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一章
14.ラルフ様のお迎え
しおりを挟む目が覚めると、窓の外は白み始め、夜明けまでのカウントダウンを開始していた。
暖かい。ラルフ様にそっと抱きしめられていて、僕は途中で意識を飛ばしたんだと思うけど、ラルフ様と繋がった時のことは覚えてる。
ラルフ様の静かな寝息が聞こえて、安心して寝てくれてるのだと思ったら嬉しくなった。
「ラルフ様、愛してます」
寝ていてもいい。今伝えたいと思った。
「俺も愛してる」
「え? 起きてたの?」
絶対に寝てると思ったのに嘘でしょ? ラルフ様の耳は僕のどんな小さな呟きも逃さないようできてるのかもしれない。
「起きた」
「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
「大丈夫だ。マティアスの愛の囁きで目が覚めるほど幸せなことはない」
「まだ外は薄暗いです。もう少し寝ましょう」
「分かった」
ラルフ様はまだ半分寝ていたのか、すぐに目を閉じた。
前はもう一度寝て起きたら、ラルフ様はいなくなってた。しかもそこから十日も帰ってこなかった。
またいなくなったりしないよね?
少しだけ不安になりながら、僕はラルフ様の温かい腕の中で眠りに落ちた。
目が覚めたら、ちゃんとラルフ様は隣にいた。
よかった。今日はどこにも行ってなかった。まだ寝てるみたいだ。
こんなところにも綺麗な筋肉がついていると感心しながら、その太く逞しい首筋を、指先でそっとなぞってみた。
「ひっ」
一瞬にして体勢が変わり、ラルフ様に組み敷かれ、僕の首には手がかけられていた。
「すまない。その、本当にすまない」
すぐにラルフ様は僕を解放してくれたんだけど、床に移動して平伏してる。
今のは僕が悪い気がする。腕とか、胸とか、頬でなく、よりにもよって首に触れてしまったから。
「ラルフ様、ごめんなさい。僕が不用意にラルフ様の首筋になんて触れたから」
「それでも……」
「じゃあ抱きしめてキスして下さい。そうしたら許します」
「分かった」
その日は家でゆったりと過ごし、というか新婚らしくイチャイチャというか、ベタベタとラルフ様に甘やかされながら過ごした。
今まで我慢していた分、たくさんキスもした。キスし過ぎて唇が腫れたらどうしようって思うくらいキスした。
翌日は僕が花屋の仕事だった。
ラルフ様はお菓子屋さんの向こうに隠れて僕を見守っている。今日は草は被っていない。
体が大きいから隠れられていませんよ。愛らしいラルフ様に思わず笑みが漏れてしまう。
そして、仕事が終わると、二人で手を繋いで街を歩いて帰る。
「ラルフ様、バレバレですよ」
「なんのことだ?」
バレてないと思ってるの? じゃあ僕も気付かなかったことにしてあげる。
「なんでもないです。帰りに屋台でレモネードを飲んで帰りましょう。先日、レモネードにミントを浮かべている屋台があるとお客さんに聞いたんです」
「それはいいな。暑い日にはありがたい」
ミントを浮かべたレモネードを買って、公園のベンチに並んで座る。
「ラルフ様、王都での生活は楽しいですね」
「俺はマティアスがいるところならどこでも楽しい」
「王都に家を買ってくれてありがとうございました」
「マティアスが喜んでくれるなら買ってよかった」
こうしてのんびり過ごすのもいいな。街ゆく人を眺めながら、ただボーッと二人で時間を潰した。
僕はラルフ様にこんなゆったりとした時間を過ごしてほしかったんだ。二人でこんな時間を過ごしたかったんだ。
僕が夜中に起きると、ラルフ様が魘されていた。確かこの家に帰ってきた日にもラルフ様は魘されていた。やはり戦争のことがラルフ様を苦しめているんだろうか?
戦場を知らない僕に何ができる?
そっと手を握ってみたら、ビクッとはしたけど、首に手をかけられることはなかった。
「マティアス……」
「ラルフ様、起こしてしまいましたか?」
「大丈夫だ」
「魘されていて心配になってしまいました」
ラルフ様の瞳が揺れていて、いつものちょっと尊大で優しいラルフ様じゃなく、不安そうに見えた。
「僕は戦場を知りません。だからラルフ様の苦しみを分かってあげることはできません。でも、ずっと僕は側にいますから」
「それが一番嬉しい。
戦場など、マティアスは知らなくていい。知ってほしくない」
僕のことをそっと抱きしめてきたラルフ様は、少し震えているみたいだった。
しばらくすると、震えは収まって、「でも知ってほしいこともある」と言って、戦場で星が綺麗だったから、みんなで外で空を見ながら寝た話や、前線の砦の端に小鳥が巣を作って、襲撃がある度にみんなでその巣を守った話をしてくれた。
少しだけ戦場のことを知って、ラルフ様のことも知ることができた。戦場は辛いことだけじゃないって知ることができたのはよかった。
次のラルフ様がお休みの日、残念ながら僕は花屋のお仕事だった。
ラルフ様は家にいると言っていたけど、どこかで僕を見守っている気がしている。
いつもいるお菓子屋さんの向こうには見当たらないな。僕がバレてるって言ったから、場所を変えたのかもしれない。なんて考えながら、店の前に出している鉢植えに水をやっていると、エドワード王子がまたしても店に近づいてきた。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」
「マティは釣れないなぁ」
「今日は何色の薔薇ですか?」
「あのキャンドル気に入ってくれた?」
そう耳元で囁かれた。おまえの仕業だったのか!
ゾワっとした感覚に距離を取ろうとしたら、もういなかった。許さない。
どこに行ったのかと辺りを見渡してみると、遠くの方にエドワード王子を連行していくラルフ様の後ろ姿が見えた。
とうとう捕まったんですね。ざまぁみやがれです。
どこで見守っていてくれたのか分からないけど、さすが僕の旦那様。いつもの早技ありがとうございます。
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