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二章
17.我慢する旦那様
しおりを挟む「ラルフ様、こうして寝ながらお話しするのは久しぶりですね」
「そうだな。俺はマティアスの隣で寝たかった」
シルを間に挟んで、そんなことを言うラルフ様がとても可愛く見えた。
「近いうちにシルの部屋を整えますから、それまでの辛抱ですよ」
「分かった」
ラルフ様も分かってるんだ。それでも思いを口に出さずにはいられなかったらしい。
二歳か三歳だと思っていたが、シルは四歳だった。一番親が恋しい時期に両親を失ったから、心を閉ざしてしまったらしい。
食事の量も少なかったのか、小さいように思えた。言葉はずっと話していなかったのだから拙いのは仕方ないだろう。
そして、ずっと話していなかったからか、とても大人しい子だった。
このくらいの歳の子であれば、嫌なことや苦しいことがあれば声を上げて泣くと思うんだけど、シルは泣いても誰も助けてくれないと諦めているのか、何かあると口を閉ざしてしまう。
みんなが頑張ってくれたから、十日ほどでシルの部屋は整えられた。シルを部屋で寝かそうとしたんだけど、いつも大人しく言うことを聞いてくれる彼が初めて抵抗した。
「ひとりやだ」
僕の服の裾をギュッと握って俯く彼を一人で寝かすことはできなかった。
僕は嬉しかった。シルが初めて意見を言ってくれたことが。ポツリポツリとは話すけど、抱っこしても、食事を膝の上で食べさせても、どこか壁がある気がしていたんだ。
我が儘でもなんでもいい。ここでは自分の意見を言っても大丈夫なんだと思ってもらえたことが嬉しい。
その日を境に、シルは僕とラルフ様以外とも話すようになった。使用人のみんなはシルにデレデレだ。
たまに訪れるラルフ様の部下の人たちとも、話せるようになった。
僕はシルが来てからしばらく仕事をセーブしていたんだけど、シルが使用人のみんなに慣れてからは、元の三日行って二日休むって日程に戻した。
夜に焚くキャンドルも、リラックス効果の高いものを使っていたんだけど、最近はフルーツの香りなど、甘いもの使っている。
「オレンジ?」
「そうだよ。よく分かったね」
「うん!」
今日もシルは可愛い。
ラルフ様も、戦場跡から戻ってから少しピリピリしていたんだけど、やっと落ち着いてきたみたいだ。
テーブルに石を並べたり、食事用のナイフやフォークを持ち歩かなくなった。
まさかとは思いますが、敵が来たらその食事用のナイフとフォークで戦う気だったわけじゃないですよね? 敵なんて来ませんからね。そんなもので戦うのはラルフ様といえど無理だと思いますよ。
部下のみなさんもホッとしている。もしかしてそれでシルもみんなと話せるようになったんだろうか?
僕とラルフ様の間で小さい体を丸めてシルが寝ている。
可愛いな。
「ラルフ様、子どもって可愛いですね」
「マティアスも可愛い」
ラルフ様は相変わらずだ。
「ママ、だっこ」
甘えたい年頃なのか、シルは僕によく抱っこをせがんでくる。ラルフ様がいる時はラルフ様に抱っこしてもらう時も多いんだけど、今日はちょっと違った。
機嫌が悪くて、何をしても嫌だ嫌だと言って、僕にしがみついて離れなかった。
「ラルやだ。ママがいい」
「僕はここにいるよ」
「ママ~」
ラルフ様の膝の上から僕に向かって両手を必死に伸ばしてくるシルを受け止める。そんな日もあるよね。と僕は楽観的だったんだけど、そんな日が何日か続くと、今度はラルフ様が嫌がった。
「マティアスは俺のだ」
「まだシルは子どもなんですから、ラルフ様は少し我慢してください」
こんなに小さな子どもと張り合ってどうするのかと呆れたけど、僕が注意するとラルフ様は引き下がった。
ちょっと不機嫌な様子だったけれど一度注意すると、ラルフ様はそれ以上は言わなくなった。元々口数が多い方じゃないけど、ますます口数が少なくなった気もする。
ある日、エドワード王子が家に突撃してきた。花屋ではなく家にだ。こんなことは初めてで、リーブも驚いていた。そりゃあそうだよ。高位貴族のお屋敷を馬車で訪れるならともかく、ほとんど平民みたいな一般家庭に王子が一人で歩いて訪ねてくるんだから。
赤ちゃんが産まれてまだ間もないって聞いてるけど、こんなところに来ていて大丈夫なんだろうか?
応接室にお通しして、お茶菓子もシルが食べるようなお菓子しかなかったから、急いでミーナに買いに走ってもらった。お茶はメアリーが慌てず綺麗な所作で淹れてくれた。
「へぇ~この子がラルフが拾った子か」
シルは知らない人を見て、僕の腕の中に隠れて、一言も発しなかった。
幼い子どもがすることですから許してくださいね。
「えー? 俺嫌われてる? ラルフは暇そうだし、ちょっと借りるね」
そう言うと、ラルフ様を連れてすぐに出て行った。一人でふらっと訪ねてきたと思ったら、ラルフ様を誘いに来たのか。
仲がいいのは気のせいかもしれないと思っていたけど、こうして二人で出かけるところを見ると、仲が悪いわけではないのだと思った。
奥方様やお城の人に怒られるから、ラルフ様を護衛として連れて行ったのかもしれないけど。
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