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一章
8.邂逅
しおりを挟む「今日もありがとうございました。失礼します」
オーナーのマチルダさんに挨拶すると、店の裏口から外に出た。
お花屋さんもいいけど、お菓子屋さんもいいな。お隣のお菓子屋さんで帰りにラルフ様と使用人のみんなにお土産を買って帰ろう。
そう思ってお隣りのお菓子屋さんに入ろうとしたんだけど、おかしなものを見た気がした。
え? 柱の影に隠れきれていない怪しい筋骨隆々の人影が……
引き抜いた草を頭から被ってるけど、あれってラルフ様だよね? 迎えに来てくれたのかな?
「ラルフ様、お迎えに来てくれたんですか?」
「なぜ分かったんだ?」
バレバレだったよ。バレてないとでも思ったの?
その大きい体はどこにいても分かるよ。森じゃないんだから草を被っても意味ないと思う。街で草だらけなんて、かえって目立つんじゃない?
お菓子はまた今度にしよう。
僕たちは手を繋いで帰る。ラルフ様の大きな手は温かくて、さっきまで水を触っていたから僕の手は冷たい。
「僕の手、冷たいでしょ」
「マティアスの手を温めるのは俺の役目だと決まっている。そっちの手も出してみろ。温める」
そんな役目はないけどね。でも、温かい手で包んでくれるのは、いつでもラルフ様がいいなって思った。
「そんなことしたら歩けませんよ」
「では早く家に帰ろう」
そう言って僕を抱えると、ラルフ様は走って家まで帰った。
僕が仕事をするようになると、ラルフ様が度々こうして迎えにくるようになった。
ラルフ様が指示したのか、ラルフ様が迎えに来られない時はリーブか他の使用人が迎えにきてくれる。王都は騎士が巡回しているし、一人でも大丈夫だよ。
「マティアス、手を出してみろ」
毎回、僕の冷えた手を温めてくれるのはちょっと嬉しい。
「マティアス、仕事を辞めろ」
ラルフ様に急にそんなことを言われて僕は驚いた。何でそんなこと言うの?
「辞めたくないです」
「しかし……マティアスの手が……」
そう言われて自分の手を見てみると、指先が荒れていた。ラルフ様は葛藤しているみたいだった。
「これくらい何ともないです。僕は仕事を続けます」
「そうか」
ラルフ様はダメだとは言わなかった。僕の意思を尊重してくれるのは嬉しい。
戦場から戻ったばかりの頃のラルフ様なら、花屋に剣を持って向かったんだろうか? まさかね。水を相手にするなんて、さすがにそれは無いか。
次の日、ラルフ様は手荒れに効くという軟膏を買ってきてくれた。手を取られ、ラルフ様自ら塗ってくれたんだ。
温かくて大きな手に包まれて、ぬるぬると塗り込まれると、何だかちょっと淫らなことを想像してしまい恥ずかしくなった。
ラルフ様に他意はないのに、僕だけがそんなことを想像してドキドキした。
僕はまだ手を出されていない。キスだってしてない。ラルフ様はどう考えてるんだろう? そんな思いでラルフ様をじっと見てみたけど、目が合ったら気まずくなって慌てて目を逸らしてしまった。
「マティアス、どうした?」
「いえ、軟膏ありがとうございます」
「もう寝よう」
今日も何もなかったな。そう思いながら同じベッドで眠りについた。
お花屋さんの仕事は楽しい。平民と話をするなんて、学校以外ではなかったし、学校でも僕は領主の息子って扱いだったから窮屈だった。
お墓に供える花を買いに来る人、恋人に渡す花を買いに来る人、家に飾る花を買いに来る人、色んな人がいて、色んな要望がある。色んな人の話を聞くのは楽しい。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「やあ、マティ」
誰だっけ? 僕のことをマティって呼ぶのは二人の兄くらいなんだけど、この男は兄ではない。
質素な灰色のローブを着て、フードを目深に被っているから、顔ははっきりと確認できない。でもこの声は聞き覚えがある。
誰か分からないけど、相手は僕のことを知っている。必死に記憶の中を探してみるんだけど、全然分からない。
「俺が誰か分からなくて困ってる?」
「はい。すみません」
知ったかぶりしてバレたら怖いし、もう正直に分からないと認めた方がいいんだと思った。
「マティは正直だね。エドワードって言ったら分かるかな?」
エドワード……聞いたことがある。でもその選択肢は除外していた。だってここは王都だけど平民も気軽に入れるような小さな店だ。
「もし違っていたら申し訳ないのですが、第二王子殿下ですか?」
僕は彼の耳元で小声で囁いた。
まさかね。でも、そうかもしれないと思ったら、フードからチラッと見える金髪も、その豪華な指輪が嵌められた手も、エドワード王子にしか見えなくなってきた。
「正解」
正解したくなかった。なんで護衛も付けずに、平民みたいな服で、こんな小さな店に来たのか分からない。もしかして想い人にこっそりお花を贈りたいんだろうか?
「お忍びですか? どなたかに贈られる花束をお探しですか?」
また僕は小声で話しかけた。大声で話してはいけないと思ったから。
「マティに会いに来たんだよ」
「え?」
「驚いた顔も可愛いな」
殿下はラルフ様とは仲が良さそうだった。そのラルフ様の夫である僕のことが気になったんだろうか?
ラルフ様に相応しいか見定めてやるってこと?
怖いんだけど……
それに王都は治安がいいと言っても、さすがに王族が一人で出歩くのはどうかと思う。
「ラルフには何度も会わせてって言ってるんだけどさ、絶対に嫌だって言われるんだよね」
「ラルフ様がそんなことを……」
「だからこうしてラルフの目を盗んで来たってわけ」
なんかますます怖いんだけど。
そんなことをするエドワード王子も怖いけど、ラルフ様が怒りそうって怖さもある。ラルフ様は一度エドワード王子に剣を向けている。
「ラルフ様に怒られますよ。それに王族が護衛も付けずに出歩いたら危ないです。何も起こらないうちにお帰り下さい」
「冷たいな。今日のところはチラッと見に来ただけだから帰るね。でもまた来るよ。この赤い薔薇を一本もらえるかな?」
「はい」
ちゃんと買い物はしてくれるんだ。
何を考えてるのか分からないところが怖い。ラルフ様と仲がいいと思ってるのは僕の勘違いかもしれないし。
薔薇の棘を切って、紙で包んで渡すと、「じゃあまたね~」とヒラヒラ手を振って去って行った。
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