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5.ノアの訪問と護衛
しおりを挟む「あらあらあら、またこんなところでお休みになられて。学生の頃はよく机で眠っていましたが、こんな姿を見るのは久しぶりですね。
坊ちゃま、朝ですよ。起きてください。」
「ん?うん。あぁ、私は眠ってしまったのか。」
「そうですよ。今日はお休みですが来客がありますから早めに支度された方がよろしいかと。」
「来客?そんな予定あったか?」
「そうでした。昨夜ピエールが戻ってきた時にはもう坊ちゃまはお休みになられていたんでしたね。
コックス子爵家のノア様がいらっしゃる予定ですよ。」
「え!?すぐに風呂に入る。」
「そう仰られると思いまして準備はできております。」
「服も、小綺麗なものを見繕ってくれ。」
「畏まりました。」
私は走って風呂に向かい、念入りに体を洗っていい香りのオイルを塗って体をほぐしてもらった。
資料を取りに来るだけだろうが、昨夜は寝ている間に嫌な汗をかいたし、机で寝て体も痛かった。ノアにそんな状態で会うなどとんでもない。
嬉しい。わざわざうちに来てくれるなんて思わなかった。ドキドキと胸が高鳴り、顔に熱が集まるのを感じて、私は冷静にならなければと冷水で何度も顔を洗った。
「この髪、変じゃないか?この服で大丈夫か?」
「えぇ、とても素敵ですよ。」
「そうか。ならいいんだ。」
リーナに何とも生温かい目線を送られて、自分が思った以上にはしゃいでいることに気付いて恥ずかしくなった。
コンコン
「ノア様がいらっしゃいました。お部屋にお通ししますか?サロンにしますか?」
「部屋で。紅茶と菓子を用意してほしい。」
「畏まりました。」
「エリオ、手紙ありがとう。堅苦しい内容が騎士団って感じがして思わず笑っちゃったよ。」
「業務連絡や招待状の返事以外に手紙など書いたことがなかったから、すまない。
来てくれてありがとう。」
「ううん、全然いいよ~
エリオに会いたかったし。嬉しかったよ。」
会いたかった?私に?手紙、嬉しかったんだ・・・。無駄じゃなかった。
嬉しい。ノアはいつも私のガチガチに固まって凍り付きそうな心を温かく包んで溶かしてくれる。
「エリオ?」
「あぁ、すまない。資料だったな。すぐに用意する。」
「うん。そっか、僕は暇でもエリオも暇とは限らないよね。ごめん急に押しかけて。
エリオと会えるから浮かれてたみたい。」
「私も、だ。」
ノアは人を喜ばせるのが上手だな。そんなに気を使わなくてもいいのに。私が公爵家の人間だからだろうか?そうだとしたら申し訳ないな。
「気を使わせてしまってすまない。」
「え?何の話?むしろ気を使ってくれてるのはエリオでしょ?
僕なんて結構適当に生きてるからさ~
思ったことすぐに口にしちゃうし、だからよく怒られる。変なこと言ったらごめんね~」
「大丈夫だ。ノアに変なことを言われたことなどない。」
一瞬、キスのことが頭を過ったが、あれは酔っていたのだし変な発言とは違う。
いや、あれは忘れると決めたんだ。深く考えるな。
「そう?それならいいや。」
コンコン
「お茶をお持ちしました。」
「入れ。」
リーナがテーブルにティーセットと菓子を置くと部屋を出て行った。
「お茶を飲みながら簡単に説明する。これが資料で・・・」
私はノアに資料を見せながらザックリと資料の説明をした。
「凄い!これ、あの後で書いてくれたんだよね?あの魔法陣のことも書かれてるし。こんなに短時間でこんな資料作れるものなの?エリオはやっぱり凄いな~」
「そうかな。」
「尊敬する。しかもこれ、既存の魔法陣を読み解くだけじゃなくて応用まで書いてくれて、凄い助かる。これ研究所の他の人にも見せていい?」
「あぁ、こんなのでよければ。」
「エリオありがとう。」
そんなに喜んでくれると思わなかった。
人に喜んで貰うって嬉しいものなんだな。
もっとノアを喜ばせたいと思った。
「エリオ酔ってなくてもそんな顔できるんだ?」
「え?」
「エリオが微笑んでる顔、凄く綺麗で可愛い。」
「恥ずかしい・・・。」
そんなこと初めて言われた。
まぁ当たり前か。だいたい人前では緊張で顔が強張って、何度笑えと言われても笑えなかった。私が微笑むことができることにも驚いている。どんな顔をしているのか分からなくて恥ずかしい。ノアの前なのに顔に熱が集まるのを感じて思わず下を向いた。
「あ、エリオのその顔ヤバイ。シラフなのに、すっごいキスしたい。酔ってるからそんな気になったのかと思ってたけど、そうじゃないみたい。」
「え?」
「あー、ごめん。エリオはそんな気分じゃないよね。」
「・・・。」
分からない。キスしたいと言ったように聞こえたが、聞き間違いかもしれない。
それとも私は欲情を煽るようなおかしな顔をしていたのか?
何と答えたらいいのか分からなくて、迷っているうちに答えるタイミングを逃してしまった。
「ごめん、変なこと言って。僕、帰るね。」
「あ、あぁ。」
何か言わなければと思いながらも何も言葉が出てこなかった。もう少し話したいと、一緒にいたいと思ったけど、全然何も言葉が浮かばない。
引き留めていいのかも分からなくて、口が動かなかった。
「僕、次の研究で使う薬草を採りにいくから、これからしばらく子爵領に行くんだ。戻ったらまた会ってくれる?」
「あぁ、勿論。」
「そっか、よかった。変なこと言ったから嫌われたかと思った。」
「そんなことない。」
「そっか。じゃあまた。」
ノアを見送ったが、なんだか元気がない様子だった。私のせいかもしれない。あの時、何も答えられなかったから。
私が不甲斐ないばかりに、ごめん。
ーーーーー
コンコン
「エリオット、開けてちょうだい。」
母上が珍しく部屋を訪ねてきた。
「エリオット、何を落ち込んでいるの?
お友達が家に来るとかで嬉しそうだったと聞いていたのに、なぜすぐに帰してしまったの?何かあったのかしら?」
「いえ・・・私が不甲斐ないばかりにノアを傷つけてしまったのかも。」
「なら追いかけて謝りなさい。」
「もうノアは領地に旅立ったかもしれない。しばらく領地に薬草を取りに行くと、言っていたので。」
「大切な友達なら送っていってあげたらどうかしら?コックス子爵領は確か馬車で4時間ほどのところだったと思うわ。」
「しかし・・・。」
「人はね、他人の心の中なんて読めないのよ。ちゃんと言葉にして伝えないと伝わらないわ。行きなさい。」
「は、はい。」
私は帯剣だけすると、馬に跨ってコックス子爵邸を目指した。
屋敷の前には馬車が用意してあり、これから出発しようというところだった。
「ノア!」
「え?エリオどうしたの~?」
こちらに向かってノアが駆け寄ってきたため、私は馬から降りた。
「ノア、ごめん。私が何も答えられなかったから傷つけたと思って、謝りに来た。領地までノアを送って行きたい。」
「いいの?嬉しい。」
「おい、うちの可愛い末っ子を誑かしているのはお前か?」
「え?」
「ちょっと兄貴やめてよね~、エリオは僕の友達だし。それに兄貴の上司なんじゃないの~?エリオは魔法騎士団の副団長だし。」
「関係ない。ノアを傷つけるような奴は上司であろうと容赦しない!」
兄貴と呼んでいるということはこの男はノアの兄なのか。そして私が上司ということは、騎士団所属なんだな。
体格からして剣士部隊の者か。
それにしても凄く私のことを睨んでいる・・・
怖い。初対面だと思うが、何かしてしまったんだろうか?
震えそうになる手をギュッと握り、恐怖の感情を押し殺す。
「それで副団長がうちの末っ子に何の用だ?」
「兄貴は何でそんな偉そうなの?僕の友達だって言ったよね?
エリオは僕のこと領地まで送ってくれるんだって~」
「そんなのは俺が付いていくから問題ない。」
「兄貴仕事じゃん。上司の前でよく堂々と仕事サボれるよね。サボりはよくないよ。僕はエリオに送ってもらうから兄貴は仕事に戻って!」
「くっ、仕方ない。うちの末っ子に酷いことしたら許さないからな。」
「・・・。」
こ、怖い。ノアは朗らかで優しいのに、その兄はなぜこんなに怖いんだ・・・。
私をひと睨みすると、兄は渋々仕事に戻っていった。
「ごめんね~
兄貴たち、僕に対してかなり過保護なんだよね。」
「そうか。」
「エリオが送ってくれるなら心強いよ。ありがとう。」
「いや、いいんだ。」
馬車で4時間ということは、王都からそれほど離れていない。
それなら私が守らなくても大丈夫だったのでは?余計なことをしてしまったかもしれない。
しかし、戦闘能力が無さそうなノアが危険にさらされることはあってはならないと私は気合を入れた。
ノアが馬車に一緒に乗ってほしいと言うため、私が乗ってきた馬は護衛の1人に乗ってもらい、私はノアと共に馬車に乗ることになった。
「エリオとお出掛けできるの嬉しい。」
「そうか。」
私は薄く索敵を広げ、安全には常に気を配った。
ん?おかしいな。王都の近くにしては魔物がいる。しかも複数だ。
私は馬車を止めてもらい、魔法でサッと片付けて燃やして灰にした。後処理が面倒だしな。灰ならサラサラとどこかへ飛んでいくだけだ。
「エリオってやっぱり凄いんだね。」
「これくらい誰でもできる。」
「絶対出来ないと思う~」
領地に着くまでに実に4度も魔物の群れに遭遇した。これはおかしいな。1度なら、たまたまこちらに来てしまったのかと思うが、何度も出会うのはおかしい。
調査が必要だな。
「エリオ、難しい顔してどうしたの?」
「魔物の遭遇率が高いと思ってな。」
「ん~確かに。いつもはこんなに出会わないかも~」
「戻ったら調査する。」
「なんか騎士団の副団長の顔になってた。エリオは格好いいな。」
私は無事にノアを領地に届けると、そのまま王都へとんぼ返りして騎士団に向かった。
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