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二章
27.平和な日
しおりを挟む「やあ、マティ」
「ごきげんよう。今日はどちらのお花になさいますか?」
ラルフ様にプレートアーマーを諦めさせた数日後、また店にエドワード王子がやってきた。
本当にこの人は……
暇なんですか? 奥方様、しっかりこの人のこと鎖で繋いでおいて下さい。
「相変わらず釣れないね。でもプレートアーマー諦めさせてくれてありがとね。ようやく諦めてくれたと皆がホッとしていたよ」
「そうですか」
僕もそれを聞いて安心しました。
「ラルフはいつにも増して訓練に集中しているとか。何したの?」
「何も。プレートアーマーは購入しないようにと言っただけですよ」
ラルフ様は結局、報酬は何にしたんだろう? 部下の皆さんと一緒に楽しめるし、牛一頭とかそんなのでいいんじゃないだろうか?
「マティアス、来週から家に工事が入る」
「そうなんですね。どこを直すんですか?」
この家は中古で、元々どこかの低位貴族が住んでいたらしく、古いこともあって壁がちょっと脆かったり、庭の石畳の石が欠けていたり、ところどころ修理しながら使っている。そんなのは僕の実家でもそうだったからどうってことないんだけど、工事が入るってことは結構大掛かりに直すことにしたのかもしれない。
「塀を直すことにした」
「そうですか。ちょっとヒビが目立つところもありますもんね」
急に崩れて道を歩いてる人が怪我したらいけないし、どうせ直すなら専門の人たちに作り直してもらった方がいいと思ったんだろう。
まだ森の中は雪が積もっているけど、街の中は日陰に少しあるくらいで、あと数日もあれば溶けてしまう。だからラルフ様はこの時期に工事を依頼したのかもしれない。
そして始まった工事。
塀が出来上がるまでは家が無防備になって危険だとか言って、部下の皆さんが泊まりにきてくれた。
泊まりに来るのはシルも喜んでいるし、構わないんだけど、なぜまたチェーンメイルを着てるんですか?
塀を壊し始めると、部下の皆さんはチェーンメイルを着用して剣を背負った。
シルも、みんなとお揃いがいいと言って重いチェーンメイルを着ている。
「ぼくもけんほしい」
「シルにはまだ早いかな。僕も持ってないし、ラルとお兄さんたちが守ってくれるから大丈夫だよ」
「やだやだやだ、ほしい!」
珍しくシルがものが欲しいと我儘を言ったから、思わず買ってあげようかと思ってしまったんだけど、やっぱりまだ早い。
シルは四歳。チェーンメイルを着ているのもおかしいけど、剣を背負っているとかどう考えてもおかしい。そんな重い物を背負ったら後ろに倒れてしまいそうだ。
しかしラルフ様はちゃんとシルの願いを叶えてくれた。
「ほら、シルはまだ子どもだからな。これを使うといい」
そう言って渡したのは、軽くて短い木剣だった。短剣でも渡すのかとヒヤヒヤしていたが、そんなことはなくて、ちゃんとみんなと同じように剣を背負いたいという願いを叶え、しかも殺傷能力のない木剣だ。
扱いを間違っても手を切ったりしない。
さすがラルフ様。見直しました。
いつもラルフ様は僕と二人で寝たがるのに、塀が壊されてからは「まとまって寝た方が守りやすい」と言ってシルを真ん中にして、また三人で寝るようになった。
ただ塀を工事しているだけの家に誰が攻めてくるっていうんですか? とツッコミたい気持ちもあったんだけど、久しぶりに三人で寝るのもいいなとちょっと温かい気持ちになったから、余計なことは言わずに三人の時間を楽しむことにした。
数日後メアリーに聞いたんだけど、使用人も同じ部屋にまとまって寝るよう言われ、ラルフ様の部下が毎日一人付いているらしい。そこまでする?
寝ずの番とかいうのもしているらしく、夜中にトイレに起きたりすると、剣を持ってサッと近づかれてちょっと怖いと言っていた。
それは怖い。そして全然休まらない。だから僕は寝不足にならないよう、使用人のみんなにはお昼寝の時間をとってもらうようにした。
てっきりシルを楽しませるためのごっこ遊びかと思ってたよ。
それとも、使用人含めみんなで前線基地ごっこでもしてるつもりなんだろうか?
「ママいってらっしゃい」
「行ってくるね~」
チェーンメイルを着て、木剣を背負った可愛い騎士に見送られて花屋の仕事に向かった。シルは剣は背負うものだと思っているのか、いつも背負っていて振り回したりはしない。
隣には今日はハリオがいる。なんかすみませんね。
「帰りはラルフ隊長が迎えに来るそうです」
「うん。いつもありがとう」
最近、お菓子屋さんの柱の向こうにいるラルフ様は見ない。どこで待っているんだろう?
僕がお店を出る時には裏口で待機してるから、きっと早めに来てどこかで見守ってくれているんだと思うけど、僕は見つけられずにいる。
「マティアス、手を」
「ラルフ様の手は温かいですね」
手を差し出すと、大きな手でそっと包み込んでくれる。僕の手は冷たい。冬は特に冷たくなってしまうんだよね。
「マティアスの手を温めるのは俺の役目だからな」
「ありがとうございます。そうだ、ジンジャーレモンティーを出しているお店があるみたいなんです。帰りに寄ってみませんか?」
「ジンジャーか。温まりそうだな」
「そうでしょう?」
寒い冬の戦場では、動いていれば温かいけど、外でジッと待機していないといけない時には、乾燥したジンジャーの欠片をいくつかポケットに入れておいて、それを齧っていたそうだ。適当に切って塀の上などに並べておくと、夜中に凍って昼に溶けながら乾燥していくらしい。
風が強い日や吹雪がくると敵に取られてしまうのだとか。取られたのではなく吹き飛んだんだと思います。ラルフ様にとっては風も敵なんだろうか?
「温まりますね」
ラルフ様の膝の上に座って、ふぅふぅしながら温かい紅茶を飲む。
本当は並んで座ろうと思ったんだ。でも、冷たいところに座ったら僕が風邪をひくかもしれないと、ベンチには座らせてもらえなかった。
まるで小さいシルを抱き上げるように、僕はヒョイっと抱き上げられて、ラルフ様の膝の上に乗せられた。
ちょっとくらい冷たくても、服を着ているし、それくらいで風邪をひくなんてことはないと思う。どれだけ僕は弱いと思われているんだろう?
でも、僕は降ろしてとは言わなかった。後ろから抱きしめられると、ラルフ様の温かさに包まれているみたいで幸せだなって思ったんだ。ちょっと恥ずかしいけど、チェーンメイルを着て親族の前に出るよりはマシだと思う。
「ジンジャーを噛んでいるより温まるな。俺はマティアスと過ごすこの平和な生活を守るぞ」
「はい。でも無茶はしないで下さいね」
「分かっている」
僕はラルフ様の「分かっている」という言葉を、あまり信じていない。ラルフ様は僕の気持ちを分かっているわけではないんだ。ラルフ様はラルフ様の解釈で分かっているだけで、その考えは僕や普通の人とは違ったりする。
そこは僕の説明不足って部分もあるから、お互い様かもしれない。
紅茶を飲み終わったラルフ様が、僕の首筋に顔を埋めた。吐息がかかって擽ったいけど、温かい。最近はシルを間に挟んで寝ているし、二人だけでのんびりする時間が少なかった。
もしかして甘えているんですか? 珍しいですね。
「寒い時は首元を温めるといいんだ」
「そうですか」
なんだ違った。甘えているんじゃなかったのか。ちょっと残念。
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