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一章
15.怒る夫
しおりを挟むラルフ様がエドワード王子を連行して行ってから、僕は花屋の仕事に戻って、お客さんの対応をしたり、貴族の庭師が苗を注文しに来たりして、その対応をしていた。
そこに慌ただしく駆け込んできたのは、この前家に来た騎士とは違う騎士だった。
「マティアス様、お仕事中なのは存じ上げておりますが、どうか一緒に来ていただけませんでしょうか?」
うーん、こうして度々呼び出されるのは困る。仕事が休みの日ならいいんだけど、仕事中ってのはとっても困る。花屋に騎士が突撃してくるってのもよくない。
まぁでも今回はエドワード王子絡みだと思うし、行かないわけにはいかないんだろう。
マチルダさんに断って、仕方なく騎士についていくと、やはりエドワード王子とラルフ様が訓練場で木剣を持って対峙していた。
「それで、あなたたちは仕事中の僕をわざわざこんなところまで連れてきて、僕に何をしてほしいのですか?」
「ラルフ隊長を止めてほしいんです」
「なぜ?」
「殿下が怪我をしたら大変です」
これだけの人数の騎士がいるのであれば、ラルフ様一人くらい止められるだろう。暴れているわけではないんだから。これは怠慢じゃないのか?
それに、僕はこの二人が対峙している理由、というかラルフ様が怒っている理由も知っている。
エドワード王子が怪我をしても自業自得だと思うし、止める理由もない。
だから僕はエドワード王子に言った。
「殿下、謝罪なら聞いてあげますよ」
ラルフ様は僕がこの訓練場に入ってきたことを知っている。それでも剣を下さなかった。僕に対して何も後ろめたいことがないからだ。
戦場から戻って直ぐなら、僕を守るために誰彼構わず剣を抜いただろうけど、もう年を越して春も過ぎ、夏も終わろうとしている今、そんなことはしない。
ちゃんとラルフ様は王都の生活に順応してきている。外に出るだけでチェーンメイルを着たりしないし、僕の職場に迷惑をかけないよう、嫉妬心を我慢したりする。
まぁ、この前は久々に首に手をかけられたけど、それは僕が悪かったわけだし。
これが刃のついた剣で、今にも王子の首が落ちそうになっているなら僕は迷わず止めた。
でも、刃を潰した模擬剣でもなく、木剣だ。ラルフ様が怒り心頭だとしても、冷静さもちゃんとあるということ。
エドワード王子は、僕に興味があるわけじゃない。興味があるのはラルフ様だ。戦場でかなり活躍をしたラルフ様が僕に心酔しているのが信じられなくて、反応を見て楽しんでいるだけだ。だから余計なことを僕に言ったりするんだ。
今日のもきっとそうだ。でもやり過ぎた。
「マティ、助けて。ラルフが俺に剣を向けるんだ」
エドワード王子が僕に甘えたことを言ってくるけど、僕だって今回だけはちょっと許せない気持ちがある。
「自業自得ですよ。ラルフ様に叩きのめされればいいと思います。僕も決して許しません」
僕がそんな風に言うから、周りの騎士たちが大慌てだ。ラルフ様を止める頼みの綱だった僕が、止めるどころか叩きのめせと言っているんだから。
「マティアス様、どういうことでしょうか?」
「殿下がラルフ様を揶揄って遊んでいたんですが、越えてはいけない一線を越えたということです」
ラルフ様もエドワード王子が僕の耳元で話しかけるくらいなら、嫉妬に狂ったとしても我慢したんだろう。今回は僕の頬に口付けた。だから無理やり連行していったんだ。
しかし事は思った以上に大きくなった。
訓練場での騒ぎを聞きつけた陛下がやってきたんだ。
僕は花屋から直接来たから、動きやすい服装にエプロンという、とても貴族に会うような格好ではない。
それなのに、陛下は僕を見つけると、真っ直ぐ僕に向かって歩いてきたんだ。
そして、騎士ではなく僕に事情を聞いた。
「マティアス、これはどういう状況なんだ?」
「騎士ではなく私が発言をしてもよろしいのですか?」
「構わない。最も状況を上手く説明してくれそうだ」
そうかもしれませんね。こんな格好ですみません。
僕は全て話した。エドワード王子が度々、僕が働いている花屋に一人で来てちょっとアレな話をしていく事、今回は僕の頬に口付けたため、ラルフ様が怒っていると、そして仕事中なのに騎士が花屋に押しかけて、ここに連れてこられて、止めろと言われたこと。僕も許せないから止められないというところまで説明した。
そしたら陛下に謝罪され、この格好にも納得してもらえた。
そして陛下はエドワード王子のところまで行き、ラルフ様と僕へ直ぐに謝罪するようにと、しばらく外出禁止を言い渡した。
これは後で説教されるパターンかな? ご愁傷様です。毎回護衛もつけずフラフラ出歩いていることもちゃんと報告しておきましたよ。
そして陛下は隊長のところに行って、何か話していた。隊長がペコペコと頭を下げていたから、騎士が花屋に押しかけたことを怒っているのかもしれない。
「マティアス、あんなのに触れられて嫌だったろ? 可哀想に……」
「大丈夫ですよ。あんなのは牛に指を舐められたのと同じようなものですし、すぐにオーナーに消毒液をもらって拭きましたから」
僕の実家の近くでは牛を飼っている牧場が多数あった。王都に牛はいないけど、だから大したことないって言いたかったんだ。
例えが悪かったかもって思ったけど、まぁいいや。きっとラルフ様なら分かってくれる。
「そうか。ならいいんだ。
その服装、仕事中だったんじゃないか? マティアスに迷惑をかけないよう連行したのに、意味がなかった」
「ラルフ様のせいじゃありませんよ。悪いのはエドワード王子と僕に頼ろうとした騎士たちですから」
「そうだな」
ラルフ様が騎士たちをギロっと睨むと、騎士たちは姿勢を正した。
ラルフ様はお休みだし、僕も仕事を早退しているということで、帰ることにした。
エドワード王子が慌てて謝罪に来たけど、この人はきっとまたやると思う。僕もラルフ様に護身術というか、一瞬で距離を取る早技を教えてもらおう。
「ラルフ様、キスしてください」
「今日は、優しくできないかもしれない……」
「いいですよ」
僕はラルフ様の想いも全部受け止めてみせる。そう思ったけど、やっぱり僕にはまだ無理だった。
気持ちよくて苦しくて、意識を手放しては、また快楽で意識が浮上する。ということを繰り返し、夜明け近くにラルフ様はやっと僕のことを放してくれた。加減……
「マティアス、ごめん。また無理をさせてしまった」
「いいんですよ。ラルフ様は満足できましたか?」
「もちろんだ。最高だった」
「それならよかった。でも今日、僕は動けそうにないので、お手伝いしてもらえますか?」
「当たり前だ」
「とりあえず朝まで寝ましょう」
最高だったのか。やっぱり僕はもっと体力をつけなければならない。花屋の仕事で重いものを運んだり、ずっと立っていたり、少しは鍛えられていると思っていたけど、まだ全然だった。
終わっている腰にそっと手を触れて、ラルフ様の腕の中で眠りについた。
数日後、エドワード王子名義で、僕宛にお詫びの品が届けられた。中身は媚薬の香りのキャンドルがぎっしりと詰まっていて、腰痛用コルセットも入ってた。
あいつは全然懲りてない。
それを見つけたラルフ様が怒って、城に押し入り、箱ごと王宮の中庭で燃やし尽くした。それから程なくして、王太子妃の懐妊が伝えられたんだけど、それって、まさかね……
エドワード王子は、その時に侯爵令嬢のお茶の相手をさせられていたらしいんだけど、その令嬢との結婚が決まった。婚約ではなく結婚だ。何かしてしまったんでしょうね。
彼女はとても束縛が激しいらしく、殿下はやつれていると風の噂で聞いた。なるほど、それで花屋に僕を揶揄いに来なくなったのか。
何はともあれおめでとうございます!
僕とラルフ様は葉が黄色や赤に色付いた庭を眺めながら、外に置いたベンチに座って、今日ものんびりと過ごしている。
クシュンッ
「大変だ! マティアスが風邪をひいた! 薬師を呼べ! 暖炉に火を入れろ!」
一瞬にして僕はベッドの上だった。相変わらずの早技ですね。
(一章、完)
最後までお読みいただきありがとうございましたm(__)m
続きもお楽しみください。
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