僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
19 / 189
二章

18.王子とラルフ様(エドワード視点)

しおりを挟む
 
「エドワード、俺は子どもになりたい」
「は? とうとう頭がいかれたか。と言いたいところだが、分からなくもない。俺も嫁を子どもに取られた」
「寂しい」
「そうだな……」
 河原に腰を下ろした二人の間には、それ以上会話はなかった。
 もうすぐ季節は秋を終えようとしている。護衛もつけず、街のはずれをこうして自由にフラフラできるのは、ラルフという男が一緒だからか、それとも子どもが生まれ、嫁が俺への興味を子どもに移したからか。

 うちの嫁は当初、どこへ行くにも報告が必要で、ついて行けそうな場所には必ず同行された。
 あれは忘れもしない。いたずら心でマティにお詫びの品として媚薬のキャンドルを山ほど送ったら、返り討ちにあったというか……
 媚薬のキャンドルがあんなに効果的なのだと知らなかったと言ったら言い訳になるが、中庭で大量に燃やされただけであんなに効果が出るとは。

 嫁のことは初めから嫌いじゃなかった。お茶だけの予定が、二人で盛り上がって間違いを犯した。それから結婚までは実に早かった。やっちまったと思ったが、他国の誰とも分からないような姫をもらうよりは、小さい頃から知っている彼女だったことは幸いだった。
 しかし、かなり彼女の束縛は激しく、妊娠してからはそれが一層激しくなったが、息子が産まれてみると、一気にそれがなくなった。
 あんなに煩わしく思っていたのに、あんなに解放を望んでいたのに、無くなるとなぜか寂しいと思った。

 捨てられたわけではないんだが、俺にだけ向けられていた熱が他へ移ってしまうと、捨てられたように寂しい気持ちが湧いてくる。
 きっとこの隣に座る、歴戦の勇者みたいな男、ラルフもそうなんだろう。

 子どもは手がかかるし、うちの息子はまだ赤ちゃんなんだから仕方ない。乳母に任せておけばいいとも思うんだが、心配なんだろう。
 ラルフが拾ったという子どもは何歳だったか? まだ小さいよな。三歳くらいな気がする。
 まさかこの男が子どもを拾うなんてな。世の中分からないものだ。マティアスという旦那を溺愛しているところも謎だが、まさか子どもを拾うとは。
 戦争孤児というところが放ってはおけなかったんだろう。分からなくはない。



 荒れ果てた戦場で、この男は婚約者に手紙を送り続けた。報告書を書かされているのかと思ったのに、それが手紙だと知った時は驚いた。
 その後も何度も手紙を書いているところを見た。

「家族がそんなに心配か?」
「まだ家族ではない」
「まさかお前、恋人がいるのか!?」
「こ、婚約者……だ」

 意外すぎた。戦場に来る者の大半は借金を背負った平民や商家、貴族の三男以下、腕に自信があり武功を立てたい者もいるが、ラルフも確か家のためだった気がする。
 そんな奴らは恋人とは別れてここに来る。いつ死ぬか分からないんだから当然だろう。
 婚約者か……

 何度も書き直したらしく、辺りにはぐちゃぐちゃに丸めた紙が散乱していた。でかい背中を丸めて手紙をちまちまと書くラルフの後ろ姿を見ながら、丸められた紙の一つをそっと開いてみる。
『マティアス、今日は戦闘がありました』

 もう一つ落ちている紙を開いてみる。
『マティアス、戦場でも星が綺麗だ』

 いくつか開いてみたが、全て宛名はマティアスという人物に宛てたものだった。
 あのラルフがな。この仏頂面の男にこれほど大切に想う相手がいたとは。マティアスという人物に興味が湧いた。

 ラルフは強かったが、決して無茶はしなかった。それは必ず生きて帰るという意思が強かったんだろう。
 そんなラルフに俺は分隊長の役を与えた。死んでもいいと捨て身で突っ込む奴に部下を預けることはできないからな。
 部下は五名。小さな隊だが、敵の奥深くまで切り込んでも、必ず一人も欠けることなく戻ってくる。
 名ばかりの統括の俺より、ラルフの方がよほど優秀だった。
 ラルフの分隊は特殊な奴らを集めたわけではなかったが、なぜか強く育った。それで他の隊とは分け、ラルフの判断で好きなように動かした。戦況をひっくり返したのも一度ではない。

「ラルフ、小隊を持ちたいか?」
「要らん。そんなに多くを守れるほど俺は強くない」
 小隊長の席を断られるとは思っていなかった。しかしこの男は、自分の実力をしっかり自身で把握しているらしい。そんなところも俺はラルフを信用に値する人物だと判断した。


 懐かしいな。戦場からも手紙を頻繁に送るほど大切で、戻ってからもマティにちょっかいをかけると必死に守ろうとして、そんなラルフを見ているのは面白かった。

 子どもを拾って、マティを取られたと落ち込んでいると聞いて面白いと眺めていたが、それは自分にも起きた。
 あんなに俺にベッタリだったくせに、口を開くと嫁は子どものことばかり。俺は?
 小さくため息をついた。


 ラルフが河原に落ちている石を無造作にポンポンと川に向かって投げると、魚がプカっと浮かんできた。

「相変わらず意味の分からない技だな」
「せめて俺はマティアスのためになることをしたい」
 ラルフは浮かんできた魚を全て回収すると枝に刺し、「俺はもう帰る」と帰っていった。その背中には夕陽がさして、なんとも哀愁漂う後ろ姿だった。
 俺もはたから見たらあんな風に見えるんだろうか?

 俺はこんなところで一体何をしているんだ。
 さっさと帰って嫁の機嫌を取らなければ。うちの嫁はマティアスほど優しくはない。
 仕方ない。マティアスの花屋の隣の店で菓子でも買って帰るか。前に美味しいと言っていたし。

 
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...