僕の過保護な旦那様

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二章

30.櫓の上の使い方

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 社交の合間に、シルの従兄弟のクリスとフィルが遊びに来た。
 三人は揃ってクッキーの型抜きに夢中だ。

「この盾の型、格好いいな」
「僕はこの斧が格好いいと思う」
「うん。おきにいり」

 僕はなぜそんな形にしたのかと疑問しかなかったけど、子どもにとっては、武器や武具って格好いい対象なんだってことを知った。
 僕が間違っていたようです。

 夜になったら、二人と一緒に櫓に登って星を見ることになっている。
 ラルフ様には、絶対に危ないことはしないようにと言った。しかし僕もちゃんと学習したんだ。きっとラルフ様の中で危ないと認識していないことはやると思う。
 だから、石を投げるの禁止、飛び降りるの禁止、武器の持ち込み禁止を言い渡した。きっとこれで大丈夫だろう。

 高い場所だから危ないってことでルーベンも夜に櫓に一緒に登ってくれることになった。
 子ども三人を僕とラルフ様だけで見るのは、僕が自信なかった。
 はっきり言って、僕は付き添うけど戦力外だ。敵は攻めてこないけど、子どもが身を乗り出したり、櫓に上がる階段を踏み外したりってことが考えられるし、子どもは何をするか分からない。だからラルフ様の部下の中でも一番身軽そうなルーベンがいてくれるのは心強い。

 勤務外なのに申し訳ないけど、そこはきっとラルフ様が別途休暇を与えてくれると思います。


「夕食を食べたら、登るのですか?」
「そうだよ。みんなで星を見ながら寝る予定だから、寝る支度をして登ろうね」
 フィルはまだ九歳だと聞いているけど、ちゃんと丁寧な言葉が使えるなんてすごい。嫡男だからだろうか?
 シュテルター家は安泰だななんて感心しながら見ていた。

 クリスはまだ六歳だから、シルとあんまり変わらない。話すのは上手だけど、行動は大差ないように見える。
 でも、シルのことを気遣って、お兄さんって感じで接しているのが微笑ましい。
 三人が手を繋いで歩いてると本当に可愛いなって思う。

 食事を終えて、子どもたちは寝巻きに着替えて上着を羽織っている。
 ランプを持って玄関に集まったけど、ルーベンが来ていない。

「ラルフ様、ルーベンはどこに行ったんですか?」
「そこにいる」
 え? 僕は辺りをキョロキョロと見渡したんだけど、ルーベンはどこにも見当たらない。そことは言ったけど、もう櫓の上に登って待っているのかもしれない。

「じゃあ行きましょうか。みんな暗いから足元に気をつけてね」
 三人が手を繋いでラルフ様がランプを持って先導して向かい、僕は最後について行くことにした。

 シュタッ
 玄関を出ると、上からルーベンが飛んできて、僕はびっくりして息が止まった。
 ラルフ様が言った「そこにいる」ってのは、本当にそこにいたらしい。
 屋根だろうか? それとも木の上とか? 分からないけど、普通に集合してほしい。

 やっぱりというか、子どもたちにこのパフォーマンスは好評だった。すごいすごいと言いながら、みんなでジャンプしながら歩いている。
 真似をしてはいけませんよ。

 櫓の下に着いて、階段は暗いから気をつけてって言おうと思ったら、階段の端に一段置きに小さいキャンドルが並んでいた。光の道みたいになっていてとても綺麗だ。
 これなら危なくない。ルーベンがやってくれたのかな?

「ルーベン、キャンドル置いてくれてありがとう。子どもたちもこれなら安全に登れそうです」
「隊長に従っただけだ」
 そうなんだ。ラルフ様が考えてくれたんだ。
 僕の旦那様は、家族を守るスペシャリストだ。危なくないよう考えてくれたことが嬉しかった。

 光の階段を登って上に辿り着くと、ランプを消してみんなで星を見た。

「王都の星か……」
 ルーベンがボソリと呟いた。
「前線基地の近くで外で寝たことを思い出すだろ?」
「あの時は焦った」
「敵の夜襲組と出くわしたからな」

 ラルフ様とルーベンの話を聞いていると、戦場で星を見たのは綺麗だったってだけではなかったらしい。
 それに興味を持ったのは子どもたちだ。

「ヤシュってなんですか?」
「夜に真っ暗な中で戦いを仕掛けてくることなんだが、しっかりと見張りをして早めに気付かないと、大勢が死んでしまう。こちらが仕掛ける側ならいいが、仕掛けられるととても危険だ」
「怖い……」
 だよね。怖いよね。これから寝ようっていう時に、死んでしまうなんて話を聞いたら子どもが怖がるって考えないんですか? もっと夜の戦いとか、それくらいの軽い感じの説明にしてほしかった。

「大丈夫だ。ここは安全だ。ここは敵が入ってくるところが一つしかない。その階段だ。そしてその階段の入り口には今、罠を仕掛けてあるから、誰かが入ろうとしたらすぐに気づく」
 罠なんていつの間に仕掛けたんですか……

「こういった塔の上で孤立して敵に囲まれてしまったら、上から石や武器を投げて応戦するんだ」

 せっかくみんなで綺麗な星を見ようって思ってたのに、ランプを囲んでラルフ様の櫓での闘い方講座が始まってしまった。
 もう誰も外には目を向けず、ラルフ様の話を真剣に聞いている。
 そしてラルフ様はおもむろに僕に視線を送った。なんですか?

「マティアスはすごいんだ。俺に試練を与える。武器を取らずに戦えと言うし、石や木の棒などもダメだと言う。確かにいつでも都合のいい武器の代わりが手に入るわけはないし、俺の中では素手という選択肢しかなかったんだが、家の中を観察してみると、武器になるものは色々とあることに気づいた」
 ちょっと待って、剣を抜くなとは言ったけど、武器を取らずに戦えとは言ってない。
 何も武器になるものがない状態で、前線を守り抜くよう鍛えろとは全然思ってない。僕は王都は安全だから武器も戦いも必要ないのだと伝えたつもりだったのに、全く伝わっていなかった。

「ほう」
 ルーベンも感心してないで、そんな意図などないと言ってください。

「すごい! マティアスさんすごいです! 防具をずっとつけているわけにはいかないし、武器が手が届くところにあるとは限らない。騎士と結婚すると、そんなことまで考えるんですね」
 フィルにとても尊敬の目を向けられたけど、全くそんな意図はない。勘違いしないでほしい。

 ラルフ様もそんなドヤ顔で「そうだろう?」じゃないんですよ。

「ママすごい!」
「すごいです!」
 シルもクリスも、そんな目で僕を見ないで……
 おかげで、そんな意図は全然ないのだと言えなくなってしまった。

「なるほど。王都では確かに武装して歩くと目立つ。武装せずとも高い防御力と攻撃力を備えることが大切なのか。それで俺たちにも早く剣を下ろしてチェーンメイルを脱ぐよう言ったんだな。ようやく理解できた」
 ルーベン……
 全然違います。ここには僕の味方は誰もいない。

「そろそろ時間も遅くなりましたし、もう寝袋に入りましょう」
 僕は早く眠ってしまいたかった。
 だから、みんなに寝袋に入るよう言った。

「寝袋に入ったら、襲われた時に咄嗟に戦えないんじゃないですか?」
 フィルが言った。
 お願い、戦いからもう離れて。襲われることなんてないから。ほら、王都の夜はこんなに静かです。安全なんですよ。

「心配ない。俺とルーベンがいるからな。何かあればみんなを担いでここから逃げるくらいはできる。戦うことが全てではないんだ。逃げて好機を待ち反撃することも戦いのうちの一つだ」
 それって、飛び降りるってことですよね?
 好機を待って反撃って、一体何と戦うことを想定しているんですか? 僕は寝る前に何を聞かされているんだろうと思い、誰より先に寝袋に潜り込んだ。

「子どもは早く寝ろ。体が成長したら戦い方を教えてやる。今はしっかり食べて、しっかり寝て、しっかり遊んで、大きくなれ。それが子どもがするべきことだ」
 僕は寝袋の中から、ラルフ様の最後の言葉を聞いて、ようやく安心した。
 ラルフ様の戦い講座はこうして終わって、子どもたちもラルフ様の言葉に納得して、ゴソゴソと寝袋に入って寝てくれた。

 最後の言葉を聞いて、ラルフ様はいいお父さんだなって思った。僕は戦いは教えられないけど、しっかり食べて、しっかり寝て、しっかり遊ぶことを教えようと思う。
 おやすみなさい。


 
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