2 / 49
2.魔法薬の研究所
しおりを挟む今日はいい天気だな、何事もなく平和だし。などと現実逃避しながら騎士団の副団長室の窓を開けて空を見上げた。
そう言えばノアは薬に使う魔法陣が上手く作用しないと言っていた。私で力になれることがあるならと、私は週末を待たずにノアがいる魔法薬の研究所を訪ねた。
「ホワイト様、き、今日はどのようなご用件で?何かうちの施設で不手際がありましたか?」
「いや、ノアはいるか?魔法陣の話をしに来た。」
「す、すぐに連れてきます!おい、ノアをすぐ呼べ!」
この者の態度を見ると、やはり私は怖がられているのだと実感する。
それより、いきなり思い付きで押しかけて迷惑じゃないだろうか?失敗した。先に手紙などを出して了承を得てから来るべきだった。せっかく会った時は好意的な感じに見えたが嫌われるかもしれない。
あぁ、帰りたくなってきた。
そして少し足も少し震えてきた。
「も、申し訳ございません。すぐに来ますので、少しだけお待ち下さい。」
「あぁ。」
「お待たせして本当に本当に申し訳ございません。」
緊張で思ったより低く掠れた声が出てしまった。そのせいか、この受付の男は地面に平伏しそうな勢いで頭を深く下げた。
「あれ~?本当にエリオだ~」
「こらノア!ホワイト様になんて口を聞くんだ!」
「構わない。」
「こっちだよ~」
「あぁ。」
「こんなに早く来てくれるなんて思ってなかったから嬉しい。魔法陣が気になったの?それとも僕に会いに来てくれたの?」
「・・・。」
これはどう答えれば正解なんだ?魔法陣だと答えたらノアには会いたくなかったと思われるだろうし、ノアと答えたら魔法陣をネタにわざわざ職場に押しかける迷惑な奴だと思われる。どう答えればいいのか分からない。こんな高度な質問に私が答えられるわけないじゃないか。
「ふふふ、両方ってことにしとくね~」
「あぁ。両方だ。」
ヒントを彼が出してくれた。いや、ヒントというか答えか。凄いなそんな答え方があるのか。
さすがだ。こんな私と会話できるほどにコミュニケーション能力が高い者は違うな。
恐れ入った。
「ここ座って~」
「さっそくだが、魔法陣を見せてくれないか?」
「いいよ、待ってて。あ、湯沸しの魔道具壊れてたんだった。給湯室でお湯もらってくるね~」
「湯なら私が魔法で出そう。」
「できるの?凄い。さすが魔法騎士だね。だってお湯って水の魔法と火の魔法、両方使えないとダメでしょ?しかも同時に。凄い凄い!」
「そ、そうかな。」
そんな褒められるほどのことでもないんだが、褒めてもらえるというのは嬉しいことなんだな。大人になって誰かに褒められることなど無かったから、少し恥ずかしくて顔に熱が集まっていく。
「エリオのその顔好き。ちょっと照れてる顔。あーでも、そんな顔して歩いてたら僕みたいなのが気軽に会えなくなっちゃうね~」
「そんなことはない。」
ノアが用意したティーポットにお湯を入れてやると、ノアはティーカップに紅茶を入れて私の前に置いてくれた。
「ありがとう。」
「あ、そうそう、魔法陣だったね。」
ノアは書類が乱雑に積み上げられた机まで行って、魔法陣を探している。
改めて部屋を見てみると、実験用の魔道具や、ビーカーや薬草を潰す乳鉢など、色々な実験道具が置いてあった。薬や薬草が入った瓶も棚に綺麗に並んでいる。
魔法薬の研究はこのようなところでやっているんだな。
「あったあった。」
一枚の古びて綻びも酷い、何かの皮に魔法陣が描かれたものを持ってきた。
「これなんだけどさ~
見ての通り長年使い込んでかなり傷んでるんだよね。薄れてる文字とか欠けてるところがあるのが原因かとも思ってるんだけど、内容がよく分かってないから書き写しても上手くいかなくて。」
ノアが見せてくれた魔法陣は確かに所々欠けていたり薄れている場所があった。
これは解毒の一種か。
ふむ。この左端の記号が薄くて分からないが、内容はだいたい分かった。
「これは解毒の応用だな。」
「そうなの?魔法陣見ただけでそんなこと分かるの?凄い!」
「この部分が解毒を意味するんだ。」
「え?どれ?」
「ここ。」
っ!!!
指を指して横を向いたら触れてしまうほど近くにノアの顔があって心臓が止まるかと思った。
そっと少し離れて、解毒の意味がある部分と、排除の部分、薬草の効果を高める部分を説明した。
ココだと指すたびに、ノアの顔が近付いて、距離の近さにドキドキと緊張して手が震えてきた。
「エリオ凄いね。ってエリオ真っ赤だけどどうしたの?もしかして僕が近付きすぎちゃった?なんか距離感おかしいってよく言われるからごめんね~」
「謝らなくていい。」
こっそり深呼吸を繰り返して、平静を装う。上手くできているだろうか?
ノアの前だとよく失敗してしまう気がする。
「これね、食中毒の魔法薬を作るための魔法陣なんだ。僕たちみたいな大人は大丈夫なんだけど、体力が無い子供とか、老人とかは食中毒でも油断できない。だから流通が滞ることは避けたいんだ。」
そんなノアの言葉に、ただただ凄いと感心した。食中毒は平民がなりやすい。その一人一人の命を大切にしているノアは凄いと思った。
私なんかはただちょっと魔法が得意で、小さい頃から剣の練習もしていたから魔法騎士になって、確かに国や国民を守りたいとは思っているが、ノアほど真剣に向き合っていたわけではなかった。
「そうか。」
「エリオ、もしかして書き直せたりする?」
「たぶんできる。」
食中毒なら、さっきよく分からないと思っていた左端の記号の想像はつく。
「本当?お願いしたい。」
「いいぞ。ここを少し直したい。この記号は昔はよく使われていたんだが、最近はもっといい記号があるんだ。
ただ、それに変えて上手く作用するかは分からない。」
「じゃあ一緒に実験しよ。より良くなる可能性があるなら、やってみたい。」
「分かった。」
私はノアに説明しながら魔法陣を描いていく。
魔法薬を作る際には、専用の皮に魔法陣を描いていくらしい。初めて知った。
「例えばここを毒ではなく熱にすると解熱になったり、咳止めにも応用できる。」
「へぇ、そういう仕組みだったんだ。エリオはやっぱり凄いね。」
試しにと色々描いて実験も手伝わせてもらって楽しかった。ずっと魔法陣なんて1人で黙々と調べて、ジッと眺めたりしていただけだから、誰かと一緒に魔法陣を眺めることなんて初めてで、それに彼は私の話を聞いてくれて、凄いと褒めてくれるから楽しくて仕方がなかった。
「魔法陣って面白いね。また教えてよ。
ってか、もう仕事終わるから一緒に飲みに行こ~」
「あぁ。」
もうそんな時間だったのか。こんなに長居するつもりはなかったのに。彼が今日やる仕事ができなかったのではないかと思うと申し訳なくなった。
「すまない。いきなり来てノアの時間を奪ってしまった。」
「何言ってんの~、魔法陣描き直してくれて凄い助かったし。魔法陣の意味も教えてくれて楽しかったよ。」
「そうか。迷惑をかけたかと・・・。」
「そんなことないよ~エリオならいつ来てくれても嬉しい。」
「そうか。」
良かった。いきなり来て、かなり長時間居座ったのに、ノアは怒っていないようだ。
寛容な人物なんだな。
それに、今度飲みに行こうと言った言葉を、まさか本当に叶えてくれるなんて思っていなかったから、ノアはとても誠実な人なんだと思った。
101
お気に入りに追加
279
あなたにおすすめの小説
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる