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3.酔った勢いで
しおりを挟む飲みに行こうと言ったノアは、高位貴族の令息である私を気遣ってか個室の店を選んでくれた。
「エリオもエールでいい?あ、でもエリオはエールなんて安い酒は飲まないか。」
「そんなことはない。私もエールにする。」
「分かった~
苦手なものとかある?無ければ適当に頼むけどいい?」
「苦手なものは特に無いと思う。」
凄いな。適当に頼むなんて言ってみたいものだ。もっとみんなが食べたいものがあったかもしれないとか、この料理は苦手な者がいるかもしれないと思うと、一つ一つ確認しないと怖くて頼めない。
その点シェフお任せのコース料理は楽でいいが、そんな店は予約が必要だし、友人や仲間との気軽な飲み会には不向きだろう。
騎士団の飲み会では、他の者が上手く取り計らってくれるから任せているが、私に無いスキルをノアはたくさん持っていて、凄いと思った。
「この串焼き美味しい。エリオも一口どう?はい、あーんして。」
ノアが一口食べた串焼きを私の口元に向けて差し出してきた。
私は差し出されたこれに齧り付けばいいのか?
少し迷って、恐る恐る口を開けて口に含むと、ノアは串を引き抜いた。
物凄く恥ずかしいのだが。
「前にも思ったけど、エリオが冷酷とか絶対嘘でしょ。誰がそんな噂話を流すんだろうね~?
凄く優しいし、可愛い。ごめんね、可愛いエリオが見たくてあーんとかして。」
「・・・。」
私は揶揄われたのか?
ノアに弄ばれているのか?
分からないけど、母上たちが選んだ人物なのだから、きっとそんな酷いことをするような奴じゃないだろう。
私など弄んでも楽しくもないだろうしな。
「エリオはどんな酒が好きなの?」
「ウォッカや強くて癖がないやつが・・・。」
「なるほど~、じゃあ次はそれ頼もうよ~」
酔ったら陽気になる者が多いと聞く。私も少し酔えば、もっとノアと話せるのではないだろうか?
そう思って思い付いた強い酒の名前をあげた。
魔法薬の開発の話しや、最近あった面白いことをノアは色々と話してくれて、楽しすぎた。
楽しくて酒が進みすぎたことに気付いた頃は時すでに遅し。
「エリオ可愛い~」
なぜか私はノアの膝の上で横向きに抱えられていて、ノアに髪を撫でられていた。何が起きてこんな状況になった?必死に曖昧な記憶を辿るも全く思い出せない。
「キスしていい?」
「え?」
「キスしたい。しちゃお~」
「、、んん、、」
私の頬に手が触れてノアの方を向かされると、ノアの唇が私の唇と重なった。
ボーッとする。フワフワして、温かくて柔らかくて気持ちいい。
私の意識はそこで途絶えた。
気が付くと、私は自室のベッドで寝ていた。
なんだ、全部夢か。そうだよな。こんなことあるわけない。ノアが私にキスをするなど、なんて破廉恥な夢を見てしまったのか、私は酷い自己嫌悪に陥って、ベッドの中で膝を抱えて丸まった。
この服は着ていた服だな。どこまでが現実で、どこからが夢なんだろう?
研究所で魔法陣の話をしたのは現実?
「ノアと飲みに行ったのは夢か?現実か?」
「現実だよ~」
「え?」
気付かなかった。声のする方を見ると、私の隣には寝そべったノアが楽しそうにこっちを見ていた。
ヒゥッ
私の息が止まった。心臓に悪すぎる。
私は心配性なため、有りとあらゆる可能性を考えて何が起きても大丈夫なように対策を立てているのだが、このような想定外のことが起きた時には何もできなくなる。
もうまさに思考停止という感じだった。見苦しく口をぽかんと開けていたかもしれない。
薄暗い中の出来事なのだから見えないかもしれないが。
「楽しくて飲ませすぎてごめんね~、僕も飲みすぎちゃった。僕がエリオにキスしたらエリオが寝ちゃったから、屋敷まで連れてきたんだけどね、エリオが離してくれなかったから一緒に寝ることにしたんだよ~
ビックリした?」
「キス・・・」
ノアの話に少しずつ頭が回転し始める。
キスしたのは本当だったのか・・・。
でもなぜ?酔って訳が分からなくなったとか、ふざけていたとか、そういうことかもしれない。そうでなければノアが私にキスなどするはずがない。理由などないんだ。コミュニケーション能力が高い彼にとっては挨拶みたいなものかもしれない。
私にとっては事故みたいなものだ。忘れよう。
「まだ朝まで時間あるから寝よ?」
「あぁ。迷惑をかけてすまない。」
「そんなこと気にしなくていいのに。」
それより、私は酔い潰れてノアに運ばせたのか・・・。しかもノアを離さなかったとか、今すぐに剣で腹を刺して詫びたい。しかしそんなのは私の都合で何の償いにもならないと思った。申し訳ないし恥ずかしすぎる。
ノアはすぐにスヤスヤと寝息を立て始めたが、私は全く眠れなかった。
しかもさっき情けなくも膝を抱えて丸まっているのを見られたかもしれない・・・。
見られていないことを祈るしかないが、自分がダメ人間すぎて涙が出てくる。せっかく母上たちがお膳立てしてくれて友人になれそうだったのに、やっぱり私が友人を作ったり恋人を作ったり、ましてや結婚など無理だと思った。
やがて窓の外が白み始め、夜が明けようとしている。私はどんな顔をしてノアの前に立てばいいのだ?迷惑をかけたのだし、平伏して対面するか?
「エリオ~起きてる?」
「あ、あぁ。」
「そっか、残念。エリオの可愛い寝顔見たかったな~」
「私はどうすればいい?ノアに迷惑をかけた。どうやって償えばいい?」
「償いなんて要らないよ。あーじゃあ、ずっと友達でいて?また一緒に飲みに行こうよ。」
「分かった。」
恥を晒して隣に立ち続けるのが罰ということか。
なるほど。騎士団でも規則違反をした者に使えそうな罰だな。
「風呂に入るか?すぐに用意しよう。」
「うん。一緒に入る?」
「いや、やめておこう。」
「そっか。」
公衆浴場では同性なら一緒に入るし、騎士団の寮では大勢が一緒に入ると聞くが、この部屋の風呂は大勢で入るようなことを想定されたものではない。
使用人の共同の風呂なら多数で入れるかもしれないが、そんなところに貴族の令息であるノアを入れるわけにはいかない。
私は風の魔法でリーナを呼んでノアのために風呂を用意してもらった。
「坊ちゃま、気を許せるご友人ができて良かったですね。」
「私はよくても、彼にはとても迷惑をかけた。情けなくて泣きそうだ・・・。」
「お相手の方は気にされていないように見えましたよ。」
「そうだろうか?先ほど友達でいてくれと言われた。」
「まぁまぁまぁ、それは良かったですね。お風呂から出られるまでに朝食を用意しておきますね。」
「あぁ。頼む。」
リーナは嬉しそうにニコニコしながら部屋を出て行ったが、私の心は落ち込んだままだった。
仕事、行きたくない・・・。
一日中部屋に引きこもっていたい。
ノロノロと支度をして騎士団の制服に身を包む。
浄化をかけたから汚れたりはしていないが、姿見に映る私は、酷い顔だった。
あまり寝ていないからか、飲みすぎたせいか、顔は浮腫んで目は充血しているし、目の下にはくっきりと隈が現れていた。
仕方なく自分に回復促進の魔法をかけた。
ふぅ。
「エリオどうしたの~?また眉間に皺寄っちゃってるよ。でもそれが魔法騎士団の副団長の顔って感じもする。」
「ノアの前では情けないが何も上手くできなくなってしまう・・・。」
「そんなことないよ。エリオはいつでも格好いいし可愛い。」
「・・・食事にしよう。一旦家に帰るか?それともそのまま研究所に行くか?」
「研究所に行く。面倒だし家に帰る理由もない。」
「分かった。送っていこう。」
「うん、ありがと~」
ノアは昨夜のことなど本当に気にしていないかのように振る舞ってくれて、私はその優しさに救われた。
「じゃあまたね~」
「あぁ。本当にすまなかった。」
「もう。そんなに謝らないで。別にいいじゃん酒飲んで失敗とかよくある話だし、エリオのは可愛いだけで失敗なんかじゃないし。」
「そうか。」
騎士団の仕事は何とかできた。
毎日震えそうになる情けない足に、弱い雷魔法で時たま喝を入れて必死に耐えた。
もうダメだ。もうノアに合わす顔がない。
こんなに失態ばかり起こして、情けなくて泣きたくなる。
毎日反省するだけの日々を過ごした。
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