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十章:結び

74.ネーベルの苦悩

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 >>>ネーベル視点


 ロイター夫夫は空を飛んで領地に帰ると言った。これで私は安心して陛下にこの件を報告できる。
 彼らが王都から去ってしまうのは残念がるだろうが、安全には変えられない。

「ーー陛下、ということがありました。なので暗躍している貴族はいますがロイター夫夫はすぐにでも帰るようなので危険はないかと」
「そうか。それでそのなんだった? 草? ローデリックからもらったという心が落ち着く香りのものはワシにはないのか?」
「はい?」
「ワシもそれがほしい」
 どうしてこうなった? 私は後日わざわざロイター家に出向き『ポコポコ』という謎の植物の詳細について確認することになった。

「すまない、庭師の方にお聞きしたいのだが『ポコポコ』は知っているか?」
 花屋へ行ったんだが『ポコポコ』などという植物は知らないと言われた。この種のような粒を見せても、似ているものはあるが『ポコポコ』という名前ではないから別の種類かもしれないと言われたんだ。それで仕方なくロイター家を訪れた。

「知っていますよ。こちらに生えています」
 庭師の男は庭に案内してくれた。そこには紫の花のような植物が生えていた。ロイター家だけで栽培されている植物なのかもしれない。
「これはローデリック様が『ポコポコ』と名付けておりますが、王都ではリゼラという名前で売られております」
 なんてことだ。まさか『ポコポコ』とはあの男が勝手に呼んでいる名前だったとは……
「助かった。ありがとう」
 私は庭師の男に『ポコポコ』を数本もらうと、王城に戻って陛下に渡した。

「王都ではリゼラという名前で売られているそうです」
「そうか。ワシは『ポコポコ』という名の方が好きだ」
 好きか嫌いかはどうでもいい。好きなら勝手にそう呼べばいい。私はリゼラと呼ばせてもらう。

 しかし数週間もすると、王都の花屋の前には『ポコポコ』という名前が表示されたリゼラが売られるようになった。しかも名前が変わってから売り上げが伸びたとかで近頃この香りがよく漂ってくる。
 あのローデリックとかいう男、やはり只者ではない。


 ロイター夫夫が王都を去り、私がロイター家に『ポコポコ』の件を尋ねに行った数日後、新年の夜会で罪が確認された者たちのうち極刑を言い渡されたマクベリス・ビュットナーが密かにこの世を去った。そして他の者たちも雪解けを待って強制労働施設への護送が始まった。
 これでやっと事件は幕引きということになる。

 全員が同じ場所に行くわけではない。しかし全員がバラバラになるほどこの国に強制労働施設は多くない。西の辺境に五名、中央の施設に七名、南の辺境に七名が送られる。それぞれバラバラに格子のついた馬車に乗せられ、万が一にも逃げられることのないよう騎士たちに囲まれての移動だ。
 私の長きに渡る活動も一段落ついた。彼らの護送が完了したら長期休暇をもらってのんびりと疲れを癒したいものだ。


「ネーベル、悪い知らせだ」
 陛下からの緊急を要する呼び出しに、私は嫌な予感がして背筋がゾクリと震えた。

「西の辺境に送った五名が死亡した」
「死亡? 全員ですか?」
「そうだ。ちなみに五名以外の騎士や御者は無傷だと聞いている」
「では私がやるべき仕事はその調査ということですか?」
 ため息をつきたい私の気持ちを分かってほしい。あと何日かすれば私は長期休暇をいただける予定だったのだ。それがここにきて白紙になった。

 偶然にしては不自然だ。五名以外は無傷という点、どうやってそんなことを成し遂げたのかが分からない。
 仕方なく私は旅の支度をしてすぐに旅立った。これが解決すれば休暇が取れると信じて。

 しかし護送する馬車を囲んでいた騎士たちと合流し話を聞くも、誰一人として状況を把握していなかった。
 どうやら眠りか幻惑、もしくは両方を使われたようで、彼らが殺される前後のことを記憶している者がいなかったんだ。
 遺体も確認したが、どうやら氷のナイフで心臓を一突きされたようで武器から犯人を特定することも敵わない。現状の把握はできたものの、犯人に繋がる情報は何も得られないまま王都へ帰ることになった。

「ネーベル、よく戻ってくれた。戻ってすぐで申し訳ないが中央の強制労働施設に行ってほしい」
「何かありましたか? 西の件は報告書にまとめてありますが、思った成果を得られていません」
「中央で毒殺が起きた」
 私は頭を抱えた。これは偶然ではない。中央に送られた七名はすでに労働についており、安全なはずの施設内で毒殺が起きたということだ。
 仕方なく私は薬草に詳しい専門家と共に中央の強制労働施設を訪れた。西の辺境に行くよりは随分と距離が近いため、移動は楽だった。

「どのような毒が使われている?」
 毒と聞いて、すぐに犯人は分かると思った。毒などそう簡単に作れるものでも手に入るものでもない。買ったのだとしても作ったのだとしても、毒さえ特定できれば尻尾を掴むのは簡単だ。
「すみません。研究施設に戻って調べないと、持ってきた器具だけでは特定できません」
「分かった。すぐに王都へ戻ろう」

 その後、毒が特定される前に南の辺境へ送られた七名までもが殺されたとの連絡が入った。南は王都からの距離が一番遠いため、護送にかかる時間も、情報を持ち帰る時間も多く取られる。
 そして私は南へ行くことになった。

「西の辺境へ送られた者たちと同じような手口だ。しかし西で殺害し、南へ行くとなると護送途中を狙うのは難しい。単独ではないということか」
「そうですね。西の辺境から南へはどんなに急いでも半月はかかります」
 考えたくはないが組織的な犯行ということか……
 あとは毒の分析結果を待つしかない。

「ネーベル殿、毒の分析がようやく終わりました」
 そう声がかかったのは、実に中央から戻ってひと月近く経った頃だった。随分と時間がかかったものだ。
「それで、どのような結果だったんだ?」
「それが、我が国では確認されていない未知の毒でした。成分は確認できておりますが、どのような植物を使ったのかは分かりません」
 なるほど、それでこんなにも時間がかかっていたのか。

 噂はすぐに広まる。おかげなのかロイター夫夫を狙った輩たちも大人しくなった。
 主犯と思われるエアガイツが万が一の時にはと暗殺者でも手配していたのか、それともエアガイツの上に別の黒幕がいるのか分からないまま、陛下からとうとう捜査打ち切り、今後の捜査を禁止するとの命が下った。

 私は疲れ果てていた。綺麗に証拠という証拠を消していったような鮮やかな手口、調べても調べても手掛かりがつかめない日々。
 捜査打ち切りの連絡が入って、私はやっとホッと一息つくことができた。

 なぜ陛下が捜査の打ち切りを決めたのか、なんと陛下はお気に入りのロイター夫夫の結婚式に出たいとの理由で決めたとのことだった。
 捜査を打ち切り、貴族たちが大人しくしている間に結婚式に行くと言っている。
 彼らはいい子たちだが、それほど執着するような者たちなのかが私には分からない。そして私はその陛下の北の辺境までの旅に同行することを条件にふた月の休暇をもぎ取った。
 ようやく、ようやく、ようやく、休みだ。どこか静かな地でのんびりと過ごしたい。


  
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