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 カリオの朝は早い。
 起きると井戸から水を汲んでキッチンの甕と、洗面所の甕に注いだ。
 清浄魔法で体などを清潔に保つことはできるのだが、やはり朝は水で顔を洗った方が目が覚めると、カリオは毎日起きると水で顔を洗っている。

 昨日の夜にジルベルトに食事の内容を話すと、ジルベルトの魔力の波長が少し揺れたように感じた。もしかしたらどちらかの料理が苦手だったのかもしれない。カリオは今日は屋敷の探索と、少し波長での感情というか意思を読めないか試してみるつもりでいた。

 コンコン
「失礼します。
 ジルベルト様、おはようございます。
 はあー、今日もお美しいですね。
 今日はとても良い天気ですよ。窓を少し開けますね。まだ春先で寒いですが、少しでも季節感を感じられた方がいいですよね。毎日、朝に少しだけ開けますね。
 僕は毎朝、お水で顔を洗うのですが、ジルベルト様のお顔も水に浸した布で拭いてもいいですか? 拭いたら、食事を用意しますね。
 では、お顔失礼します。少し冷たいですよ」

 カリオはジルベルトの顔を、水に浸して絞った布で拭いていった。

「終わりました。食事の用意をしてきます。昨日のチーズ入りのパン粥と、野菜スープはじゃがいもと玉ねぎのポタージュにしますね。
 もしかして、ジルベルト様もチーズ入りのパン粥、好きですか?
 そうですか。好きですか」

 そう言うと、カリオは部屋を出てキッチンに向かった。カリオは何かいいことがあったのか、足取りが軽く、鼻歌まで歌っている。

 チーズ入りのパン粥を温め、野菜スープは玉ねぎとじゃがいもの皮を剥くところから始める。

「ジルベルト様はチーズ入りのパン粥が好きらしい。僕と同じ物が好きなんて嬉しいな。
 ねえねえ、そこの妖精さん、妖精さんも分かった? チーズ入りのパン粥の話をした時、ジルベルト様の魔力の波長が優しくなったんだ。これって好きってことだよね?
 やっぱりジルベルト様は眠っていても、人の声を聞いていて理解してたんだ。
 でも、眠ってるから聞いてないと思って身勝手なこととか言ってた人もいたかもしれない。僕が癒してあげたい。早く目覚めたくなるように気持ちを変えてあげたい。なんてね。僕にそんなことができるかは分かんないけど、ジルベルト様の癒しになれたらいいな」

 カリオは、妖精の姿も見えているらしい。しかし一方的に話しているところを見ると、会話ができたり意思疎通ができるということはないようだ。
 料理を魔法で仕上げると、トレイにジルベルトの分と自分の分を乗せて部屋に向かった。

 コンコン
「失礼します。
 ジルベルト様、チーズ入りのパン粥と、ポタージュスープです。転移で胃の中に入れますね。
 僕はここで食べます。そしてジルベルト様に香りをお裾分けしますね。
 美味しそうな香りでしょ?
 ふふふ、今日も僕の自画自賛ですが。美味しくできました」

 その日のカリオは、屋敷の探索を行い、各部屋の掃除も清浄の魔法でサッと終わらせた。
 屋敷の敷地全体にかけていた結界を確認すると、どうやら敷地内に入ろうとしたらしい何かが結界の側で倒れているようだ。
 確認のために近づいてみると、それは角が生えたウサギだった。

「これ確か魔物だよね?
 僕、魔物とか初めて見た。すぐそこが森の入口だから、魔物が寄ってきやすいのかも。結界を強化しておこうかな。もっと大きくて強い魔物が来たら困るし。
 それよりこれ、どうしよう。僕、魔物とか捌けないよ。商人ギルドに持っていって買い取ってもらう? でもその間、ジルベルト様を1人にすることになる」

 結界にかけられた雷によって倒れた魔物を前に、カリオは困った顔を浮かべる。
 このまま死骸を放置しておけば、魔物が集まってくるかもしれないと、カリオは仕方なくその魔物を売ることも食べることも諦めて、燃やしてしまうことにした。

「勿体無い気もするけど、ジルベルト様を1人にするわけにはいかないし、仕方ないよね。次にお城から執事のおじいちゃんが来た時に相談してみよう」

 灰になってサラサラと飛んでいく魔物の残骸を眺めて、手入れされた庭を回ると、花を数本切って持ち帰った。
 その花は、ジルベルトの部屋に飾るために持ち帰ったようだ。
 ジルベルトの部屋を訪れたカリオは、屋敷の中にあった高そうな花瓶に花を生け、魔物が結界の外で死んでいたことを話した。

「結界はより強いものにしましたので安心してください。今から僕は魔導書で解呪の勉強をします。なるべく早く呪いが解けるよう頑張りますから、しばしお待ちください」

 カリオは一度失敗したものの、解呪を諦めたわけではなかった。
 魔導書を読むことに集中していると、いつの間にか日が傾いていた。

「やっぱり魔導書を読むのは楽しい。
 図書館に置いてある魔導書は基礎的なものしか載っていなくて。でも僕がそんなに高い魔導書を買えるわけもないので、用意してもらえるのは凄く有り難いです。
 ジルベルト様に出会ったおかげですね。ありがとうございます」

 それからもカリオは毎日ジルベルトの世話をして、話しかけ、解呪のために魔法の勉強を続けた。
 毎日根気よく話しかけたおかげか、ジルベルトはカリオの話に魔力の波長で反応してくれるようになり、会話も少しできるようになっていった。

 食事も、ただ胃の中に転移させるだけでなく、ジルベルトの口を少し開けて、舌の上に薄く乗せて味を感じてもらうようになった。
 飲み込んだりはできないようで、その後は布で拭き取る必要があるけれど、ジルベルトは喜んでいるようだった。

 10日に一度食料などの物資を持って訪れる執事の老人に、カリオが倒した魔物の件を相談すると、5日に1度商人ギルドを手配してくれることになった。
 5日に1度というのも、それなりの頻度で魔物が現れることが分かったからだ。
 街なので強い魔物が現れることはないが、それでも1人で王子の世話をさせられて、物資のみで給金すら渡されていない少年を不憫に思った執事が、少しでも金を得た方が良いだろうと手配してくれたものだった。

 カリオはジルベルトの世話をすることが好きだったし、魔力の波長で少し意思の疎通ができるのがとても嬉しかった。
 他人にどう見えるかは分からないけれど、カリオにとってはジルベルトと楽しく二人暮らしをしているという感覚で、大変などと思ったことは無い。

  
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