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一章:アダム視点

6.気に入られた?

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 二人で婚姻の書類にサインをするとセドリックに頼んで貴族院に送った。書類が王都に届くまでにはかなり時間がかかりそうだし、受理されたという報告が届くのも何日後になるか分からない。三十日か四十日か、それくらいはかかりそうな気がする。

「アダム、ありがとう」
「うん。僕もありがとう。これからよろしくね」
 そう言ったら、ロディは急に立ち上がって僕の前まで来ると、僕をひょいっと抱き上げた。
 ええーー?? 僕はビックリして声も出なかったんだけど、そのままギュッて抱きしめられた。ギュッて……
 なんかいい匂いがした。イケメンっていい匂いがするのか。知らなかった。

 ところで、いつまでそうしているんだ?
 僕はこんな風に抱きしめられるのは初めてで、子どもの時は抱っこされたこともあったけど、子どもを抱っこするのとは違う。だから本当に初めてでドキドキしてる。
 たぶん顔は真っ赤だ。だって顔、熱いもん。ロディに見られたくなくて肩口に顔を埋めた。

「可愛い。アダムは格好いいのに、可愛い」
 ロディは僕に言っているのか独り言なのか分からない小さな声でそう呟いた。
 格好いいのも可愛いのも気のせいだ。格好いいのはロディであって僕ではない。

「み、みんなに紹介するから、そろそろ下ろしてくれないか?」
「嫌です」
 えー? なんで?
「紹介しないと、また今朝のようなことになるだろ?」
「俺が抱えていく」
「そ、そうか。じゃあ、まず部屋を出て、右に進んでくれ」
「分かった」
 扉は僕が魔術で開けた。一階の広間に使用人は全て集まるよう、屋敷の中に声を飛ばした。
 大人になったはずなのに誰かに抱き抱えられて移動するなんてとても恥ずかしい。なぜか僕はこのお婿さんに気に入られたらしい。悪いことではない。恐れられるより、嫌われるより断然いい。
 だが、僕の起こした事件のことは言うタイミングを逃して、とうとう言えなかった。

「みんなの前では、下ろしてもらえないか?」
「分かった」
 寂しそうな顔をして、ロディは僕のことを下ろしてくれた。
 久々の床だ。いつも飛んで移動しているから、あまり床を歩くことはないんだけど、ずっと抱き抱えられていたから床が恋しくなった。

「彼は僕のお婿さんでローデリックだ。大切な人だから、大切に扱ってほしい」
 集まってくれた使用人のみんなの前でそう言うと、僕の足はまた床から離れた。ロディはまた僕を抱き上げてギュッて抱きしめたんだ。
「アダム、好きだ」
 ええーー??
「ロディ、ちょ、ちょっと落ち着こうか。みんなに挨拶はできる?」
 落ち着こうか。ロディにも言ったけど、自分にも言い聞かせた。落ち着け自分。こっそり深呼吸を繰り返す。

「アダムの夫のローデリックです。よろしくお願いします」
 ロディは僕を抱きしめたまま、みんなに頭を下げた。これでいいんだろうか?
 チラッとみんなを見ると、驚いた顔はしているけど、嫌な感情を向ける者はいなかった。
 それどころか、一呼吸置いたくらいの後、歓声と拍手が湧き起こった。
 久しぶりに使用人たちが笑顔を浮かべているのを見た気がする。ロディが歓迎されたようでよかった。

「結婚式はまた後日する。結婚が急遽決まったから準備はこれからだ。また追って指示は出す。みんな時間を取らせて悪かったな。仕事に戻ってくれ」
 散り散りに仕事へ戻っていく使用人たちを見送ると、次は兵舎に向かう。
 北の守りの要であるロイター家の領主邸は、大きな兵舎と多数の兵士たちが滞在している。僕は兵舎に向かいながら第一訓練場に全員集合をかけた。

「次は兵舎に行く」
「分かった」
 そう言うと、ロディは当然のように僕を抱えたまま移動を始めた。
「また僕を抱えたまま移動するのか?」
「ずっと抱きしめていたい。嫌か?」
 そんなこと至近距離で言うな。ちょっと熱っぽい目で見つめられながら、そんなことを言うからドキドキして断り損ねた。イケメンって至近距離で見てもイケメンなんだな。僕はそのうち心臓が破れて死ぬかもしれない。

「嫌じゃないけど……」
「うん。ありがとう。嬉しい」
 そうか、嬉しいのか。じゃあいいか。
 そう思ってしまうほどに僕は絆されてしまった。


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