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一章
3.恐怖の初夜
しおりを挟む夕飯を一緒にとって、部屋に戻って少し寛ぐと、お風呂に入って、ドキドキしながら寝室に向かった。
ラルフ様はまだ来ていなくて、ベッドの端に腰掛けて待った。いつ来るんだろう? するんだよね?
カチャリと静かにドアが開いて、小さなランプだけの薄明かりの中、ラルフ様がゆっくり入ってきた。ーーと思った次の瞬間、僕は背後から凄い力で拘束されて、首元に冷たい感触がした。
ビックリしすぎると、人は声も出ないし、何の反応もできないんだってことを知った。
もしかして、この冷たい感触はナイフ? 確か、この部屋にはナイフがあった。ベッドのサイドテーブルにフルーツの盛り合わせがあって、そこに小さな果物ナイフが置いてあったと思う。
僕はそんなことを冷静に考えていた。だって夫になる人に殺されそうになっているなんて、理解したくないし、何か他のことを考えて気を紛らせるしかなかった。
きっと勝手に動いたり、喋ったりしたら殺される。
「何者だ? 質問に答えれば苦しまずに逝かせてやる」
「マティアス、です」
首元に刃物を当てられたのなんて初めてだし、小さい声しか出なくて、震えていたと思う。僕はこのまま殺されるのかな?
僕が名乗ると、体が軋むような拘束は少し弛んだんだけど、僕の力では抜け出すことはできない。
「本物か? 何が目的だ?」
僕のこと、敵だと思ってるのかな? それとも僕のことが嫌い? 僕だと認識してない?
目的って、結婚する二人が寝室ですることなんて、分かるでしょ? 僕はそれを言わなければならないんだろうか?
「ラルフ様と一緒に寝るために、待っていました」
そう言うと、ラルフ様は息を呑んで、首元に当てられていた刃物は床に落ちた。拘束も解かれた。
「すまない。その、敵が紛れ込んだのかと思って」
ラルフ様は、僕の前の床に平伏している。
きっと、この部屋が薄暗くて、ベッドに人がいたから、警戒したんだと思う。きっとそうだ。だってまだラルフ様は戦場から帰ったばかり。戦場では、寝込みを襲われるようなことがあったの? 夜襲ってやつ?
敵が紛れ込んで、怖い思いをしたの?
「僕が敵じゃないって分かってくれたのならいいです」
「本当にすまない。怖い思いをさせた」
本当に怖かったよ。人生の中で初めて、死ぬかもしれないって思った。今になってドキドキしてる。
怖かったけど、目の前の床で、大きな体を小さく丸めるラルフ様を怒るなんてできなかった。
それよりも僕は心配だ。まだ気を張ってるんだって分かったから。
「僕が側にいたら、眠れませんか?」
「そんなことはない。ここは戦場じゃないと分かっているんだが、反省のためにも、今夜は寝ずの番をする」
寝ずの番? 何言ってるの? 戦場じゃないって全然分かってないじゃん。
「ダメです。僕と寝てください。一緒のベッドで」
「いやしかし……」
「反省しているなら、僕と一緒に寝てください」
ちょっと強引だったかな? 怒ったりしないよね?
「分かった。マティアスの隣で朝までしっかり見守ることにする」
えー? 全然分かってない。見守らないで寝てほしい。だってあんなに汚い格好で帰ってきたんだから、疲れてないはずがない。
「ラルフ様、ベッドに入って少し待っていて下さい」
僕はラルフ様に言うと、僕の部屋に繋がるドアから出た。確かラベンダーのキャンドルがあったはず。
部屋に戻ると、ラルフ様はちゃんとベッドに入ってた。僕はサイドテーブルにキャンドルを置いて、火をつけた。
「ラベンダーの香りは、リラックス効果があって、よく眠れるんですよ。ラルフ様はお疲れなんですから、僕の隣でゆっくり寝て下さい。起きていたらダメですよ」
「分かった」
初夜ってやつなのかと思って、すごく緊張してたんだけど、なんかそういうことをする雰囲気ではなくなってしまった。とりあえず今日は一緒のベッドで寝ることにした。
人の隣で寝るなんて初めてだから、眠れる気がしないけど、ラベンダーの香りで眠れることを期待する。
「ラルフ様、おやすみなさい。よい夢を」
「マティアス、おやすみ」
全然眠れない。
ドキドキして、人の隣でなんて全然眠れない。
しばらくすると、やっぱりラルフ様は疲れていたみたいでスゥスゥと寝息が聞こえてきた。
ラルフ様が眠れたならいいや。
それにしても、さっきはビックリしたな。勘違いでも、誰かに殺されそうになるのは怖かった。
ラルフ様は毎日、あんな緊張の中で過ごしていたんだろうか?
もう戦争は終わったんだから、心が早く癒されるといいな。戦場を知らない僕には、分かってあげられないことばかりだと思うけど、ずっと側にいよう。
僕もいつの間にか寝てしまったらしい。窓から差し込む朝日で意識が浮上してきた。
隣を見たらラルフ様がいて、眉間に皺を寄せて魘されていた。
「くっ」とか「うっ」と呻き声みたいな声が喉から漏れて苦しそう。
僕にできることは何だろうと考えて、ラルフ様の手をそっと握った。
そしたらバッと振り解かれて、一瞬にして部屋の隅まで距離を取られた。
ビックリした。また殺されかけるのかと思った。寝起きなのに、その素早い動きは凄いけど、やっぱり気を張り詰めてるんだって分かった。
「ラルフ様、おはようございます」
「あ、あぁ、おはよう。その、すまない……」
「気にしなくていいですよ。僕が勝手に触れたのが悪かったんです。ごめんなさい」
「そんなことはない」
急に触ったりはしないようにしよう。それと、脅かしたりすると、反射的に攻撃されたりしそうだから、そこは気を付けよう。使用人のみんなにもちゃんと言っておかなきゃ。
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