僕の過保護な旦那様

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二章

29.要塞の爆誕

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 完成したと、組み立てられた足場と布が外され、とうとう家の塀の全貌が明らかになった。
 塀は灰色の石を積んで作られており、とても厚く見上げるほどに高い。よじ登ろうと思っても僕では絶対に登れない。塀の上部には、いつかシルがクッキーで作ってくれた罠? 先端が尖った鉄の棒が等間隔で並んでいるから、塀の上を歩くことはできないけど、鉄の棒がなければ歩けるほど厚い。
 鉄の棒は乗り越えて侵入されないためのものだろうか?

 石積みの塀の上の方に妙な隙間があったりするのは、まさかそこから矢を飛ばすんじゃないですよね?
 足場になりそうな突起と、落下防止のために体を固定するのに使うであろう鎖みたいなのが垂れ下がっているのは、そのような用途ではなくデザインと思っていいんですよね?

 そしていつの間にか端に、塀と同じ石積みで作られた物見櫓みたいな高い塔が建っていた。正門から見て家の裏に当たる場所にあるから、ラルフ様に塀ができたと案内されるまで気付かなかった。
 正門から正面玄関に向かうと、庭の木や家の建物がその存在を隠している。家の裏庭はちょっとした畑になっていて、シェフのチェルソと庭師のバルドくらいしか行かない。二人はきっと気づいてたんだろう。もしかして、気づいていなかったのは僕だけ?

 二階建ての我が家の屋根よりはるか上に見張り台の部分があるってことは、この周辺の家よりも高い位置にあるということだ。何かを見張るためのものなんだろうか……? 一体何を?

 ここは要塞?
 僕たちの家は、要塞になった。


「櫓にはちゃんと弓矢の予備が置いてあるからな」
「はい?」
 ここを戦場の前線基地か何かと勘違いしていませんか? ここは王都ですよ。

 翌日、ヒィヒィ言いながら息を切らして、無駄に高い櫓に登り、僕は弓矢を全て回収した。梯子でなく階段でよかった。
 弓矢が置かれていた簡易棚には、弓矢の代わりに花の鉢植えを置いた。
 よし、僕も毎日ここを昇り降りして体を鍛えるぞ。

 数日後、櫓の上に花の水やりに行くと、鉢植えの横には拳より大きな石が並べられていた。当たり前だがそれも回収した。重い……
 この石、敵襲があった時に投げる気ですよね? シルが真似したらどうするんですか?
 油断も隙もあったものじゃない。敵襲なんかありませんから。
 非力な僕では一度に持ち出せる個数が少ない。何度かに分けて運び出すことになり、バルドに運び出すのを手伝ってもらった。

 更にその数日後、簡易棚の横に寝袋が置かれていたが、それはそのままにした。
 こんなところで誰が寝るんですか? 必要ないと思いますが、危険はなさそうなのでこれは回収はしないでおいてあげます。

 櫓の上に置かれた寝袋の数が三つに増えた晴れた日、ラルフ様が夜に櫓に登ろうと言ってきた。
「星空を見ながら寝るぞ」
 てっきり何かを夜通し見張るために櫓に寝袋を置いたのだと思っていたから、僕は反省した。

 木の屋根はあるけど、窓はついていない櫓。夜に上に登ると、他のお屋敷なんかより高い場所にあるせいか、街で使っているランプの光が各家の窓から漏れて綺麗だった。
 そして、空には満天の星空。少し暖かくなってきたとはいえ、まだ朝晩は冷える。それでも、ラルフ様とシルと一緒に見られてよかった。
 散々シルがはしゃいでいたが、はしゃぎ疲れてすぐに眠ってしまった。

壁にもたれて並んで座り、手を繋いで二人きりの静かな時間。
 
「ラルフ様、星空綺麗ですね」
「そうだな」

 戦場で見た綺麗な星空を、一緒に見たいって思ってくれたのかな?

「ラルフ様、愛してます」
「マティアス、部屋に戻るぞ」
「え?」

 ラルフ様は眠ってしまったシルを寝袋ごと抱えると、僕のことも肩に担いで櫓の上から庭に向かって飛び降りた。
 ヒッ
 声も出なかった。僕はこの瞬間、本当に死んだと思った。ちょっと怖すぎて涙が出たかもしれない。だってここ、二階建ての家の屋根より高いよ? 真っ暗な庭に落下していく時、底なしの地獄に落ちていっている感覚だった。
 でもラルフ様はシュタッと着地すると一瞬で部屋に入り、僕はベッドの上で裸だった。

「シルは?」
「部屋に寝かした」
「そうですか」
「マティアス、俺も愛してる」
 我慢できなくなっちゃったんですね。いいか? とラルフ様の目が訴えてくるけど、まだ組み敷いただけで手は出してこない。きっと僕の了承を待ってるんだと思う。

「早くキスして」
「キスだけじゃ足りない」
「いいですよ」

 三人の夜が終わって、二人だけの長い夜が始まる。


「昨日は櫓の上でお休みになったのでは?」
 翌朝リーブに首を傾げられて、僕は曖昧に笑って誤魔化しながら、緑の酷い匂いの湿布を貼ってもらった。

「ママ、ほしきれいだった。またみたい」
「うん、そうだね」
 シルは、櫓の上からラルフ様に抱えられて飛び降りたことは覚えていなかった。ぐっすり眠っていたようだ。
 ふぅ、よかった。シルが真似でもしたら大変だ。


 その後、フックス家とシュテルター家から、あの物々しい塀と塔みたいなものは何かと問い合わせがあった。
 王都の貴族の間で騒ぎになっているのだとか。
 なんかお騒がせしてすみません。
 なんていうか、あれはラルフ様の趣味です。

 物々しい塀だったけど、上に突き立てられた尖った槍の先みたいなのは、取り除かれることになった。
 ラルフ様が二番目のお義兄さんに、「まるで凶悪な囚人を逃さないための牢獄みたいだ」と言われて、ショックを受けたからだ。

「マティアス、この家は家族の安全を考えたものだ。決してマティアスを閉じ込めておこうとしたわけじゃないんだ」
「分かってますよ」
 お義兄さん、ありがとうございます。僕もどうやってあの槍の先みたいなのを取り除いてもらおうかって考えてたんです。
 お礼も兼ねて、シュテルター本家にはハーブの寄せ植えを贈っておいた。

 
 
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