僕の過保護な旦那様

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一章

2.散歩

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 コンコン
「旦那様がお呼びです」
 しばらく部屋で考え込んでいると、メイドのメアリーが僕を呼びにきた。
 緊張しながらラルフ様の部屋を訪ねると、ラルフ様はお風呂に入って服を着替えて、髭も無くなってたし、髪も整えられていた。
 ちゃんと整えたら、ラルフ様って格好いいんだな。優しい感じではないけど、さっきの睨みつけるような怖い目ではなかった。

「見苦しい姿を見せた」
「いえ、国を守るために尽くしてこられた姿が見苦しいわけありません」
 さっきの格好は、身なりを整えるよりも先に家に帰りたかったんだろう。そう結論付けた。

「触れていいか?」
 触れる? 再会していきなりベッドに連れ込まれるのか? もしかしてそのために真っ先に風呂に入ったの? まだ僕には心の準備ができてない。でも、断れるわけもなくて、僕は小さく「はい」と頷いた。

 ラルフ様は僕の手にそっと触れたんだけど、僕はやっぱり怖くてビクッとしてしまった。
「怖いか?」
「いえ」
 大きくて硬い手だった。力を込められたら、骨を砕かれるんじゃないかと思うくらい大きかった。僕だって剣術とか少しはしてたけど、全然敵うわけないって思った。

「手を、繋いでいいか?」
「え?」
 中途半端に上げられたまま、ラルフ様の手が、僕の手のちょっと手前で迷ってる。顔を見上げたら、そっぽを向いていて、耳まで真っ赤だった。もしかして照れてるの?
 僕はその迷ってる手を握った。ラルフ様はあの手紙の通り優しい人なのかもしれないって思ったんだ。
 ラルフ様は握り返してくれて、「ありがとう」って言ってくれた。
「庭を散歩しないか?」
「はい、行きましょう」

 僕たちは手紙のやり取りはしていたけど、こうして会うのは二度目で、凄くぎこちない感じだったと思う。
 それでも、大きな手は温かかった。グッと力を込めたりしなくて、そっと握ってくれた。僕の手が子どもみたいに華奢に見えて、同じ男として少し恥ずかしかった。

「ラルフ様の手は大きくて格好いいですね」
「そうか? 硬くてカサついていて不快じゃないか?」
「全然そんなことないです。強そうな手だなって思いました」
 僕たちの間には、少ししか会話が無い。何を話せばいいのか全然分からなくて、ラルフ様もきっと同じなんだろう。
 手紙だったら、今日庭に咲いた花とか、勉強したこと、街であったことを書けた。今は、庭はこうして一緒に見ているし、もう学校は卒業してしまったから勉強することもない。王都の街をまだ見ていないから、この先、街を歩くことはあるかもしれないけど、困った。

 休みの日は何してるの? なんて学校で友達に聞いたことはあったけど、戦場で休みの日何してたのかなんて聞いていいのか分からない。僕にとって戦争は身近なことじゃないから、ラルフ様がどう考えているのかも分からないし、迂闊に話していい内容なのかが分からない。
 だって戦争って、仲間が死んじゃったりすることもあるんでしょ? 誰かを殺したりも。
 だから、辛いことかもしれない。そう思うと何も聞けなくなった。

 どんなに体を鍛えても、心まで筋肉で武装することはできないと思う。

「ラルフ様、ラルフ様はこれからどのようなお仕事をされるんですか? 僕は、お手伝いできますか?」
「しばらくは休みだが、騎士団に戻ることになる。王都を守ることが主な仕事だ」
 騎士団の仕事か。じゃあ僕が手伝えることは何もない。僕は僕で、何か仕事を探してみようかな。

「そうですか。では僕がお手伝いできることは無いと思うので、何か違う仕事を探します」
「マティアスは仕事をするのか?」
「そのつもりです」
「そうか。やりたいならやればいいが、無理をするなよ」
 やっぱりラルフ様は優しい方なんだと思った。体はすごく大きくなったけど、強くなったけど、昔見た時のまま。優しい手紙を書いてくれる人。

 それ以外は、花が綺麗だとか、そんな全然広がらない会話をポツリポツリと交わすだけだったけど、この先ずっと一緒に生きていくことに不安は無くなった。

  
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