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一章
5.付き添い
しおりを挟むラルフ様と一緒に暮らし始めて一ヶ月。
王都の空に初雪がチラチラと舞っていた。
どうりで寒いわけだよ。雪が降るなんて。窓の外を眺めながら、今日は家の中でのんびりしようと決めた。
冬は社交シーズンだから、王都に貴族がたくさん集まる。伯爵はそのまま春まで王都に滞在するらしい。一度顔を見せに来てくれたんだけど、ラルフ様の姿に驚いていた。
戦争に行く前はもっと細かったのかもしれない。
それでも、無事帰ってきてくれたことが嬉しいと、涙を流していた。
そうだよね。戦争って、命の危険がある場所だってことを忘れるところだった。ラルフ様が過剰に警戒しているのも、生きて帰るためだったのかなって思うと、必要なことなんだと理解できた。
伯爵に護衛のことを相談したんだけど、ラルフ様が却下した。「俺がマティアスを守る」と。ラルフ様自らが護衛をするってこと? ありがたいけど、全然気が休まらないじゃん。僕はそこを心配して提案したのに、ラルフ様は違う考えらしい。
「護衛なんかを雇ったら、マティアスがかえって危険にさらされる」
そんなことないと思う。主人を危険にさらしそうな人は選ばなきゃいいよ。
でも、ラルフ様が反対なら仕方ない。王都は治安がいいし、夜に一人で変な道を歩いたりしなければ大丈夫だ。ということで護衛を雇うことは諦めた。
「マティアス様、私共も結構強いので大丈夫ですよ」
そう言ってリーブは優しい笑みを浮かべてくれた。
そうか、僕がもっと強くなれば、ラルフ様も外に出る時に警戒を緩めてくれるかもしれない。そう思った僕は、ラルフ様に護身術を教えてほしいと言ってみたんだけど、「そんな危険なことはさせられない」と却下された。
僕だって、一応貴族の息子だから、剣術とか習ってたんだけどな。
今年もあと数日という時に、人が訪ねてきた。
今まで訪ねてきたのは、行商や仕立て屋などの商人と、伯爵だけだから不思議に思っていると、なんと王城からの使いの人だった。
「ラルフ殿、もうそろそろ騎士団に顔を出していただきたい。勲章授与式まで欠席されるとは思いませんでしたよ。一度城に来てください」
そう言って使いの人は帰って行った。
え? 勲章授与式って何? 欠席したの? その話、僕は聞いてないよ。
「ラルフ様、勲章授与式って何のことですか?」
「知らん。行く必要性を感じないから記憶から消していた」
そんなのダメだと思う。というか、ラルフ様は勲章をもらえるくらい活躍したの? だとしたらちゃんと受けて、そしてお祝いしたい。
「ラルフ様は勲章をいただけるのですか?」
「そんなことを言っていた気がしないでもないが、忘れた」
さっきの人にちゃんと聞いておけばよかった。勲章なんて凄いことだよ? なんで忘れちゃうのかな?
僕はリーブに騎士団へ確認を取ってもらうようお願いした。
その日の夕方にはリーブが僕のところに情報を持ってきてくれた。
勲章授与式は三日前に王城であったそうで、王都に帰る途中でラルフ様にも伝えられていたらしい。そしてラルフ様は勲章をもらえるのだとか。リーブはとても優秀で、なんと年内に陛下に謁見する約束まで取り付けてきてくれた。
ラルフ様は本当に忘れていたのか、それともわざと行かなかったのかどちらだろう?
ラルフ様にお伝えするためにお部屋をノックしたんだけど、返事がなかった。寝ているんだろうか?
少しドアを開けて、「ラルフ様!」と呼んだら、一瞬にしてドアの前まで来た。勝手に中に入ったらまた剣を突きつけられるかもしれないから、これは仕方ないことだ。
まだ気を張り詰めているのかな? そんなに大声で呼んだわけじゃないのに、素早い動きすぎて僕の方がびっくりしてしまった。
「すまない。少し仮眠をとっていた」
「それは全然いいのですよ。お疲れですか? 少しお話ししたいことがあるのですが、今からよろしいですか?」
「マティアスの用事なら今すぐ聞こう」
そう言うと、お部屋に招き入れてくれた。
メアリーを呼んで紅茶を淹れてもらうと、ソファーに向き合って座った。
「ラルフ様、勲章をいただけるそうですよ。明後日、午前に登城してください」
「勲章など要らないんだけどな」
折角の勲章を要らないなんて、どうかしてるよ。欲しいからって簡単にもらえるものじゃないんだよ。
辞退とか可能なんだろうか? そんなことをしたら謀反を疑われたりしない? 怖くなってきた。
「いけません。勲章をいただけるなんて素晴らしいことですよ。僕はラルフ様が誇らしいです」
「そうか。分かった受け取ろう。しかし、王城か……」
勲章を受け取ることには了承してくれたけど、王城には行きたくないらしい。嫌そうな顔をしている。なぜ? とっても栄誉あることなのに。
「王城に行きたくないのですか? 僕なんかは新年の祝賀パーティーでしか訪れることがないので、王城に行けるなんて嬉しいですけど、ラルフ様は嫌なんですか?」
「マティアス、一緒に行くか?」
「え?」
なぜそうなるの? まだ婚約者の僕が一緒に行くなんて変じゃない? 一人で行くのが嫌ってこと?
「よし、決まりだな」
ええー? 勝手に決まってしまった。行かないとごねられるよりはいいと思うしかない。従者的な立場で付き添えばいいんだろうか? うん、それならいいかもしれない。
服装は従者も正装でいいんだろうか? 正装なら間違いないよね? 失礼な格好をするくらいなら正装にしておこう。
突如決まってしまった王城への訪問。緊張する。僕だって本当はそんなに行きたくはないんだ。新年の祝賀パーティーも何かと理由をつけて欠席していたくらいだ。今回はパーティーじゃないから踊ったりしないし、その点はいいんだけど、僕がついて行ったところで何もすることは無い。
ラルフ様に護衛は必要ないし、なぜラルフ様が僕を連れて行くことにしたのかが分からない。やっぱり「王城に行けるなんて嬉しいとか」ラルフ様をのせるために言ってしまった一言が原因なんだろうか? 失敗したな。
僕は当日、窮屈な正装に身を包み玄関で待っていると、ラルフ様は何を思ったのか、チェーンメイルと革鎧に背中に剣を背負って現れた。
まさか城を襲撃する気じゃないですよね?
「ラルフ様、手を掴みますよ。ちょっと来てください」
時間も無いのに、急いでメアリーとリーブを呼ぶと、ラルフ様の着替えを急いだ。騎士服ってあるのかな?
騎士服を探してもらったけど、帰ってきた時に来ていた汚くて破れているのしかなくて、仕方ないから普通の正装にした。
そして慌ただしく着替えて、階段を駆け下りて馬車に乗るとすぐに出発した。遅れるなんて有り得ない。御者はリーブにお願いして、僕はもう登城する前から既に疲れていた。
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