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45.ジョシュアの帰国
しおりを挟むヒューゴ様の想いを知った。
なぜ寝室を分けたのかは分からなかったが、あの温かく逞しい腕で優しく抱きしめてくれた時も、優しいキスをしてくれた時も、労わるように抱いてくれた時も、ヒューゴ様は私を愛してくれていたのだと思ったら、幸せが込み上げて、そして目の前で呻き声を上げるヤーネが憎らしくてたまらなくなった。
そして、このような男を帝国に寄越したフレイヤのことも私は信じていない。
執事のジェイコブたちを国外に追い出し、処刑という話が出ていることにも気持ちが冷えた。
父上を説得はしてみる。しかし無理なら国を捨てる覚悟もしている。
「マック、みんな、送ってくれてありがとう。気を付けて帰って」
ヤーネは暗器を持っていたと聞いている。彼らが襲撃される可能性もゼロではない。
そんなことをすれば帝国が攻めてくることを考えると、可能性は低いと思うが、不安に思った私は、ヤーネを気絶させている間にマックたちにそのことを伝え、馬車は置いて騎馬で森を抜けて最短で帰るよう言った。
馬車から降りると、私はフレイヤの軍部に取り囲まれた。そして、檻ごとヤーネは運ばれていく。
帝国で得た情報などを勝手に話すようでは困ると思い、風魔法で声を拾って聞いていると、助けを乞うヤーネの声と、汚い言葉で怒鳴り散らす男の声がしばらく聞こえていたが、急に会話は終わった。
煩いからと気絶させたんだろう。
「父上と話しがしたい」
「畏まりました。手配しますのでジョシュア様は館にお入りください」
「分かった」
私を取り囲む者たちに声をかけると、城には入れてもらえず館へ行くよう言われた。
久しぶりに戻ってきたのに、国を守るために帝国に単身向かったのに、城に入れてさえもらえないことにガッカリした。
帝国を出発する時に手紙を書いたし、先ぶれも出したのに迎えに出てきてもくれないんだな。
館の中は私が出ていった時のままだった。
誰もいないし、カーテンも窓も閉められて、掃除すらされていなかった。
清浄魔法で埃や汚れを掃除すると、大きな館に一人きりでとても寂しくなった。
帝国は賑やかだったな。いつもみんなが周りにいて、ヤーネが余計なことばかりするから、最後の方はみんなから離れることになって寂しかったけど、それでもメイドのリサやアリーとは頻繁に会っていたし、一人ぼっちではなかった。
そうだ、ヤーネの動向を調べなくては。
余計なことを話すようなら、少し怖いが喉を潰して声を出せないようにしようと覚悟を決めた。
しかし私は軍部の声を拾っていた風魔法を途中で止めた。
「この檻はどうしますか?」
「置いておこう。中の死体は処理しておけよ」
「はい!」
「大佐、何も殺さなくてもよかったのでは?」
「女神を連れ帰ったのはいいが、肝心な軍事力の情報を持ってこなかったからな。任務失敗は死に値する」
「大佐は厳しいなー」
私は、ヤーネが殺されたことを知った。
嫌なやつだったが、嫌いだし、こいつさえいなければと思っていたが、死んでほしいとは思わなかった。
なぜそんなにも簡単に人を殺せるんだ? 私には分からない。
任務を失敗したくらいで殺されるのか?
私が必死に守ろうとしたフレイヤはそんな国だったのか?
人の命は尊いものではないのか?
私は塔に登った。帝国ではよく歩いていたから、登るのは平気だった。
ここからの景色は懐かしいな。よくここから街を眺めて街の声を聞いたものだ。
街の声を風魔法で拾って聞いてみる。みんな変わりなく元気だろうか?
「今年は税の徴収が増えて厳しいね」
「国は軍部に金をかけているらしい」
「どうでもいい。飯さえあればね」
「また帝国と戦争するのか?」
「さーな」
「お腹すいた」
「我慢しなさい!」
「恨むなら帝国を恨め」
中でもお腹が空いたという声と、帝国を悪く言う声は多数聞かれた。
民が貧困に喘いでいるのに軍部に金を回しているのか? なぜ?
帝国は確かに悪かったかもしれないが、復興を手伝ってくれているじゃないか。
私はこの国のために何ができる?
民の心を変えることはできるのか?
「ジョシュア様!」
下から私を呼ぶ声が聞こえて、父上が訪ねてきたのだと分かったから、私は慌てて階段を下りていった。
まず何を聞こう?
おかえりと言ってくれるだろうから、先ずは「ただいま戻りました」と伝えて、国のために帝国に行ったことは褒めてもらえるだろうか?
帝国での私の生活はどうだったかなど聞いてくれるだろうか? そこで帝国のみんなが優しくしてくれたことを話せば、少しは考えを改めてくれるだろうか?
それと、私はいつか帝国に戻ってヒューゴ様と共にありたいことも伝えたいな。友好国との婚姻となれば、きっと喜んでくれると思う。
あと、ヤーネが諜報活動をしていたのは、抗議しなければ。そして殺されてしまったのは酷いということも伝えたい。
伝えたいことはたくさんある。どれくらい時間があるのか分からないが、今日全てを伝えるのは無理でも、何度かに分ければきっと伝わると思う。
そんな思いでいつもの応接室へ向かうと、父上とその周りをずらっと十人ほどの護衛が囲んでいた。父上はこんなに護衛を連れていたんだっけ?
帝国ではこんなに護衛を引き連れて歩いている人はいないから、なんだかとても驚いてしまった。
「ジョシュア様、こちらにお掛けくださいますか」
「はい」
最初に声をかけてくれたのは父上ではなかった。
「ジョシュア、よく戻ってきてくれた。ゆっくり休め。ではな」
「あ……」
父上は難しい顔のまま、私の目も見ず、それだけ言うとすぐに席を立ち、護衛に囲まれて出ていってしまった。
私の話など聞く気がないのか……
「おかえり」と笑顔を向けてもらえると思っていた。「よくやった」と言ってもらえると思っていた。
父上はこんなに冷たい人だっただろうか?
私は1人部屋に残されて、悲しい気持ちでいっぱいだった。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
カタカタと震えながら見知らぬメイドが料理を運んできた。
何をそんなに怯えているんだろうか。
「ありがとう」
気になった私は彼女がテーブルに食事のトレイを置くと逃げるように去っていった後ろ姿を眺め、バタンと閉まる玄関のドアの音を聞いていた。
風魔法で彼女を追う。すると彼女は誰かと話し出した。
「もう本当に無理。私まだ死にたくないし。罰ゲームにしても酷すぎ」
「でも女神は綺麗だったんでしょ?」
「確かに綺麗だけど、いつ殺されるか分からないのにもう二度とごめんだわ」
「大事な大事な女神なんだから、そう言うなって」
罰ゲーム? 死にたくないって、私は人を殺したりしないんだけどな。
なぜそんな風に言われているんだろう?
どうせ話し相手もいないんだしと思い、城の内部の声を拾ってみた。
「女神が帰ってきたらしい」
「じゃあもうそろそろ戦争か?」
「女神がいれば帝国はこっちのものだな」
「今度こそ大丈夫なんだろうな?」
「次は軍部が上手く女神の機嫌取るんじゃないか?」
何の話だ? 私がいれば帝国はこっちのものというのはどういうことだ?
話を聞きたくても、私はこの国に親しい者がいない。
親しいものが……
帝国みたいにみんなと親しくしたいんだが、出歩いていいのかも分からない。
少し出てみるか?
玄関のドアに手をかけ、そっと扉を開いてみる。
「勝手に出てはなりません」
私の目の前に槍を持った兵士が並んだ。
そうなのか。私はフレイヤでは外に出てはいけないんだな……
「分かった」
私はそっと玄関のドアを閉じた。
玄関の外では、兵士の声がする。
「怖かった……魔法を撃たれるかと」
「女神を怒らせたら死ぬとか、本当にキツい仕事だ」
「だよな……」
私は人に向けて攻撃をするような人物だと思われているらしい。
確かに攻撃したことがないとは言えない。マックとヤーネを吹き飛ばしてしまったから、しかし殺したことはない。
そんなに恐れられるのは悲しいな……
私は食事をとる気にもなれず、膝掛けを抱えて塔に登った。
その日は夜遅くまで、街の声を適当に拾って聞いて、そのまま膝掛けに包まって寝てしまった。
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