僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
16 / 189
一章

番外編 ラルフ視点

しおりを挟む
 

 俺は三男で優秀な兄たちがいるから、身の振り方をどうしようか迷っていた。
 兄たちの補佐でもいいんだが、補佐なんか必要なのかも分からない。
 とりあえず父上に勧められるままに王都の学園には通ってみた。

 そして運命の出会いを果たした。
 あれは15歳の夏休み。領地に戻っていた俺は、父上に呼び出された。
「ラルフ、縁談がある。結婚は相手が成人してからだからもっと先になるんだが、今回はとりあえず顔合わせということだ」

 一応貴族の子息ではある俺は、こんなこともあると可能性としては考えていたが、特に秀でたものもない俺に、本当に縁談が来るとは思っていなかった。

 相手は男爵の三男。ということはどちらかの家に入るというわけでもないのか?
 縁談の理由も父親同士が夜会で仲良くなったというフワッとした理由だったし、この縁談の意味はよく分からなかった。

 相手の領地まで行き、目の前にした俺の縁談の相手はマティアス・フックスという少年だった。
 女の子みたいに可愛らしい子で、まだ声変わりさえしていない子どもだ。父親同士は楽しそうに話をしているが、俺たちに共通の話題なんて……

「ラルフ様、見てください。このお花、とっても綺麗でしょ? でもここに棘があるんです。だから綺麗だと思っても気軽に触っちゃダメなんです。ほらこんな風になっちゃうから」
 そう言って見せられた指は、少し切れて血が滲んでいた。なんてことないという感じで笑っていたが、俺は目の前で彼が怪我をしてしまったから焦った。

「大丈夫なのか? 痛くないか?」
「全然大丈夫ですよ」
「そうか」

「ラルフ様は牛って好きですか?」
「まあ、嫌いではない」
「じゃあ見に行きましょう。一昨日、子牛が産まれたばかりなんです」
 そう言ってマティアスは俺の手を掴んで引いていった。
 誰かに手を握られるなんて子どもの時以来で、その柔らかくて小さい手に触れていると、妙な気持ちになった。

 牧場に入っていくと、本当に子牛がいて、マティアスは子牛に手を伸ばしたんだ。
 子牛はマティアスの手をベロベロと舐め回して、パクッと食べた。
「マティアス! 手が!」
 咄嗟に俺は牛の口をこじ開けてマティアスを子牛から引き剥がした。俺がついていながら、また怪我をさせるなど……

「ふふふ、大丈夫ですよ。子牛は僕の手がお母さんのお乳に見えたんだと思います。ほら、全然平気。涎でベトベトですけど」
「そうか……マティアスの手が食べられたのかと思って焦った」

「ラルフ様の手もベトベトになってしまいましたね。すみません。外で洗いましょう」
「そうだな」

 何ともなかったのか。よかった。
 外の井戸で手を洗い、牧場を一回りして花畑なども案内してもらった。

「ラルフ様、見てください。蛇がいます」
「近付いては危ない!」
 俺はいかにも毒がありそうな、黄色と黒の縞の蛇を指差す彼を抱えて、今までで一番早く退いたと思う。

 その後も池に落ちかけてヒヤッとしたりして、危なくて彼から目を離せなかった。
 この子は危険を知らないのかもしれない。俺が守ってやらないといけない。そう強く思った。

 風が吹いて香ってきた草の香り、夏の日差しの中で笑う彼の横顔が綺麗で、この日を永遠に忘れたくないと思った。
 初めに自己紹介をした屋敷の庭園に戻ってくると、庭園の中も手を繋いでぐるっと回った。

「僕はこの花が好きです。綺麗でしょ?」
 笑顔を向けられた時、何だか泣きたくなった。その頃にはもう、俺は完全にマティアスに恋に落ちていたんだと思う。
 彼を守るのは俺の役目。俺だけの役目であってほしい。そう願った。

「マティアス、俺が君を必ず守る。君を守れるくらい強くなるから、少しだけ待っていてくれ」
「はい」

 翌年、うちの領地で大洪水が起き、収穫間近の麦や野菜が流され、農地だけでなく家や人にも大きな被害が出た。
 兄嫁の実家にも少し援助してもらったんだが、それでは足りず、俺を裕福な商家か金のある貴族へ送るという話も出た。
 どうしてもそれだけは嫌だった。だから俺は学園を卒業すると、騎士試験を受けて戦争に行くことにした。

 命の保証がない代わりに、戦争に行けば少なくない支度金がもらえる。そして、望まぬ結婚も回避できる。
 俺はマティアス以外とは結婚しない。
 生きて帰れば騎士団所属で生活も安泰。良いことしかない。

「俺が死なない限り、婚約は解消しないでくれ」
 そう言い残し、俺は戦地に向かった。


 懐かしい夢を見た。
 この前、マティアスが「こんなの牛に指を舐められたようなもの」なんて言ったから、何だか懐かしい気持ちになった。
 そうか、変な例え話をしたと思ったが、マティアスは俺と出会った時のことを覚えていたんだな。

 隣で眠る、あの頃より大人になったマティアスをそっと抱きしめる。
 俺はマティアスを守れるほど強くなれたんだろうか?
 ちゃんと君を守れているか?
 心の中でマティアスにそう問いかけ、もっと強くなろうと決意を新たに、俺は再び眠りについた。



「ラルフ様、もしかして庭を荒らしましたか?」
「昔、マティアスが棘があるから危険だと言っていた花を排除しただけだ」
 また怪我をしたら大変だからな。

「棘はあるけど、迂闊に触ったりしなければ危険はありません。注意して触れば大丈夫なんです。庭を荒らさないでください」
 マティアスに怒られてしまった。
 なぜだ……
 危険を取り除いただけなのに。ただ危険を排除するだけではダメなのか?

「すまない」
「これからは家の敷地内で剣を抜くことは禁止します!」
「それでは奇襲をかけられた時にマティアスを守れない」
「ここは戦場ではないので奇襲なんかありませんよ」
 そうか。それでも万が一ということがある。剣以外で武器になりそうなものを集めておこう。

 尖った石はありだな。他には木の枝も先を削って各所に置いておくか。ペンも致命傷にはならないが相手を怯ませる程度になら使えるな。フォークとナイフは枕元に置いておこう。剣ではないのだからマティアスも許してくれるだろう。
 盾の代わりになるよう、椅子の裏に鉄を貼ってもらうか。


 各所に置いた石や枝は、数日後マティアスに撤去されることになる。

 今日も王都は平和です。




 
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...