30 / 258
二章
29.要塞の爆誕
しおりを挟む完成したと、組み立てられた足場と布が外され、とうとう家の塀の全貌が明らかになった。
塀は灰色の石を積んで作られており、とても厚く見上げるほどに高い。よじ登ろうと思っても僕では絶対に登れない。塀の上部には、いつかシルがクッキーで作ってくれた罠? 先端が尖った鉄の棒が等間隔で並んでいるから、塀の上を歩くことはできないけど、鉄の棒がなければ歩けるほど厚い。
鉄の棒は乗り越えて侵入されないためのものだろうか?
石積みの塀の上の方に妙な隙間があったりするのは、まさかそこから矢を飛ばすんじゃないですよね?
足場になりそうな突起と、落下防止のために体を固定するのに使うであろう鎖みたいなのが垂れ下がっているのは、そのような用途ではなくデザインと思っていいんですよね?
そしていつの間にか端に、塀と同じ石積みで作られた物見櫓みたいな高い塔が建っていた。正門から見て家の裏に当たる場所にあるから、ラルフ様に塀ができたと案内されるまで気付かなかった。
正門から正面玄関に向かうと、庭の木や家の建物がその存在を隠している。家の裏庭はちょっとした畑になっていて、シェフのチェルソと庭師のバルドくらいしか行かない。二人はきっと気づいてたんだろう。もしかして、気づいていなかったのは僕だけ?
二階建ての我が家の屋根よりはるか上に見張り台の部分があるってことは、この周辺の家よりも高い位置にあるということだ。何かを見張るためのものなんだろうか……? 一体何を?
ここは要塞?
僕たちの家は、要塞になった。
「櫓にはちゃんと弓矢の予備が置いてあるからな」
「はい?」
ここを戦場の前線基地か何かと勘違いしていませんか? ここは王都ですよ。
翌日、ヒィヒィ言いながら息を切らして、無駄に高い櫓に登り、僕は弓矢を全て回収した。梯子でなく階段でよかった。
弓矢が置かれていた簡易棚には、弓矢の代わりに花の鉢植えを置いた。
よし、僕も毎日ここを昇り降りして体を鍛えるぞ。
数日後、櫓の上に花の水やりに行くと、鉢植えの横には拳より大きな石が並べられていた。当たり前だがそれも回収した。重い……
この石、敵襲があった時に投げる気ですよね? シルが真似したらどうするんですか?
油断も隙もあったものじゃない。敵襲なんかありませんから。
非力な僕では一度に持ち出せる個数が少ない。何度かに分けて運び出すことになり、バルドに運び出すのを手伝ってもらった。
更にその数日後、簡易棚の横に寝袋が置かれていたが、それはそのままにした。
こんなところで誰が寝るんですか? 必要ないと思いますが、危険はなさそうなのでこれは回収はしないでおいてあげます。
櫓の上に置かれた寝袋の数が三つに増えた晴れた日、ラルフ様が夜に櫓に登ろうと言ってきた。
「星空を見ながら寝るぞ」
てっきり何かを夜通し見張るために櫓に寝袋を置いたのだと思っていたから、僕は反省した。
木の屋根はあるけど、窓はついていない櫓。夜に上に登ると、他のお屋敷なんかより高い場所にあるせいか、街で使っているランプの光が各家の窓から漏れて綺麗だった。
そして、空には満天の星空。少し暖かくなってきたとはいえ、まだ朝晩は冷える。それでも、ラルフ様とシルと一緒に見られてよかった。
散々シルがはしゃいでいたが、はしゃぎ疲れてすぐに眠ってしまった。
壁にもたれて並んで座り、手を繋いで二人きりの静かな時間。
「ラルフ様、星空綺麗ですね」
「そうだな」
戦場で見た綺麗な星空を、一緒に見たいって思ってくれたのかな?
「ラルフ様、愛してます」
「マティアス、部屋に戻るぞ」
「え?」
ラルフ様は眠ってしまったシルを寝袋ごと抱えると、僕のことも肩に担いで櫓の上から庭に向かって飛び降りた。
ヒッ
声も出なかった。僕はこの瞬間、本当に死んだと思った。ちょっと怖すぎて涙が出たかもしれない。だってここ、二階建ての家の屋根より高いよ? 真っ暗な庭に落下していく時、底なしの地獄に落ちていっている感覚だった。
でもラルフ様はシュタッと着地すると一瞬で部屋に入り、僕はベッドの上で裸だった。
「シルは?」
「部屋に寝かした」
「そうですか」
「マティアス、俺も愛してる」
我慢できなくなっちゃったんですね。いいか? とラルフ様の目が訴えてくるけど、まだ組み敷いただけで手は出してこない。きっと僕の了承を待ってるんだと思う。
「早くキスして」
「キスだけじゃ足りない」
「いいですよ」
三人の夜が終わって、二人だけの長い夜が始まる。
「昨日は櫓の上でお休みになったのでは?」
翌朝リーブに首を傾げられて、僕は曖昧に笑って誤魔化しながら、緑の酷い匂いの湿布を貼ってもらった。
「ママ、ほしきれいだった。またみたい」
「うん、そうだね」
シルは、櫓の上からラルフ様に抱えられて飛び降りたことは覚えていなかった。ぐっすり眠っていたようだ。
ふぅ、よかった。シルが真似でもしたら大変だ。
その後、フックス家とシュテルター家から、あの物々しい塀と塔みたいなものは何かと問い合わせがあった。
王都の貴族の間で騒ぎになっているのだとか。
なんかお騒がせしてすみません。
なんていうか、あれはラルフ様の趣味です。
物々しい塀だったけど、上に突き立てられた尖った槍の先みたいなのは、取り除かれることになった。
ラルフ様が二番目のお義兄さんに、「まるで凶悪な囚人を逃さないための牢獄みたいだ」と言われて、ショックを受けたからだ。
「マティアス、この家は家族の安全を考えたものだ。決してマティアスを閉じ込めておこうとしたわけじゃないんだ」
「分かってますよ」
お義兄さん、ありがとうございます。僕もどうやってあの槍の先みたいなのを取り除いてもらおうかって考えてたんです。
お礼も兼ねて、シュテルター本家にはハーブの寄せ植えを贈っておいた。
756
お気に入りに追加
1,360
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。
そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。
そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。
そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる