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二章
18.王子とラルフ様(エドワード視点)
しおりを挟む「エドワード、俺は子どもになりたい」
「は? とうとう頭がいかれたか。と言いたいところだが、分からなくもない。俺も嫁を子どもに取られた」
「寂しい」
「そうだな……」
河原に腰を下ろした二人の間には、それ以上会話はなかった。
もうすぐ季節は秋を終えようとしている。護衛もつけず、街のはずれをこうして自由にフラフラできるのは、ラルフという男が一緒だからか、それとも子どもが生まれ、嫁が俺への興味を子どもに移したからか。
うちの嫁は当初、どこへ行くにも報告が必要で、ついて行けそうな場所には必ず同行された。
あれは忘れもしない。いたずら心でマティにお詫びの品として媚薬のキャンドルを山ほど送ったら、返り討ちにあったというか……
媚薬のキャンドルがあんなに効果的なのだと知らなかったと言ったら言い訳になるが、中庭で大量に燃やされただけであんなに効果が出るとは。
嫁のことは初めから嫌いじゃなかった。お茶だけの予定が、二人で盛り上がって間違いを犯した。それから結婚までは実に早かった。やっちまったと思ったが、他国の誰とも分からないような姫をもらうよりは、小さい頃から知っている彼女だったことは幸いだった。
しかし、かなり彼女の束縛は激しく、妊娠してからはそれが一層激しくなったが、息子が産まれてみると、一気にそれがなくなった。
あんなに煩わしく思っていたのに、あんなに解放を望んでいたのに、無くなるとなぜか寂しいと思った。
捨てられたわけではないんだが、俺にだけ向けられていた熱が他へ移ってしまうと、捨てられたように寂しい気持ちが湧いてくる。
きっとこの隣に座る、歴戦の勇者みたいな男、ラルフもそうなんだろう。
子どもは手がかかるし、うちの息子はまだ赤ちゃんなんだから仕方ない。乳母に任せておけばいいとも思うんだが、心配なんだろう。
ラルフが拾ったという子どもは何歳だったか? まだ小さいよな。三歳くらいな気がする。
まさかこの男が子どもを拾うなんてな。世の中分からないものだ。マティアスという旦那を溺愛しているところも謎だが、まさか子どもを拾うとは。
戦争孤児というところが放ってはおけなかったんだろう。分からなくはない。
荒れ果てた戦場で、この男は婚約者に手紙を送り続けた。報告書を書かされているのかと思ったのに、それが手紙だと知った時は驚いた。
その後も何度も手紙を書いているところを見た。
「家族がそんなに心配か?」
「まだ家族ではない」
「まさかお前、恋人がいるのか!?」
「こ、婚約者……だ」
意外すぎた。戦場に来る者の大半は借金を背負った平民や商家、貴族の三男以下、腕に自信があり武功を立てたい者もいるが、ラルフも確か家のためだった気がする。
そんな奴らは恋人とは別れてここに来る。いつ死ぬか分からないんだから当然だろう。
婚約者か……
何度も書き直したらしく、辺りにはぐちゃぐちゃに丸めた紙が散乱していた。でかい背中を丸めて手紙をちまちまと書くラルフの後ろ姿を見ながら、丸められた紙の一つをそっと開いてみる。
『マティアス、今日は戦闘がありました』
もう一つ落ちている紙を開いてみる。
『マティアス、戦場でも星が綺麗だ』
いくつか開いてみたが、全て宛名はマティアスという人物に宛てたものだった。
あのラルフがな。この仏頂面の男にこれほど大切に想う相手がいたとは。マティアスという人物に興味が湧いた。
ラルフは強かったが、決して無茶はしなかった。それは必ず生きて帰るという意思が強かったんだろう。
そんなラルフに俺は分隊長の役を与えた。死んでもいいと捨て身で突っ込む奴に部下を預けることはできないからな。
部下は五名。小さな隊だが、敵の奥深くまで切り込んでも、必ず一人も欠けることなく戻ってくる。
名ばかりの統括の俺より、ラルフの方がよほど優秀だった。
ラルフの分隊は特殊な奴らを集めたわけではなかったが、なぜか強く育った。それで他の隊とは分け、ラルフの判断で好きなように動かした。戦況をひっくり返したのも一度ではない。
「ラルフ、小隊を持ちたいか?」
「要らん。そんなに多くを守れるほど俺は強くない」
小隊長の席を断られるとは思っていなかった。しかしこの男は、自分の実力をしっかり自身で把握しているらしい。そんなところも俺はラルフを信用に値する人物だと判断した。
懐かしいな。戦場からも手紙を頻繁に送るほど大切で、戻ってからもマティにちょっかいをかけると必死に守ろうとして、そんなラルフを見ているのは面白かった。
子どもを拾って、マティを取られたと落ち込んでいると聞いて面白いと眺めていたが、それは自分にも起きた。
あんなに俺にベッタリだったくせに、口を開くと嫁は子どものことばかり。俺は?
小さくため息をついた。
ラルフが河原に落ちている石を無造作にポンポンと川に向かって投げると、魚がプカっと浮かんできた。
「相変わらず意味の分からない技だな」
「せめて俺はマティアスのためになることをしたい」
ラルフは浮かんできた魚を全て回収すると枝に刺し、「俺はもう帰る」と帰っていった。その背中には夕陽がさして、なんとも哀愁漂う後ろ姿だった。
俺もはたから見たらあんな風に見えるんだろうか?
俺はこんなところで一体何をしているんだ。
さっさと帰って嫁の機嫌を取らなければ。うちの嫁はマティアスほど優しくはない。
仕方ない。マティアスの花屋の隣の店で菓子でも買って帰るか。前に美味しいと言っていたし。
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