僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
8 / 258
一章

8.邂逅

しおりを挟む
  
「今日もありがとうございました。失礼します」
 オーナーのマチルダさんに挨拶すると、店の裏口から外に出た。

 お花屋さんもいいけど、お菓子屋さんもいいな。お隣のお菓子屋さんで帰りにラルフ様と使用人のみんなにお土産を買って帰ろう。
 そう思ってお隣りのお菓子屋さんに入ろうとしたんだけど、おかしなものを見た気がした。

 え? 柱の影に隠れきれていない怪しい筋骨隆々の人影が……
 引き抜いた草を頭から被ってるけど、あれってラルフ様だよね? 迎えに来てくれたのかな?

「ラルフ様、お迎えに来てくれたんですか?」
「なぜ分かったんだ?」
 バレバレだったよ。バレてないとでも思ったの?
 その大きい体はどこにいても分かるよ。森じゃないんだから草を被っても意味ないと思う。街で草だらけなんて、かえって目立つんじゃない?

 お菓子はまた今度にしよう。
 僕たちは手を繋いで帰る。ラルフ様の大きな手は温かくて、さっきまで水を触っていたから僕の手は冷たい。
「僕の手、冷たいでしょ」
「マティアスの手を温めるのは俺の役目だと決まっている。そっちの手も出してみろ。温める」
 そんな役目はないけどね。でも、温かい手で包んでくれるのは、いつでもラルフ様がいいなって思った。
「そんなことしたら歩けませんよ」
「では早く家に帰ろう」
 そう言って僕を抱えると、ラルフ様は走って家まで帰った。

 僕が仕事をするようになると、ラルフ様が度々こうして迎えにくるようになった。
 ラルフ様が指示したのか、ラルフ様が迎えに来られない時はリーブか他の使用人が迎えにきてくれる。王都は騎士が巡回しているし、一人でも大丈夫だよ。

「マティアス、手を出してみろ」
 毎回、僕の冷えた手を温めてくれるのはちょっと嬉しい。

「マティアス、仕事を辞めろ」
 ラルフ様に急にそんなことを言われて僕は驚いた。何でそんなこと言うの?
「辞めたくないです」
「しかし……マティアスの手が……」
 そう言われて自分の手を見てみると、指先が荒れていた。ラルフ様は葛藤しているみたいだった。
「これくらい何ともないです。僕は仕事を続けます」
「そうか」
 ラルフ様はダメだとは言わなかった。僕の意思を尊重してくれるのは嬉しい。

 戦場から戻ったばかりの頃のラルフ様なら、花屋に剣を持って向かったんだろうか? まさかね。水を相手にするなんて、さすがにそれは無いか。

 次の日、ラルフ様は手荒れに効くという軟膏を買ってきてくれた。手を取られ、ラルフ様自ら塗ってくれたんだ。
 温かくて大きな手に包まれて、ぬるぬると塗り込まれると、何だかちょっと淫らなことを想像してしまい恥ずかしくなった。

 ラルフ様に他意はないのに、僕だけがそんなことを想像してドキドキした。
 僕はまだ手を出されていない。キスだってしてない。ラルフ様はどう考えてるんだろう? そんな思いでラルフ様をじっと見てみたけど、目が合ったら気まずくなって慌てて目を逸らしてしまった。

「マティアス、どうした?」
「いえ、軟膏ありがとうございます」
「もう寝よう」
今日も何もなかったな。そう思いながら同じベッドで眠りについた。


 お花屋さんの仕事は楽しい。平民と話をするなんて、学校以外ではなかったし、学校でも僕は領主の息子って扱いだったから窮屈だった。

 お墓に供える花を買いに来る人、恋人に渡す花を買いに来る人、家に飾る花を買いに来る人、色んな人がいて、色んな要望がある。色んな人の話を聞くのは楽しい。

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「やあ、マティ」
 誰だっけ? 僕のことをマティって呼ぶのは二人の兄くらいなんだけど、この男は兄ではない。
 質素な灰色のローブを着て、フードを目深に被っているから、顔ははっきりと確認できない。でもこの声は聞き覚えがある。
 誰か分からないけど、相手は僕のことを知っている。必死に記憶の中を探してみるんだけど、全然分からない。

「俺が誰か分からなくて困ってる?」
「はい。すみません」
 知ったかぶりしてバレたら怖いし、もう正直に分からないと認めた方がいいんだと思った。

「マティは正直だね。エドワードって言ったら分かるかな?」
 エドワード……聞いたことがある。でもその選択肢は除外していた。だってここは王都だけど平民も気軽に入れるような小さな店だ。
「もし違っていたら申し訳ないのですが、第二王子殿下ですか?」
 僕は彼の耳元で小声で囁いた。
 まさかね。でも、そうかもしれないと思ったら、フードからチラッと見える金髪も、その豪華な指輪が嵌められた手も、エドワード王子にしか見えなくなってきた。

「正解」
 正解したくなかった。なんで護衛も付けずに、平民みたいな服で、こんな小さな店に来たのか分からない。もしかして想い人にこっそりお花を贈りたいんだろうか?
「お忍びですか? どなたかに贈られる花束をお探しですか?」
 また僕は小声で話しかけた。大声で話してはいけないと思ったから。

「マティに会いに来たんだよ」
「え?」
「驚いた顔も可愛いな」
 殿下はラルフ様とは仲が良さそうだった。そのラルフ様の夫である僕のことが気になったんだろうか?
 ラルフ様に相応しいか見定めてやるってこと?
 怖いんだけど……
 それに王都は治安がいいと言っても、さすがに王族が一人で出歩くのはどうかと思う。

「ラルフには何度も会わせてって言ってるんだけどさ、絶対に嫌だって言われるんだよね」
「ラルフ様がそんなことを……」
「だからこうしてラルフの目を盗んで来たってわけ」
 なんかますます怖いんだけど。
 そんなことをするエドワード王子も怖いけど、ラルフ様が怒りそうって怖さもある。ラルフ様は一度エドワード王子に剣を向けている。
「ラルフ様に怒られますよ。それに王族が護衛も付けずに出歩いたら危ないです。何も起こらないうちにお帰り下さい」

「冷たいな。今日のところはチラッと見に来ただけだから帰るね。でもまた来るよ。この赤い薔薇を一本もらえるかな?」
「はい」
 ちゃんと買い物はしてくれるんだ。
 何を考えてるのか分からないところが怖い。ラルフ様と仲がいいと思ってるのは僕の勘違いかもしれないし。
 薔薇の棘を切って、紙で包んで渡すと、「じゃあまたね~」とヒラヒラ手を振って去って行った。

  
しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

処理中です...