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一章:アダム視点
8.事件のこと
しおりを挟む遅いとは思っていたが、婚姻の書類を提出してもうすぐ五十日というところで、婚姻書類を受理したという書状と、陛下から結婚のお祝いとして金貨と僕とロディのタイが届いた。
これを着けて王城で開かれる夜会に参加し、お披露目してはどうかとの手紙が添えられている。どうかと伺うように書かれているが、お披露目しろという命令だ。
せっかくだからロディと王都を観光でもして、大聖堂なども見てみるか。予約がいるから大聖堂で結婚式をすることはできないと思うが、一緒に行くだけでもいいだろう。
そんな風に浮かれながら、婚姻が受理されたことを伝えるためにロディの部屋に向かった。
中では何か会話がされており、僕がいないところでロディがどんな会話をしているのか気になった。
魔術で声を拾って聞いてみたが、僕は聞いたことを後悔することになる。
「この前、南東の森で『モジャ』の群生地を見つけたんですよ」
「そうなんですね。これで訓練場のが無くなっても安心ですね」
ん? 何の話だ? 『モジャ』とは何だ? 群生地ということは薬草か何かか?
「ところでロディ、アダムヘルム様と本当に結婚するんですか? 怖いでしょ?」
「怖くないです」
丁寧な言葉もだいぶ慣れてきたんだな。これなら夜会に連れていっても大丈夫そうだ。
「ロディはアダムヘルム様が起こした事件を知らないから怖くないんでしょう」
「事件ですか?」
僕は『事件』という単語を聞いて、扉から離れて慌てて部屋に戻った。
自分で言わないからロディは周りから聞くことになった。あの事件のことを。
もう、ロディに好きだと言ってもらえないと思った。それどころか近づいてももらえない。顔さえ見せてくれないかもしれない。怯えた目で見られるんだろうか?
離縁、した方がいいのかもしれない。ロディのために。ロディは勉強を続けて、何にでも真面目に取り組んでいる。魔力が必要ない仕事はあるし、真面目だし、イケメンだし、どこででもやっていける。
僕はその手伝いができたんだから、それでいいんだ。そう自分に言い聞かせた。
セドリックを呼んだ。
「アダムヘルム様、どうかなさいましたか?」
「セドリック、僕は狡いんだ。ロディが慕ってくれるから、嫌われるのが怖くて、事件のことを言えなかった。婚姻が無事受理されたと連絡が来たんだが、僕は……ロディと離縁しようと思う。僕が誰かと人生を歩むなんて、やっぱり無理だ。もう誰とも関わらず、一人きりで静かに死にたい」
「アダムヘルム様、ローデリック様とお話し下さい」
「もうダメだ。さっきロディが護衛の兵から事件のことを聞いていた。もう終わったんだ」
ちょっと涙が出た。僕はロディのことが好きだったらしい。泣くほどに。涙なんて見せたくないから、カーテンの後ろに隠れた。
陛下から贈られたお揃いのタイはテーブルの上に置かれたままだ。さっきまで浮かれていたのが嘘みたいにどんどん気持ちは沈んでいった。
セドリックは、「ローデリック様ともう一度お話を」と何度も言っていたが、僕はそのままカーテンの後ろから出なかった。
短い夢だった。幸せだったな……
声が聞こえなくなったから、セドリックも諦めて部屋を出ていったんだろう。
また一人になってしまった。
ウォッカなんて結局どれだけ飲んでも忘れられない。一時的に気を紛らせるだけだ。もう消えてしまいたい。
*
まだあれは僕が十五の成人を迎えた頃のことだ。
貴族の子が通う王都の学園に通っていた。ほとんどの学生は寮に住んでいるんだが、夏休みだった。蝉の声が煩くて、吹いてくる風も熱風みたいに暑い日。
夏休みは五十日もあるから、みんなその長期休暇を使って自分の家族がいる領地に帰ったり、休みを利用して旅行に行ったりしていたから、寮にはほとんど生徒は残っていなかった。
僕の実家は北の辺境だから、帰るだけで十五日もかかる。往復したらそれだけで三十日取られてしまうんだ。順調に進んでその日数なんだから、途中でトラブルがあればもっと伸びる。そんなの面倒だし、暑い中、長時間馬車に乗るのも嫌だったから、僕は寮に残っていた。
休みの間の寮なんて何にもすることが無いから、魔術研究科の実験室で、面白い魔術を再現できないかって毎日魔導書を眺めながら、片っ端から魔術を試していた。
まぁ、することが無いんだから仕方ない。
「ロイターくんは今日も魔術の実験ですか?」
「はい。実験するのが楽しいので」
「怪我には気をつけなさい」
「はい。ありがとうございます」
魔術研究科の教員にはちゃんと実験室の使用許可も取っていた。僕が夏休みに魔術の実験をしていることを聞きつけた、魔術研究科の教員の助手を務めているエリス先生が、珍しい魔導書を貸してくれて、それをひたすら再現するという、勉強のような暇つぶしのようなことをして過ごしていた。エリス先生も夏休みのはずなのに、たまに僕の実験を見に来てくれた。
あの頃の僕はまだ未熟で、飛翔魔術さえ使えなくて、結界も下手だった。今ならそんなヘマはしないんだけど、まだ何も知らない子どもだった。
端的に言うと、僕の魔術が暴発した。
僕は元々魔力が多いから、そのせいもあって、魔術研究科の実験室に張られた結界を粉々に砕いて、魔術研究科の建物自体が吹き飛んだ。後世に語り継がれるような大事件だ。
もしかしたら魔導書に誤りがあったのかもしれないし、ただ僕の魔力操作が下手なだけだったかもしれない。使っていた魔導書はその時の爆発で消失してしまったし、今となっては確認しようも無い。
僕も無傷ではなくて瀕死だったらしい。しかし王都にはとっても優秀な治癒師が何人もいるから、何日も総出で治癒をかけてくれて、今はもう何ともない。
外傷も残ってないし、後遺症やなんかもない。ただ、そこで僕の身体的な成長は止まってしまった。もう少し身長が伸びる予定だったんだけど残念だ。
魔術が暴発した前後のことは、実はあまり覚えていなくて、どんな魔術を使おうとしていたのかも、どうやって助け出されたのかも、思い出そうとしても思い出せないんだ。
それが起きたのは夏休みを半分と少し過ぎた頃だった。夏休みにわざわざ学校に来て勉強をするような子はいなかったし、魔術研究科がある建物には僕しかいなかったのは幸いだった。
人的被害は僕一人。よく僕の様子を見に来ていたエリス先生も、その日はたまたま来ていなくて、巻き込まなかったことは本当によかった。
但し建物は全壊。
そんなの隠そうとしたって無理で、せっかく成人を迎えて新年に社交界デビューしたばかりだったのに、社交の場で僕に寄ってくる人はゼロになった。学校も同じだ。
誰が広めたのか、いつの間にか僕は陰で『破壊神』と呼ばれるようになって、近付くな危険って感じで僕が歩くと人が割れるし、そこだけ人口密度が低くなる。近付いたら爆破されるとか、怒らせたら殺されると言われるようになった。
だから僕は学校を退学して領地に篭ったんだ。
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