さくなったように見えた。
僕を喜ばせようとしたの? そんな風に思ってくれるなんて嬉しい。ここが誰もいない室内なら、抱きつきたいくらいだ。
「失敗じゃないですよ。嬉しいです。ラルフ様が僕を喜ばせようとしてくれたことが嬉しいです」
「そうか。ならよかった」
ラルフ様は丸まっていた肩を元に戻して、僕に優しく笑いかけてくれた。不意打ちの優しい笑顔に、僕はドキドキしてしまった。
「ラルフ様は僕に何をされたら嬉しいですか?」
「マティアスが側にいてくれるだけで嬉しい。好きだと思ってもらいたい」
「ラルフ様、大好きです」
嬉しくなってそんなことを言ってしまったら、ラルフ様にサッと抱き上げられて、風のような速さで家に着いて、そのまま僕はベッドの上で裸だった。
まだ昼間なんだけどな。でも、今日はいいよ。
僕は、ラルフ様が僕を喜ばせようと考えてくれたことが、思ってる以上に嬉しかったんだ。
「俺もマティアスが大好きだ」
「嬉しいです。ラルフ様、リーブに後で報告しなければならないこともありますから、加減してくださいね」
「分かった」
熱が籠った目で見つめられると、分かったって本当かな? と思いながら、ラルフ様に身を委ねた。
「ラル、さま……ん、激しっ……」
「ごめん、我慢できなくて」
「いいよ、きて」
「好きなんだ。守りたい」
ラルフ様は、リーブに報告することがあると言った僕の言葉を気にしていたんだと思う。早くしないとと焦って激しい動きをしたせいで、この短時間で僕の腰は結構なダメージを受けた。加減……
「ーーリーブ、ということで陛下がうちに来ることになったから、最高級の茶葉を用意してほしい。菓子はチェルソに任せる」
「畏まりました」
なぜか僕を大切そうに抱えているラルフ様の膝の上からリーブに指示を出した。
633
お気に入りに追加
1,263
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
息の仕方を教えてよ。
15
BL
コポコポ、コポコポ。
海の中から空を見上げる。
ああ、やっと終わるんだと思っていた。
人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。
そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。
いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚?
そんなことを沈みながら考えていた。
そしてそのまま目を閉じる。
次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。
話自体は書き終えています。
12日まで一日一話短いですが更新されます。
ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる