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番外編:女神
しおりを挟む「ジョシュア、3年は長かった」
「そうですね。とても刺激的な3年でした」
「楽しいこともあったか?」
「ありましたよ。聞きますか?」
私はヒューゴ様のお部屋で、膝の上に抱きしめられながら、この3年で楽しかったことを話した。
まずは馬に乗ったこと。フレイヤは荒れていたし馬車では遅いから、馬に乗れるように練習した。だから私はもう一人で馬に乗れるんだ。
一度は行ってみたいと思っていた街にも行った。色んな街に行ったんだ。知らない人と話して、色んなことを教えてもらった。
そこで知ったのは、みんな願いは同じだってこと。愛する人と飢えることなく平穏に暮らしたいだけだった。
お店ってのも入ってみた。棚に売り物が並んでたんだ。書類上でお金の価値は知っていたけど、お金を初めて見た。金属の丸いのを渡して買い物をするんだ。
あと、池じゃない湖ってのも見た。いつか見てみたいと思っていたんだ。魚も泳いでいた。魚も家に住んでいるなら、湖の底に魚の街があるのかと思ったら、家に住んでいるわけではないらしい。
楽しいことばかりじゃなかったけど、色んなところに行って、色んなことを知った3年だった。
「ジョシュアの初めてを見れなかったのが悔しい」
ヒューゴ様が拗ねたみたいに言うから、なんだか子どもみたいで可愛いなって思った。
「私はフレイヤの色々なものを見て、色々なことを知りましたが、まだ帝国のことは知りません。ヒューゴ様が教えて下さい」
「分かった。一緒に馬でいろんなところに行こう。街にも湖にも、海にも行くぞ。綺麗な花が咲く丘や、葡萄畑にも、りんご農家にも、川にも、黄金に輝く麦畑もいいな、行きたいところを挙げればキリがない」
「はい」
ヒューゴ様も忙しい身だ。なかなか好きなところに行けないのかもしれない。そんなに行きたいところがたくさんあるなんて知らなかった。
私は3年の間にフレイヤを色々巡ったけど、その間ヒューゴ様は出掛けることなくお城で仕事を頑張っていたのかもしれない。それなら私が叶えてあげたい。
「ヒューゴ様はそんなにたくさん行きたいところがあるんですね。なかなか時間が取れず行けなかったんですか? 仕事は私に任せて、たまにはのんびりと旅でも楽しんで下さい」
「違う。そうじゃないだろ。
俺一人で行っても意味がない。全部ジョシュアと一緒に行きたい場所だ」
私は間違えてしまったようだ。そうか、見てみたい景色ではなく、二人で見たい景色か。フレイヤの塔からの景色をヒューゴ様と共に見たいと思った。きっとそれと同じなんだ。
そんな風に思ってもらえるなんて嬉しい。
「ヒューゴ様、大好きです」
「俺も大好きだ」
ヒューゴ様の首筋に顔を埋めると、懐かしい匂いがする。いつも私を落ち着け、幸せへ導いてくれる匂い。スンスンと匂いを嗅いで、私の肺の中をヒューゴ様の匂いで埋め尽くす。
「明日、街に行くぞ」
「もしかして、私も行っていいんですか?」
「いいに決まってるだろ? ここはジョシュアの国でもあるんだ」
街へは馬ではなく馬車で行くことになった。城の中と違って、悪い人もいるから、護衛が何人もいて私たちを囲んでいる。
私は結界があるから平気だけど、街に行くのも大変なんだな。
露店などを眺めながら歩いていると、遠くで人の叫び声と、馬の嘶き、ガシャーンと何かがぶつかったような音が聞こえた。
「事故か? 事件か?」
ヒューゴ様が護衛の一人に確認に行くよう指示を出した。私も風を使ってすぐに何が起きたのか、声を拾ってみる。
馬車が暴走して店に突っ込んだらしい。怪我人もいるとか。
「ヒューゴ様、馬車の事故です。怪我人もいます。早く助けに行かないと!」
たくさん血が流れたら死んでしまうし、助けるのが遅れたら助かるものも助からなくなってしまう。それが一番怖い。私は迷わず事故の現場に向かって駆け出した。
「ジョシュア!」
後ろで私の名前を呼ぶヒューゴ様の声が聞こえた。ヒューゴ様ごめんなさい。人の命には変えられないのです。
現場が近づくと、お店に突っ込んだ馬車を引き摺り出そうとして引っ張っている人たちが見えた。
「皆さん、魔法を使うので少し避けて下さい!」
私が叫ぶと、辺りにいた人たちが何を言っているのかと怪訝な顔を向けた。魔法が一般的なものではないと、この3年で知ったけど、恐ろしいものだということも知っているけど、一刻を争うのです。みなさん、私を信じて下さい。
「みんな避けろ! 皇帝である俺の命令だ!」
後ろからヒューゴ様の声が響くと、みんなが避けてくれたから、私は風魔法を使って馬車を引っ張り出して、崩れそうな店を魔法で固定すると、すぐに中に入った。
「皆さん、怪我人を運び出すのを手伝って下さい」
周りにいた人に言うと、護衛として連れてきた騎士も街の人も一緒になって怪我人を店の外に出してくれた。
怪我をした人に順番に治癒魔法をかけていく。
「ふぅ、終わりました」
私が額の汗を拭いながら言うと、周りから歓声と拍手が沸き起こった。なんとか間に合って、死者は出なかったことにホッとした。
「ジョシュア、俺は心配だ。人の命が大事なのは分かるが、1人で行くな」
「ごめんなさい」
ピピ、メガミ
「あれ? ペル、なんでここにいるの?」
ペルの声が聞こえて、右肩にペルが止まった。本当にペル?
だってここは帝都で、フレイヤの塔からは遠く離れている。それなのに私に会いにきてくれたの?
「女神?」
「俺の怪我が一瞬で治った! きっとこの方は女神様だ!」
「女神様が降臨されたぞ!」
周りが女神だと騒ぎになってしまった。ヒューゴ様にまた迷惑をかけてしまったから、もう街には連れてきてくれないかもしれない。
事故に巻き込まれたみんなを助けたことに後悔はないけど、もう二度と街に来られないのは悲しい。
「女神と呼んでもいいが、ジョシュアは旧フレイヤの王子であり、皇后だ。俺のものだから手を出すなよ」
ピピ、ジョシュアアイシテル
「こいつはまた俺の邪魔をする……」
ピピ、ジョシュアアイシテル
ペルは私たちの上を旋回するように飛びながら、ずっと私のことを愛してると言っていた。
やっぱりペルに間違いないみたいだ。
「今日は城に戻るが、数日中に正式に発表する! 祭りの準備を進めよ!」
街の見学は終わってしまったけど、とうとう皇后が決まったと喜んでいる街の人の姿が見えた。
私は歓迎してもらえるのか?
「ヒューゴ様、私にできることをしたいです」
「うん? ジョシュアがしたいならすればいい。だが今日は帰るぞ」
「はい」
2日後、城の外には人が集まり、ヒューゴ様から私が皇后になったことの発表があった。
『みんな集まってくれて感謝する!
隣に立つ彼が俺の最愛ジョシュアだ。彼がフレイヤを統一し、帝国の国土は広がった。この先もジョシュアと2人で帝国を守り発展させていくことをここに誓う!』
風で声を広げる魔法を使ってあげたから、ヒューゴ様の声はきっとみんなに届いたと思う。
フレイヤでの3年、私は兵器としても、復興としても魔法を使ってきた。
民と一緒に、私服を肥やした貴族の屋敷を破壊したこともあったし、瓦礫の撤去や、農地の開拓、川やダムの整備に使ったこともあった。これからは破壊に使う気はない。
私一人にできることは僅かだけど、少しでもみんなの助けになれば嬉しい。みんなのために、国のために私にできることをしよう。
不思議だ。帝国に人質として来た時にもフレイヤを守るために、ヒューゴ様と帝国のために力を尽くそうと思った。
フレイヤが無くなりヒューゴ様と結婚して、私の立場も変わったのに同じ思いでいる。きっとこれからもずっと同じ思いを持ち続けるだろう。
ピピ、メガミ
ペルはあの後ずっと私の側にいる。ペルがメガミって言って飛び回るから、街に出るとすぐにバレてしまう。お忍びで買い物というのもできないんだ。
お忍びじゃなく堂々と買い物をすればいいんだけど、街に出るだけで色んな人が寄ってくるから、お店に入ったりすると迷惑がかかってしまう。
私は男なのに、女神様ではないのになぜか女神と呼ばれる。フレイヤを駆け回った3年もなぜか女神と呼ばれ、帝国に戻っても女神と呼ばれる。
ペルの仕業なの?
「ヒューゴ様、私はなぜ女神と呼ばれるんでしょう? 私は男なのに不思議です」
「俺にとってジョシュアは女神だけどな」
「兵器ってことですか?」
「そんなわけないだろ。女神のように美しく尊いということだ」
「そうですか」
「ジョシュア、キスしよう」
「はい」
*****
お気に入り登録、ハート、エール、感想をいただきありがとうございます。
番外編お楽しみいただけましたでしょうか?
最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
また違う作品でお会いしましょう(*^ω^*)
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感想をいただきありがとうございます🥰
よかったと言ってもらえて嬉しいです💕
体調整えてこれからも頑張ります✨
他の作品も読んでいただいているみたいで本当にありがとうございます🥹
いつも感想をいただきありがとうございます🥰
ヒューゴ様はこれからも、ジョシュアに悪意なくちょっとだけ落とされる日々が待っているでしょう笑
思い通りにならないからこそ惹かれるのかもしれませんね😆💕
感想ありがとうございます🥰
こんなに好きになってもらえて本当に嬉しいです🥹
ジョシュアがヒューゴ様の期待を裏切る返しをするシーン、私も気に入ってます笑
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