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二章
21.過保護な父
しおりを挟む冬が近づくと、社交シーズンのため貴族たちが王都に集まってくる。僕の実家やラルフ様の家も、みんな揃って王都にやってくる。
シルに会いたいと言っているから、社交の合間にうちに来るかもしれない。
うちは夜会や茶会には行かない。僕も行きたくないし、ラルフ様も行きたくないと言うから行かない。
「シルはやっぱり緊張するだろうね」
「そうだな」
一人ではなくメアリーたちが一緒だけど、自分の部屋で寝るようになったシルがいないと少し寂しい。
ラルフ様もシルがいないのは少し寂しいのかな?
「ラルフ様もシルがいないと寂しいですか?」
「マティアスがいるから寂しくない」
そっか。ラルフ様はラルフ様だった。
グイッと引き寄せられて、「キスしてもいいか?」と聞いて、僕の答えをジッと待っている。
「確認なんてしなくていいんですよ。僕はいつでもラルフ様とキスしたいです」
「そうか。マティアスは大胆だな」
え? なんで? まさかいつでもどこでもしてもいいとか勘違いしてないよね?
「ん……」
ちゃんと説明しなきゃと思っていたんだけど、ヌルリと舌が滑り込んでくると、思考が溶けていって、もうどうでもよくなってしまった。
「マティアス、心配するな。俺はマティアスのこともシルのことも守ってみせる」
「はい」
ん? はいと答えたはいいけど、心配は特にしてない。何のことだろう?
僕はこの時の疑問をその場で解決しなかったことを、後悔することになる。
「マティアス、シル、明日には届くから心配するな」
「何か買ったんですか?」
「届いたら分かる。製作を急がせたから、明日の夕方には届く。みんなが来るのは明後日だから間に合ってよかった」
なるほど、ラルフ様は明後日集まる親族をおもてなしするために何か買ったようだ。
製作というのは気になったけど、みんなをおもてなししたいと思って用意してくれたものなら何でも嬉しい。
ーー何でも嬉しい。
もっとちゃんと聞いておけばよかった。
翌日の夕方、みんなが揃っているところに運ばれてきたのは、重そうな箱だった。
嬉しそうに箱を開けて中身を取り出すラルフ様に、僕もワクワクしていたし、シルも「なかはなに?」と楽しそうだった。
中から出てきたものを見るまでは……
ジャラジャラと音がしておかしいとは思ったんだ。出てきたのは、チェーンメイル。
このサイズは、僕用とシル用だろうか?
「ラルフ様、これはなんですか?」
「マティアスとシルのチェーンメイルだ」
どうだ! と自信満々に告げるラルフ様に僕はクラっとした。
「ラル、これなに?」
「着せてやろう。シルには少し重いだろうが、自分の身を守るものだ」
「きるー!」
シルはチェーンメイルを着せてもらって喜んでいる。
「サイズもいい感じだな。少し大きいが動いても脱げない。子どもはすぐに大きくなるから、これくらいでいいだろう」
「これくらいでいいだろう」じゃない。
親族の集まりを、敵陣に乗り込むのか何かと勘違いしてませんか?
「マティアスも着てみてくれ」
「ママもきてー」
無邪気なシルを前に、嫌だと言えなかった僕は、生まれて初めてチェーンメイルを着ることになった。一度ラルフ様のものを着せられそうになったことはあったけど、着たのは初めてだ。
チュニックのように上から被って着るタイプだった。
「ラルのは?」
「俺のもあるぞ」
ラルフ様は一瞬でチェーンメイルを着て戻ってきた。こんなところで早技を出さなくていいですから。
「おそろい!」
シルが嬉しそうにしている。ラルフ様も嬉しそうだ。浮かない顔をしているのは僕だけ……
え? もしかして僕が間違ってる?
しかし子どものシルにとってチェーンメイルは重かったらしく、重いから脱ぎたいとごねた。
「シル、これは命を守るために必要なものだ。今日はもう脱いでもいいが、明日はしっかり着ておくんだぞ」
「うん、わかった」
分からなくていいんだよ。
僕は全力で拒否するつもりだけど、もしラルフ様とシルが二人揃ってチェーンメイルを嬉しそうに着たら、拒否できるか分からなくなってきた。
どうしたらチェーンメイルを断れるかを考えながら、ラベンダーのキャンドルに火を灯した。
ふんわりと香りが部屋に満たされる。
癒される~
先日の夜、ラルフ様が言っていた言葉を思い出した。
ーー俺はマティアスのこともシルのことも守ってみせる。
守ろうとしてくれているのは分かる。それを疎ましく思ったりはしない。でもこれはやりすぎだ。
また結婚式の時のように、とても静かな集まりになりそうだと思った。
「ラルフ様、もしかして部下の皆さんも呼んでたりします?」
「当たり前だ。数は脅威だからな。備えておくに越したことはない」
「そうですか……」
数の脅威か。親族は敵ではないとどうしたら分かってもらえるんだろう。
もう部下のみんなはチェーンメイルを着ていないし、剣を背負っていない。しかし、腰に下げた剣にずっと手を添えていたら、その場の空気はヒリつくんだ。
僕は明日、頑張る。負けないように頑張るんだ。
「ラルフ様のバカ」
ボソリと呟いて、ラルフ様に背を向けた。
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