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二章
22.親族の集まりと敵
しおりを挟む「ラルフ様のバカ」
ボソリと呟いて、ラルフ様に背を向けた。
「どうした? マティアス、何か気に入らないことがあったか? やはりチェーンメイルだけでは足りなかったか? プレートアーマーを注文しようと思ったんだが、それはしっかり体の型を取らないといけなくて、数日では無理だったんだ……」
プレートアーマー? それって全身を覆う金属鎧だよね? 今では近衛騎士も式典の時にしか着ていないという……
時間に余裕があったらプレートアーマーが用意されたのかと思うと、ゾッとした。
どこに親族の集まりにプレートアーマーを着込んで迎える家族がいるんですか?
「ようこそ」と言いながらプレートアーマーを着た夫夫と子どもに出迎えられたらビックリするし、何事かと思われる。
いや、笑い話として末代まで語り継がれるんだろうか?
エドワード王子に知られでもしたら、面白おかしく脚色されて、どこまででも広められそうな気がする。恐ろしい……
「プレートアーマーを注文することは禁止します。黙ってそんなものを注文したら、僕はラルフ様とベッドを分けます」
「すまない。騎士でもないのにそんな重いものを着て動くのは大変だよな。気が回らずすまなかった。ベッドを分けるなんて言わないでくれ」
そういう問題じゃないけどね。
僕がラルフ様に背を向けたまま答えていたら、ラルフ様に後ろから抱きしめられた。
「ごめん。怒らせるつもりはなかった」
分かってるよ。ふざけているなら怒り心頭だけど、ラルフ様の考えは僕のためやシルのためなんだ。だから僕もあまり怒れないというか……
「僕の両親も兄たちも、ラルフ様のご両親もお兄さんたちも、敵ではないんです。警戒しすぎず、僕やシルみたいに仲良くしてほしいんです」
「努力はしてみる。もしかして、チェーンメイルを買ったことも怒っていたのか?」
初めて分かってくれたの? とうとうラルフ様は僕が言わなくても分かってくれた。
「あれはそんなに高価なものではないし、家の金が苦しいなら、休みの日にハンターの仕事を入れる」
分かってなかった……
家計を心配してくれるのは嬉しいけど、別に家計は苦しくない。ラルフ様は散財するタイプではないし、夜会に行ったりしないから正装を何着も仕立てる必要もない。宝石やなんかを揃えたりもしないから、余裕はある。僕も働いているし。
「お金は心配要りません。副業なんてしないで休みの日はゆっくり休むか、シルと遊んであげてください」
「分かった。マティアス、こっちを向いてはくれないのか? 背を向けられると寂しい」
仕方ないですね。
僕がモゾモゾと動いてラルフ様の方を向くと、ラルフ様の瞳が不安そうに揺れていた。
そうさせたのが僕なのだと思うと、なんだか申し訳なくなってしまった。ラルフ様が悪いわけじゃない。
「マティアス、好きなんだ。大切に思っている。大切に思うだけではダメだと分かっているんだが、正解が分からなくなる」
「ラルフ様、大丈夫です。正解が分からなかったら相談してください。一緒に考えましょう。僕たちは夫夫なんですから」
「夫夫……マティアス、抱いていいか?」
「明日はお客さんがいらっしゃるので手加減してくださいね」
「分かった」
加減……
その夜、ラルフ様は全然離してくれなかった。
ずっと「好きなんだ」「側にいてほしい」と言っていた気がする。
これはきっと僕が、ラルフ様に背を向けて、ベッドを別にするなんて言ったからだ。
明け方に目が覚めて、腰が終わっていることを確認すると、小さくため息をついた。
自業自得ってやつか……
「ラルフ様、不安にさせてごめんなさい。ずっと側にいますから。僕もラルフ様のこと大好きですよ」
そう小さな声で言ったら、ラルフ様の目がパチっと開いてびっくりした。やっぱりラルフ様は僕の声ならどんなに小さな声でも聞こえてしまうらしい。
「マティアス、もう一回いいか?」
「ダメです。あ、嫌だから断ったわけじゃないですからね。腰が終わってるんです。あと少ししたら起きて、準備をしないといけませんから、時間もありません」
「分かった。耐える」
「きついなら僕が手か口で抜いてあげましょうか?」
耐えると言ったラルフ様が可哀想になってしまって、僕はそんな提案をした。
「ダメだ。そんなことマティアスにさせられるわけない。マティアスはギリギリまで休んでいてくれ」
「分かりました」
優しいな。本当にきついなら頼ってくれていいのに。
「ママだっこのひ」
「うん、そうだね」
誰にもそこはツッコまれないといいんだけど……
僕はラルフ様の腕の中だ。
僕の姿を見たリーブには、「旦那様……」とため息をつかれたが、それ以上は言わないでいてくれた。
ラルフ様は朝食をとると、シルにチェーンメイルを着せた。
しかし、シルは嫌がった。昨日はあんなに嬉しそうに着ていたのに、今日は家の中の雰囲気がいつもと少し違うことに気付いて不安になったのかもしれない。
「やだ。きない」
「シル、これは身を守るために必要なんだ」
ラルフ様は必死に言い聞かせようとしているけど、僕は必要ないと思う。戦場の近くや野盗が多い場所を通る時だけでいいよ。
「ラルフ様、部下の皆さんもいるのですから、着なくても大丈夫ですよ」
「そうか」
やっと諦めてくれた。よかった。
僕は腰に響くと理由をつけて着なかったし、ラルフ様にも「そんなのを着て抱えられたら痛い」と言ったら諦めてくれた。
無事、チェーンメイルを着てみんなを迎えるという悲劇にも似た喜劇を回避することに成功した。いや、喜劇にも似た悲劇か? そんなのどっちでもいいや。
その代わり、シルの左右をガッチリとラルフ様の部下のハリオとアマデオが固めている。
どこの要人かな?
お兄さんたちと遊べて、シルはだいぶ機嫌が直ってきた。
これなら大丈夫そうだ。
できればうちの兄の息子や、ラルフ様の甥っ子とも仲良くできるといいな。
みんなを迎える時間が近付くと、それに気付いたシルが口を閉じた。
左右を屈強な騎士に固められたシルと、せめて迎える時は下ろして下さいと言って立った僕とラルフ様、リーブとメアリーで続々と来るお客様を迎えた。
日当たりのいいサロンにお通ししたが、シルは表情を硬くして固まっている。
シルは使用人とも打ち解けて、ラルフ様の部下の人とも打ち解けたが、まだ早かったのかもしれない。
みんなが揃うと、ラルフ様がシルをみんなに紹介した。
「俺とマティアスの息子になったシルヴィオだ」
みんなに注目されると、不安そうに瞳が揺れて、俯いてしまった。
「彼は両親を亡くして、まだ完全に心の傷が癒えていないので、ご容赦ください」
「可哀想だけど……」
「口がきけない子か……」
「そんな子を育てていけるのか?」
「養子にするにしても、そんな子を選ばなくても」
口々にみんなが勝手なことを口走っていたが、ラルフ様と部下のみんなの鋭い視線と軽い殺気に、みんな口を閉じた。
僕も今回はラルフ様の対応が正しかったと思う。
心が傷ついていると言っているのに、シルの前でそんなことを言うなんて。
ラルフ様はこうなるのを分かっていたんだろうか。それで敵陣に赴くみたいな格好をさせようとしたんだろうか?
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