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4.お詫びの品
しおりを挟むお詫びの品を贈るにも、私はノアの趣味を知らなくて、何が好きなのかも知らない。顔合わせをした日にリーナに次会った時に聞くよう言われていたのに聞けなかった。
花か?花は女性なら貰っても嬉しいだろうがノアはどうか分からない。それに好きな花も分からないし。
菓子は?ノアは甘いものを好むのか分からない。
宝飾品や宝石か?そんなものを渡せば、それを着けて私を思い出せと言っているようなもので、恥の上塗りみたいなものだ。
では何がいい?金か?
それでは私の失態を話すなと金で買収しているようなものではないか。そんな失礼なことはできない。
そんなことをグルグルと考えて、夜もよく眠れない日を過ごしていた。
騎士団の仕事を終えて今日も真っ直ぐ屋敷へ帰る。
そして帰宅すると、部屋の隅で膝を抱えて、そのまま眠ってしまった。
「あらあらあら、坊ちゃまこんなところでお休みになられて・・・。」
「あぁ、すまない。眠れなかったから、いつの間にか寝てしまったらしい。リーナ、私はやはりダメな人間なんだ。」
「そんなことありませんよ。」
「そうだ。先日、彼の研究所で使えなくなった魔法陣を描き直したんだ。
きっと魔法陣は他にも応用できるし、破れたり消えたりして魔法陣が使えなくなった時のために、簡単な資料を用意してみようと思うんだが、お詫びとして・・・。」
「よろしいのではないですか?」
「余計なお世話にならないだろうか?頼まれてもいないことをするのは鬱陶しいだろうか?」
「そんなことありませんよ。喜んでいただけると思いますよ。」
「そうだろうか。ノアは喜んで、くれるかな?」
「えぇ。」
「さっそく資料作りを始めるから夕飯は部屋に持ってきてくれ。」
「畏まりました。」
私は先日の魔法薬に使われていた魔法陣を思い出して書き出し、その上でどのような記号や並び順でどのような効果を示しているのかを、長年愛用している魔法陣の本で調べながら、専門的になりすぎないように書き出していった。
-----
ここにはエリオットを心配した父母と家令のピエール、世話役のリーナが集まっていた。
「リーナ、エリオットの様子はどうなの?この間、例の子息が泊まっていったと聞いたけど。」
「えぇ、エリオット様は悩みながらも一歩ずつ前に進まれていようですよ。
酔い潰れたことは恥じていらっしゃいましたが、お相手の方は全く気にされていないようでしたし、問題ないかと。」
「そう。エリオットが酔い潰れるなんて珍しいわね。」
「初めてでなないか?あいつは夜会でも酒など軽く口をつける程度だからな。」
「騎士団の飲み会に参加された際も、気を張っているのか酔って帰ったところは見ませんね。」
「ふふふ、」
「どうしたの?リーナ?思い出し笑いなんてあなたらしくもない。」
「エリオット様は帰宅されてから膝を抱えたまま部屋の隅で寝ていらっしゃったのですが、自らお相手の方にお詫びに魔法陣の資料を作ると言いまして。」
「エリオットが頼まれていないのに誰かのために何かをするなんて珍しいわね。」
「そうなのです。それで、喜んでいただけると思いますよと私が言いましたら、『喜んでくれるかな?』と少し不安そうに、しかしとても嬉しそうに微笑んでいらっしゃいました。」
「まぁまぁまぁ、エリオットが微笑むなんて私も見たかったわ。最近あまり見ていないのよね。」
「コックス子爵家に頼んで良かったな。このまま仲を深めて、人との付き合いを楽しめるようになるといいのだが。」
「今は一生懸命に資料を作られております。」
「少し進歩したのね。少し寂しくもあるけれど、とても嬉しいことだわ。」
「そうだな。我々はそっと見守るとしよう。」
「えぇ。」
-----
休日を挟み5日かけて、やっと魔法陣の資料が完成した。
本当にこれは余計なことではないだろうか?
別に要らなければ捨ててくれればいいんだ。渡すだけ渡してみよう。
先日は突然押しかけてしまったから、今回はその反省を活かして先に手紙を書こう。
この前は一文字も書けなかった手紙だが、今回はちゃんと書くことができた。
まるで報告書のような謝罪から始まる事務的な内容だが、ノアならきっと怒ったりしない。大丈夫だと思った。
家令のピエールに頼んで、コックス子爵邸へ手紙を届けてもらったが、よく考えたらわざわざ受け渡しのために約束を取り付けなくても、資料に手紙を添えて渡して貰えばよかった。
そうすればまた無駄にノアの時間を奪ってしまうこともなかったのに。
なぜ私はこうも気が利かないのだろうか。今まで人とまともに接してこなかったから、そのツケが回ってきたのかもしれない。
ノアには本当に迷惑ばかりかけてしまって申し訳ないな。
先ほどまであった、資料を完成させた心地よい達成感はもうない。ただ情けなくて、自分が嫌になる。
もう寝てしまおう。
返事など来ないかもしれないし。
いいんだ。勉強したことは無駄になったりしない。この資料が必要なかったとしても、ちゃんと自分の身にはなったと思うから。
項垂れながら、今日も冷たい布団の中に潜り込んで膝を抱えて眠る。
弱い自分が嫌だ。何にも自信が持てない自分が嫌だ。苦しい・・・。
『あんた本当に役立たずね!』
「ごめんなさい・・・」
ふぅ。嫌な汗をかいて私は夜中に目が覚めた。
あんな昔の夢、最近は見ていなかったのに。
ベッド脇の小さなテーブルに置かれた水差しからグラスに水を注ぎ、カラカラに渇いた喉に流し込んだ。
6歳か7歳くらいだっただろうか?
当時、私と同い年の第二王子エディーと、3つ上の第一王女の3人はいつも一緒にいた。
私はあの頃から要領が悪くて、エディーよりも体が小さかったこともあり、走っても1人置いていかれ、何をしても上手くできなかった。
エディーはよく私のことを待っていてくれたが、王女にはいつも厳しい言葉を投げかけられていた気がする。
あの頃から私は人に迷惑をかけていたんだな。大人になったらマシになるかと思ったし、勉強はちゃんと頑張ったけれど、そういうことではなかったみたいだ。
魔法騎士団の副団長なんて地位も、私が公爵家の人間だから、王子の従兄弟だから与えられただけで、とてもその役職を全うできているとは思えない。
まさに分不相応。私よりもっと相応しい者がいるのに申し訳ない。
窓辺にもたれて空を見上げると、半分の月が出ていた。
欠けた月か。まるで私みたいだな。
こんな時間に起きてしまって、もう眠れそうにない。少し気になった魔法陣の解析でもしてみるか。
私はトボトボと机に向かった。
魔法陣はいい。誰に気を使うこともなく、誰と比べられるわけでもない。ただひたすらに疑問をぶつけて解いていくだけで時間が過ぎてゆく。
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