僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
10 / 147
一章

10.暴れる夫

しおりを挟む
  
 再び目が覚めると、僕は一人きりでベッドに寝ていた。あれ? ラルフ様は?
 僕はもしかして夜中にベッドから落ちたんだろうか? そう思うくらい痛む腰に、起き上がることもできずにいた。

 リーブを呼ぶとすぐに来てくれて、腰を打ったみたいで起き上がれないのだと伝えた。
「そうでしたか。旦那様も無茶をなさる……」
 何のこと? 何かあったんだろうか?
 仕事に支障が出るといけないから、治療院には行ったんだけど、馬車に揺られる程度の刺激ですらズキズキと痛みが響いてくる。
 結局、治療院では緑色の酷い匂いの湿布薬をくれただけだった。
 今日と明日はお休みだからいいんだけど、しばらく重い物は持てないかもしれない。

 その日、ラルフ様は帰宅しなかった。帰らないという連絡もない。
 何か問題が起きたんだろうか? ラルフ様が戻らないなんて初めてで、少し不安になった。
 王都を守るって言ってたし、夜勤なんかがあるのかもしれない。夜中の巡回?
 それなら仕方ないかなって思ったんだけど、次の日もラルフ様は帰らなかった。
 やっぱり何かあったんだ。国を守るって大変なんだな。怪我とかしないといいんだけど。

 腰は湿布薬が効いたのか、すぐによくなったから、無事仕事も続けられた。
 しかし、ラルフ様は十日経っても帰宅しない。


「リーブ、騎士とはこんなにも長く家を空けるものなんですね。僕は知りませんでした」
「今は戦争も無いですし、自然災害か何かが起きたのかもしれません。調べてみましょう」
 そうか、自然災害の時にも騎士は人助けに向かうのか。知らなかった。

「マティアス様、事件が起きているという情報や、国内で自然災害が起きたという知らせはありませんでした」
 リーブが午後に戻ると、特に何も起きていないということだった。
「そっか。じゃあラルフ様はどこにいるんだろうね? なんで帰ってこないんだろう?」
 帰れないほど忙しいとか、どこか遠くに行ったとかじゃなければ、一体どこに行ってしまったんだろう?
 僕のこと、嫌になったのかな?

「マティアス様、お尋ねしていいものか迷ったのですが、腰を痛められた日のキャンドルはマティアス様がお選びになったものですか?」
 先日からリーブが、何か話したそうにしているのは知っていたけど、その時がきたら話してくれるんだろうと思っていた。聞きたいことってこれ? キャンドル?
「あのキャンドル、僕も買った記憶がなくてね、おそらくお店の人がサービスでつけてくれたものなんじゃないかと思うんだ。ラルフ様が見つけて試してみたんだよ」

「そうでしたか。朝お伺いした時に僅かに残った香りが気になったもので」
「香り? 甘い香りだよね。朝まで残ってたんだ。気付かなかった」
「いえ、その……媚薬の香りが気になったのです」
 媚薬? 性的に興奮するという、あの媚薬? だとしたら一体なぜそんなものが……

 だからリーブは話し難そうにしていたのか。僕は全然気づきませんでした。媚薬の匂いなんて嗅いだこともないし、気付かなかったのは仕方ないかな。
 媚薬が入ったキャンドルが紛れ込んでいたのなら、リーブに調査をお願いした方がいいのかもしれないなと思った時、ドアがノックされた。
 コンコン
「騎士団の方がお見えです」
「ラルフ様は不在ですよ」
「マティアス様に用があるそうです」

 僕に? まさかラルフ様に何かあったんじゃ……
「すぐにお通しして」


 僕に向かって頭を下げる騎士の男が二人。
「えっと……」
 ラルフ様が何やら荒れていて手がつけられないのだとか。荒れ狂うラルフ様を僕に止めてほしいらしいけど、ラルフ様より圧倒的に非力な僕が止められるとは思えない。
 でも、夫が職場に迷惑をかけているのなら、僕が何とかしなければいけないのかもしれない。
 僕に何ができるのか分からないけど、ラルフ様が帰宅しないのも気になってたし、とにかく行ってみることにした。

 リーブに馬車を出してもらい、僕は急いで乗り込んだ。
 できるだけ早くと言われたから、着替えることなく普段着だ。城に行くわけじゃないから正装なんておかしいけど、騎士団に行くのってどんな格好をすればいいか分からないな。
 ガタガタと揺れる馬車の中で、そんなことを考えていた。


「あちらの第二訓練場です」
「分かりました」
 家まで来た騎士二人に先導されて、足早に訓練場というところに向かうと、中からはガキーンと、鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音が聞こえてきた。
 扉を開けて中に入ってみると、むわっと蒸し暑い空気に襲われた。
 土を固めた地面に騎士が何人も倒れており、その向こうで戦っている人が見える。そのうちの一人は僕の夫であるラルフ様だ。久しぶりに髭があるラルフ様を見た。

 この倒れている人たちは、ラルフ様がやったんだろうか?
 まだ倒れていない人たちも、みんな疲れて肩で息をしているような状態で、それなのにラルフ様だけは、血走った目をギラギラさせて、どんどんかかってこいと挑発するような動きも見てとれた。

「ラルフ様!」
 僕がラルフ様を呼ぶと、僕に気付いたラルフ様はビクッと肩を揺らして、僕から目を逸らして剣を下ろした。
 しかし、僕も呼んでみたはいいものの、その先に続く言葉は考えあぐねていた。
 聞きたいことはある。媚薬のキャンドルのこと、何日も家を空けたこと、なぜ暴れているのか。

「そちらに行ってもいいですか?」
「ダメだ」
 なんで僕と目を合わせようとしないんですか?
 僕はダメだと言われたけど、構わずラルフ様に向かって歩みを進めた。
 僕がどんどん距離を詰めていくと、ラルフ様は少しずつ後退りを始めた。なんで?
 後ろめたいことがあるってこと? まさか浮気?
 たとえ浮気だとしても、騎士たちが大勢いるこの場所で、家庭の事情を持ち出してラルフ様を責めたりはできない。

「ラルフ様、みなさんお疲れです。休ませてあげて下さい」
 そう言うと、ラルフ様は小さな声で「分かった」と言って、周りの人たちに休憩にすると伝えていた。

 僕を迎えにきたうちの一人が「さすが猛獣使い」と呟いたのは、今は聞かなかったことにしてあげる。次にそんなことを言ったら、きっと猛獣ラルフの餌食になるだろう。僕は知らないからね。

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...