僕の過保護な旦那様

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一章

12.夫の帰宅

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 ラルフ様は僕を部屋に置き去りにすると、どこかへ走って行った。たぶん騎士団の風呂に行ったんだろう。

 王都の屋敷でラルフ様を迎えた日のことを思い出した。
 あの時も、髪の毛はバサバサで、髭は伸び放題、汚い格好だったな。きっと長い間風呂に入ってなかったんだろう。
 まぁ、あれは仕方ない。風呂に入れる環境になかったんだろうから。今は何故? 騎士団にはお風呂あるよね?

 ラルフ様がいなくなった部屋で、僕はソファに座り直して、ぬるくなった紅茶をゆっくり飲んだ。これって国民から徴収した税金で買ってるんだろうか? 香り高いいい紅茶だな。なんて全然関係ないことを考えながら残りの紅茶の味を楽しんだ。

 少しすると、髪がまだビチャビチャで雫が滴っているような状態でラルフ様が戻ってきた。髭はちゃんと剃られている。
 髪くらいちゃんと拭いて下さい。

「世話が焼ける旦那様ですね」
 そう言いながら髪を拭いてあげると、優しい笑顔を向けてくれた。
 不意打ちでそんな顔見せないで下さい。ドキドキしてしまいます。

「マティアス、帰ろう」
「お仕事はいいのですか?」
「マティアスより優先することなど何もない」
「ダメですよ。ちゃんと上官に許可を取ってきて下さい。了承を得たら帰りましょう。ダメだと言われたら、仕事が終わったら真っ直ぐ帰ってきてくださいね」
 とは言ったものの、許可は下りると思う。ずっと働き詰めだったし、訓練場のみんなは疲れ果てていた。みんな揃ってもう今日は休んだらいいと思う。
 休むことも仕事のうちだよね。あんなに疲れ果てていたら街なんて守れない。

 しばらく待っていたら、ラルフ様が上官である中隊長を連れて戻ってきた。
 この人、この部屋に案内して紅茶を淹れてくれた人だ。中隊長だったのか。

 いきなり夫の上司に会うと思ってなかったから緊張していたんだけど、彼は疲れた表情で、僕に頭を下げた。
「マティアス殿、助かりました。ラルフを止めていただきありがとうございました。やっとゆっくり休めそうです。ラルフは今日はもう帰ってもらい、明日明後日も休んで構わない」
 この人でもラルフ様を止められなかったのか。うちに来た騎士二人は、この人の指示で来たのかもしれない。

「うちの夫がご迷惑をおかけしました。隊長殿もゆっくりお休みください」
 隣でラルフ様が「うちの夫……」と呟いて僕の手をギュッと握ってニコニコ嬉しそうにしていたのはちょっと可愛かった。
 そしてそんなラルフ様を見た隊長の驚愕の表情は見なかったことにしよう。僕は何も見てない。

 仲良く手を繋いで戻ってきた僕たちを見て、リーブは「よかったですね」と言って馬車のドアを開けてくれた。
 抱かれすぎて腰を痛めたってことを知られていたのだと思うと、僕はリーブの顔が恥ずかしくて見れなかったんだけど、リーブは優秀だから、触れずにそっとしておいてくれるだろう。


「夕飯を一緒に食べるのも久しぶりですね。家に帰らない間、ちゃんと食事はされていたんですか?」
「どうってことない。しばらく食べなくても死ぬわけじゃない」
 は? まさか食事もせず剣を振るっていたの? 呆れた。そんなことなら早く帰ってきて事情を説明してくれればよかったのに。

「食事をしなければ人間は死んでしまいますよ。ラルフ様は僕を一人残して死ぬつもりですか?」
「すまない。そんなことはない。できれば、ずっと一緒にいたいとは思っている。マティアスが許してくれるのならば」
「ラルフ様、僕とずっと一緒にいたいなら約束して下さい。黙っていなくなったりしないって。内容によっては怒るかもしれませんが、理由があるのならちゃんと聞きますから」
「分かった。約束する」
「じゃあ許します。ずっと一緒にいましょう」
そう言うと、ラルフ様は僕を抱きしめた。勢いがありすぎて、僕はカハッと肺の中の空気が押し出されて苦しかったけど、ラルフ様の背中に手を回した。


 僕は気になっていることがある。なぜラルフ様が媚薬を使うなんて強硬手段に出たのか。だって僕たちはもう正式に結婚しているんだし、既成事実を作る必要もない。体を重ねることを僕は拒否したりしないし、言ってくれれば僕は受け入れた。
 それはちゃんと二人きりの時に聞いてみよう。

 今日使うキャンドルは僕が選んだ。白い薔薇の香りのキャンドルだ。赤い薔薇より少し甘さが控えめで爽やかな香り。キャンドルに火を灯すと、ラルフ様の隣に仰向けに寝そべる。

「ラルフ様、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「僕のこといつから好きなんですか?」
 これはずっと前から聞きたかった。本当はもっと聞きたいことはあるけど、本題に入る前に軽い質問から入る。

「初めて会った時だ。庭園を見て、綺麗だと笑顔を見せてくれた。その時に、この笑顔を守りたいと思った」
 そうなんだ。そんな時からずっと好きでいてくれたんだ。知らなかった。
 なんだか意外なことを知って僕はドキドキしていた。これから真面目な話をするのに、口角が勝手に上がろうとしてくる。密かに深呼吸をして精神を落ち着かせると、本題に入る。

「媚薬のキャンドルはいつ買ったんですか?」
「買ってはいない。結婚祝いにもらったんだが、使うことはないと思って、キャビネットの奥に入れていた」
 わざわざ買ったわけじゃなかったのか。だとしたら、なぜ使ったのか気になる。そしてそんなものを結婚祝いに贈るって誰なの?
 白い薔薇の香りが部屋に広がって、うっとりするようないい香りに包まれて、どうでもよくなってきたな。でも聞いてみないと。何かがおかしい。

「なぜあのキャンドルを使おうと思ったのですか?」
 僕の質問にラルフ様はなかなか答えてくれなかった。仰向けからゴロリと横向きになってラルフ様の方を向くと、ラルフ様はこっちを向いていたのに、急に目を逸らした。ただ性欲が湧いただけ? それなら別にいいんだけど。

「ごめん。エドワードに嫉妬した」
 嫉妬? 「羨ましいだろ?」とか言われて目の前でキスシーンでも見せられたんだろうか? あの人ならやりそうな気がしないでもない。この前も変なことを聞いてきたし。

「第二王子のエドワード様に? 恋人と仲良くしているところでも見せつけられましたか?」
「マティアスと花屋で顔を寄せて話をしているのを見た。それに、あいつはマティアスのことをマティと呼ぶ」
 え? それで嫉妬したの? 何それ可愛い。それで僕のことを自分のものにしたくなったの? それ、僕にとっては嬉しい以外の何ものでもないないんだけど。
 あの時のことだよね? やっぱり見られてたんだな。僕の職場を荒らしたらいけないと思って我慢したの?

「ラルフ様、嬉しいです。触れていいですか?」
「それは構わないが、怒ってるか?」
「全然。全く怒ってないです。ラルフ様、大好きです」
 僕はこっちを向いているラルフ様の頬に触れて、キスをしようとしたんだけど、ラルフ様に一瞬にして部屋の隅まで距離を取られた。なんで?

「す、すまない。好きだと言われて思わずキスしそうになった」
 申し訳なさそうな声でそんなことを言うラルフ様に呆れた。キスしようとしたのは僕ですよ?
「キスしてください」
「いいのか?」
「キスしたいです。抱いてください。僕はラルフ様と愛し合いたいです」

 こんなことを言うのはすごく恥ずかしいんだけど、ラルフ様って僕が思っている以上に純粋なんだ。だからちゃんと言って安心させてあげたいと思った。

 
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