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二章:ロディ視点
10.婿入り
しおりを挟む「ほら食え」
いつもパンを持ってくる男は、硬いパンを俺に投げつける。この地下室で貰えるパンは柔らかいものじゃなくて、カチカチの石みたいに硬いパンだから当たると痛い。
「おっと、お前は魔術で防御できないんだったな」
知ってるくせに男はそんなことを言いながら、赤い丸い野菜も投げつけてきた。
いつかまた森に戻るかもしれないと思って、地下室で体を鍛えることは続けていた。
たまに『キラキラした石がついた服を着た男』がきて、怒鳴ったり魔術を当てていくことはあったけど、食べ物が無くて飢えるってことはなかった。
光が当たらず、ジメジメしてカビと何か分からない臭い匂いが辛かったけど、ここから出ることもできないし、自分ではどうしようもない。
森の方がよかった。森には色々なものがあった。自分で狩ったら肉も食べられたし、いい匂いの草もあった。水も雨水を溜めて好きな時に飲めた。赤い実や黄色の実が美味しい時期が近づいているのに、森に行けないのが残念だ。
ある日、いつもの怒鳴ってパンを投げつけてくる男じゃなく、違う人がパンを持ってきた。
カチカチの黒いパンじゃなくて、白いふわふわのパンを手渡してくれた。中には甘いトロトロが入っていた。
「必ず出られるから、希望を持って」
俺はそれが誰なのか、どういう意味なのかも分からなかったけど、その人が首からかけている黄色の石が花みたいな形で、綺麗だなと思った。
その人はその時一度だけしかこなかったから、顔も思い出せないけど、あの首からかけていた黄色い花の形の石だけは、とても印象に残っている。
そんな日々がどれくらい続いたのかは分からない。日が当たらないから、今が昼なのか夜なのかも分からなかった。
ある日突然、俺は地下室から出されて、大勢の人に囲まれ、全身を硬いブラシでゴシゴシ洗われた。髪を切られ、綺麗な服を着せられ、地下室とは違う広い部屋に行くことになった。
「お前の結婚相手が決まった」
『キラキラした石がついた服を着た男』は、今日は俺に魔術を当てず、怒鳴りもせず、そんなことを言った。
結婚……
俺でも結婚というものができるのか?
結婚は一生誰かと添い遂げることなのだと聞いた。ずっと一人だったから、誰かと一緒にいられるなんて嬉しいと思った。でも、こんなにみんなから嫌われている俺とずっと一緒にいてくれる人がいるのか?
マナーというのも、ダンスというのも、色んな知識も無いし、魔力もほとんど無い。別の家の地下室に入れられるのかもしれないと思った。魔術の的にされないといいんだが、それは分からない。
それからはいつも側には誰か人がいて、机の前の椅子に座らされ、『先生』という人に色々なことを覚えるよう言われた。
俺は何をさせられているのか全然分からなかったけど、勝手に立つと叩かれたし、大きな声で怒鳴られたりもしたから、怖くて大人しく従っていた。
丁寧な言葉というものを教えられ、初めて自分に名前があるということを知った。
俺の名前は『ローデリック・ハーマイン』だった。とても長い。覚えるのに時間がかかった。
他の人にも名前があった。色んな人の名前を教えてもらったけど、長くて覚えられなかった。『キラキラした石がついた服を着た男』の名前は分からない。
誰も俺の名を呼んではくれなかったけど、俺だけの名前というものがあるのは嬉しかった。
「この結婚は陛下の御命令だ。失敗は許されない。なんとしてでも結婚しろ。失敗したら草の根かき分けてでも探し出して殺すからな」
『キラキラした石がついた服を着た男』が言った。怒鳴られなかったけど、静かに言っているのに怒鳴られた時のように怖かった。
文字も分からないのに、紙が重ねられた本というものを見せられて、閨というのを教えられた。格闘みたいなものだ。
結婚したら夫とベッドの上でするらしい。眉毛が長いおじいちゃんの先生は、愛する人とするのはとても幸せなんだと教えてくれたけど、愛するっていうのが何なのかが分からなかった。
相手のことを好きになったら分かると言われたけど、柔らかくて白いパンが好きとか、肉を焼いて甘辛いのがかかっているのが好きとか、そういう好きと、人を好きの感情に違いがあるのかも分からなかった。
やがて馬が引く小さい箱に入れられて、俺は結婚相手がいる辺境伯という家に行くことになった。
道中はずっと楽しかった。この馬が引いている箱は馬車って乗り物らしい。違う街に行ってふかふかのベッドで寝た。美味しいご飯も食べたし、閉じ込められたりすることもなかった。
でも失敗したら殺されると思うととても怖い。『キラキラした石がついた服を着た男』はいつも攻撃をしてくるけど、それが本気でないことは分かっていた。だから、本気を出されたら、俺はすぐに死んでしまうんだろう。
そんな感じで移動していくと、何日か経って「到着した」と言われた。
石を積み上げて作られた高い壁に囲まれた、とても大きな家があった。何度か『毛玉』や他の怖い生き物を売りに行った街にも、こんなに大きな家はなかった。その大きさに驚いていると、馬車がとまった。
馬車から降りて大きな家を眺めていると、空から人が飛んできて、俺の前に立ったんだ。
人って空を飛べるの? でも羽は無いよな?
「ようこそ北の辺境伯へ。僕がロイター辺境伯家当主アダムヘルム・ロイターだ」
ここから俺の人生は大きく変わった。
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