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44.女神と呼ばれる理由(ヒューゴ視点)

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 最後に告げたジョシュアへの言葉、ジョシュアは俺の元に帰ってきてくれるだろうか?
 やるべきこととは何だろう? 相談役を送り届けることか? それ以外にもやることがあるのか?
 分からない。俺はその曖昧な可能性に縋るしかないのか。

 今日は騎士団に行ってみるか。従者の男が諜報員だと考えていたジョシュアが、ほいほい騎士団に顔を出しているとは考え難い。何も無いかもしれないが、行くだけ行ってみるか。

「みんなご苦労」
「陛下、あの件ですか? まだ解読が終わっておらず……」

 あの件? 解読?

「何のことだ?」
「あれ? 違いましたか? 進捗は団長が把握していると思います。例の従者が持っていた暗器も、手紙も、団長が管理しています」
「分かった。行ってみよう」

 例の従者というのは、ジョシュアの相談役のことだよな? あの男は暗器なんか持っていたのか? 手紙とは何だ?

「団長、ちょっといいか?」
「陛下、すみません。まだ解読が……」
「とにかく話を聞かせろ。全部だ。俺は何も聞いていないぞ」
「そうなんですか? てっきり知っているものかと。あの事件の日、男を牢にと、ジョシュア様からの指示で牢に入れたんです」
「それは知っている」
「マックが呼び出されて、男の身包みも全て剥いで、持ち物も全て調べ、毒や暗器、指示書なども調べるよう言われまして、その結果を陛下に知らせるようにと」

 聞いてないぞ。そんな話は。

「暗器はあちらです。毒は所持していませんでした。現在は手紙なのか指示書なのか分からないものを解読しているところです。
 あと、この数枚の紙は男が調べた我が国の情報です。調べる事項と、その下に手書きで書かれているものが残っているので、外部に情報を受け取る者がいて渡していたとは考え難いです。
 諜報部で調査をした結果も、外部と連絡を取った様子はないとこのことでした」
「戻るタイミングで情報を持ち帰る気だったということか。例えば病を患い別の者と交代したいなどと言えば、簡単に帰ることもできそうだしな」

 各所の話で怪しいとは思っていたが、本当に諜報員だったのか。ジョシュアが気付いていなければ我が国は危険だったのでは?

「手紙は引き続き調べてくれ。何か分かったら都度連絡を寄越せ」
「畏まりました」

 騎士団への嫌がらせなどはさすがに無いか?

「ジョシュアの従者は各所へ嫌がらせをしていたようだが、騎士団は何もされていないか? ジョシュアに他に指示されたことは?」
「嫌がらせは無いです。ジョシュア様に、マックを陛下の護衛に付けてくれと言われたくらいですかね。あとは従者が一人で勝手に出歩いている場合は、すぐにジョシュア様の元に連れていくようにと。
 そういえば書類管理室と武器庫の鍵を作ってもらいました」

 急に城の中でも護衛が付いたからおかしいと思っていたが、ジョシュアが手配したことだったのか。

「そうだったのか。ところであの事件の日、何があったかはか聞いているか? あの男の牢の中での様子は?」

 この質問は各所でしているが誰も聞いていなかった。騎士団なら牢であの男の話を聞いたのではないかと思い、聞いてみた。

「詳しくはこちらでも分かっておりません。お部屋で二人のところだったようで、誰も見ておりませんでしたし」
「そうか」
「男の牢での様子は、全身の痛みに呻き声をあげているのと、時々帝国の悪口や、ジョシュア様を愛しているとかなんとか戯言を言っておりました」
「そう言えば治癒はしなかったんだな」
「はい。ジョシュア様からの指示で治癒はせず、痛み止めも与えておりません」
「そうか……」
「事件のことですが、マックなら何か聞いているかもしれません。言わないのはジョシュア様との約束かもしれませんし」
「分かった。マックが戻ったら俺のところに来るよう伝えてくれ」

 ジョシュアはあの男のことを、気に入るどころか嫌っていたんだな。ジョシュアでも誰かを嫌うことがあるのか。

 マックの帰国より先に、ジョシュアの元世話役のメイドが城に連れてこられた。
 その女は床にひれ伏していた。戦争を仕掛け、ジョシュアを攫うような俺が怖いんだろう。

「面をあげよ」
「はい」
「名は?」
「メリーと申します」
「なぜここに連れてこられたかは聞いているか?」
「いえ」

 説明していないのか。後で諜報部は説教だな。

「ジョシュアから頼まれたんだ。あなたを含む五名が国外追放となり、ジョシュアを逃した疑いがかけられていると。見つかれば処刑されてしまうから保護してくれと」
「ジョシュア様……私共のことなど捨て置かれてよろしいのに。ジョシュア様はお元気ですか? 会うことはできませんよね?」
「会わせることはできない。この城にいないんだ」
「まさかこの国でも、離宮に閉じ込めておられるのですか?」
「いや、我が国では城の中をどこでも自由に歩き回っていた。閉じ込めたりはしていない」
「そうですか。では私たちの判断は正しかったんですね」

 判断? 何の話だ?

「どういうことだ?」

 国外追放となった五名は、我が国の諜報員がジョシュアに接触したのを知っていたそうだ。接触はしていないが、侵入できるように隙を作った。
 館の周りを固める護衛が手薄になる時間を作り、ひっそりとジョシュアを見送ったのだと。

 館に閉じ込められていたんだから、逃してやりたいと思ったんだろう。しかしそれは国家叛逆になるんじゃないか? バレればただでは済まない。

「なぜそのようなことを?」
「愛らしく純粋で心優しいジョシュア様を、自由にしてあげたかったんです」
「それは分かるが、己の命を危険に晒してまですることか?」

 俺のようにジョシュアを愛しているのなら分かるが、使用人五名が結託して、そんな意見になるなどどうもおかしい。

「ジョシュア様が女神と呼ばれていたのはご存知ですよね?」
「知っている。この国でも各所でそう呼ばれている。美しく優しいからな」
「フレイヤでジョシュア様を女神と呼ぶのは隠語です」
「隠語?」

「ジョシュア様が各種魔法を使えるのはご存知ですか?」
「知っている」
「フレイヤは小さな国です。そこに太古の魔法を、本を見ただけで使える者が現れたらどうなると思いますか? それが幼い子供なら」
「だから大切に守られていたのではないのか?」
「違いますよ。兵器として育てられていたのです。女神とは兵器を表す隠語です」

 俺はその言葉に血の気が引いた。
 今すぐにジョシュアを迎えに行かなければ! 助けに行かなければ!
 しかし立ち上がったものの、足がもつれて膝をついた、もつれた? 違う、震えているんだ。

「ジョシュアは……フレイヤに、帰ったんだ……」
「なぜです!!」

 女は声を荒げた。
 せっかく逃したのに、今度こそ兵器にされてしまうと、涙を流した。

「ジョシュアは必ず俺が助けに行く! 迎えに行く!」

 取り乱す俺とメイドの女を、宰相や周りを囲んでいた騎士たちが必死に宥め、やっと落ち着いて話ができるようになると、無計画に闇雲に向かってもダメだと言われ、ジョシュア奪還の計画が練られることになった。

 諜報部を招集し、捜索中の残り四名については、ジョシュアの願いだと説明の上で連れてくるようにいい含め、メイドのメリーに大凡の宛てを教えてもらった。
 そして、フレイヤの復興援助を一時停止とし、フレイヤの王都周辺や軍部、上位貴族の調査を急がせた。

 もしやと思いメリーに、相談役の男が持っていた手紙見せると、解読してくれた。
 ジョシュアを何としてでも連れ戻すようにとの内容で、ジョシュアの懐柔と、ジョシュアを追い出したくなるような行動をしろと、ジョシュアを孤立させ、帰らなくてはいけないよう仕向けるなど、具体的な方法が書かれていた。
 これが各所に嫌がらせをしていた理由か。
 孤立してというか、ジョシュア自ら各所から距離を置くようになったんだ、計画は成功したと言える。

 メリーは、宰相からジョシュアの城での生活を聞いて、「ジョシュア様にも人並みに楽しく幸せな時間があったこと、帝国の皆さんに感謝します」と頭を下げた。
 諦めたようなことを言うな。俺は諦めないからな。必ずジョシュアを連れ戻してみせる。
 俺のことを愛してくれなくていい。ジョシュアが幸せならそれでいい。俺はそれを見ているだけでいいんだ。


 
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