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42.後悔(ヒューゴ視点)

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 ジョシュアを失った。
 フレイヤから招いたジョシュアの従者の男が来てから、ジョシュアは俺からどんどん離れていった気がする。

 ヤーネという従者の男は、一見人当たりのいい優しそうな男に見えた。
 従者が来て半月ほど経ったある日、ジョシュアは疲れた様子で相談があると言った。
 ジョシュアが俺に相談? 仕事の相談ならその場で聞いてくるのに、わざわざ相談があると言う。
 頼ってくれるのは嬉しい。ジョシュアにそれだけ信頼されているということだろうか。そんな気持ちでジョシュアと対面する。

「お願いです。あの従者をフレイヤに帰してもらえませんか? 私とは合わないようです」
「そうなのか? しかしな、フレイヤが選んだ者を簡単に突き返すのは難しい」

 呼び寄せたのはこちらで、気に入らないから返したいとすぐに返還するのは難しい。
 そう思っての返事だった。

「そうですか……」

 肩を落として仕方ないと諦めてくれたが、この時にこそ俺はジョシュアの願いを叶えるべきだったんだ。
 それがジョシュアを守ることになると、なぜ気付かなかったのか。ジョシュアが俺にお願いしてくるなんて、ジョシュアが合わないと言うなんて、普通じゃないとなぜ気付かなかったのか。

 その時ジョシュアはもう一つ願いを言った。
 フレイヤにいた頃にジョシュアの世話をしていた者たちが、ジョシュアが国を出たために国外追放されたのだと。
 そしてジョシュアを逃す手助けをしたのではと疑われて、見付かれば処刑されるとか。その者たち5人を保護してほしいと。

 その者たちは今、各国に調査隊を派遣して行方を探っている。
 ジョシュアの願いだからと調査はまだ続けているが、正直保護したとしてもジョシュアがいないなら、その後はどうするべきか決めかねている。

 その日、ジョシュアは話が終わるとじっと俺の目を見つめてきた。

 俺は、ジョシュアが断れないのをいいことに、ジョシュアを抱きしめキスをして抱いたような男だ。いいと言ったからなんて言い訳をして、ジョシュアの本心を知ろうとしなかった。だからもうそんなことをしてはいけないと、ジョシュアに触れることをやめたのに、そんな目で見つめられたら、本当はジョシュアも望んでいたんじゃないかと思えてしまう。

「そんな物欲しそうな顔をするな。俺が勘違いするだろ?」
「え?」

 どうしても、触れたかった。無理に抱いたりしないから、せめて抱きしめるくらいは許してくれないか? そんな思いがあった。

「少しだけ、抱きしめていいか?」
「はい」

 いつも通りジョシュアは「はい」と了承の返事をする。
 俺は狡い。ジョシュアが断れないのを知っていてそんなことを聞くんだから。
 少しだけだから。
 そう思ってそっと抱きしめたら、ジョシュアは俺の背中に腕を回して、ギュッと力を込めてきたんだ。
 そして俺の匂いをスンスンと嗅いでいる。懐かしいな。いつ以来だろう。
 何でこんなことをする?
 まるで俺のことを好きみたいじゃないか。

「ヒューゴ様、ありがとうございます」

 俺の腕の中で急にジョシュアがそんなことを言うから戸惑った。

「ん? なんの感謝だ?」
「抱きしめてくれて、ありがとうございます」
「抱きしめてほしかったのか?」
「はい。許されることなら」

 許されることなら、それは俺のセリフだ。
 許されることなら抱きしめたい。俺に抱きしめられたかったなんて知らなかった。

「そうだったのか。俺もジョシュアのこと抱きしめたかった」
「本当ですか? 嬉しいです」

 離れていた距離が近付いたのだと思った。この時は、もしかしたらこのまま距離を縮めていけるのではないかと、淡い期待まで持っていた。

 それなのにしばらくすると、ジョシュアは従者の男と手を繋いで歩くようになった。
 やはり同郷の者がいいのかと、少し落ち込んだが、あの従者は何度か城の中で迷子になったことがあったから、逸れないようにというジョシュアの配慮なのではないかと思うことにした。

 そう思うには理由があって、俺はたまにジョシュアを抱きしめていたからだ。
 その時、ちゃんと俺の背中に腕を回してギュッと力を込めてくれるから、恋まではいかなくても、少しは好意を持ってくれているのだと実感していた。

 しかし、その後もずっとジョシュアはあの従者の男と手を繋いでいて、最近では恋人同士のような指を絡める繋ぎ方をしている。
 俺だってそんな繋ぎ方をしてジョシュアと歩き回ったことはないのに。腹立たしいが、ジョシュアが許しているのだから俺が何を言えるわけでもない。

 ジョシュアとの距離はどんどん離れていった。
 食事は一緒にするが、正妃の部屋はほとんど使わなくなり、寝室とを繋ぐ扉には鍵もかけられた。
 執務室で一緒に仕事をするよりも、与えた客間で仕事をするようになって、なぜか俺の部屋の書類は鍵付きの箱に入れられるようになった。
 どうも各所にも行く頻度が下がり、客間にいることが多いらしい。

 そんなにその従者の男がいいのか?
 俺はジョシュア目当てに戦争も起こしたし、ジョシュアの本心を確認せず抱いたような男だからな。
 でも、大切にしたい気持ちは嘘じゃないし、愛しいと思っている気持ちも嘘じゃない。

 たまに抱きしめさせてくれるのが、唯一ジョシュアとの繋がり。まだ可能性はゼロじゃないと思わせてくれる要因になっていた。

 寂しい……

 だが寂しいからと言って、他の女も男も呼ぶ気にはなれなかった。娼婦でも男娼でも、呼ぼうと思えば呼べるんだが、呼ばなかった。

 それよりも早くフレイヤの復興を。
 想像以上に破壊が酷く、まあそれはうちの騎士たちが優秀なせいなんだが、それは仕方がないことだ。俺の指示に従って戦った騎士を責めるわけにもいかない。俺のせいなんだから、俺がしっかり対応しなければならないことだ。

 そちらに気を取られすぎていたのかもしれない。ジョシュアを傷つけたと、遠慮しすぎていたのかもしれない。俺は何も知らなかった。
 知ろうとすればよかったのに、遠慮するべきではないところで遠慮して、ジョシュアの願いを国の体裁のために跳ね除けた。

 その報いがきたんだ。
 ジョシュアが使っていた客間が破壊され、廊下の壁にめり込んだ従者の男は全身の骨が折れていた。
 俺が名前を呼んでも、ジョシュアは結界を解くことなく、顔も上げてくれなかった。

 それなのに、あの騎士マックは部屋に入れたらしい。俺のところに手紙を持ってきた。

 フレイヤに帰ると。帰るための馬車と、従者の男を入れる檻を借りたいと……
 そんな日が突然きて、俺はジョシュアに話を聞きたくて部屋を訪れたが、会ってもくれなかった。
 何度訪ねても会ってくれなかった。
 他の者には会ったらしい。経理にも顔を出したそうだ。従者の男に会いにいったかは分からない。それは聞けなかった。いや、聞きたくなかったんだ。


「ヒューゴ様、ありがとうございました。私は帝国に来てよかった。幸せでした。さようなら」
「ジョシュア、行くな」

 とうとう来てしまったジョシュアがこの城を出ていく日、やっとジョシュアは俺の前に姿を見せた。
 何だその目の下の酷い隈は。何だその力ない目は。なぜ俺と目を合わさない? 俺はジョシュアの手を掴んだが、ジョシュアはその手をそっと解いた。
 冬ではないのに、その手はとても冷たかった。

「ヒューゴ様、私はフレイヤでやらなければならないことがあります。どうかご理解ください」
「ジョシュア……」

 ジョシュアは最後に無理やり作り笑いをして俺を見た。
 やらなければならないことがあるのなら、止めることはできない。しかしその作り笑いは、帰りたくないと思っているんだよな?

 俺に何も言わせないよう、すぐに背を向けて馬車に乗り込んでしまったジョシュアだったが、俺は見た。

 あの優しいジョシュアが馬車に乗る時、口を閉じていてもバタバタとうるさい従者の入った檻に近づいて、氷のような冷たい目線を向けて、何かの魔法で男の意識を奪うのを。
 それはジョシュアが、そいつを好いているわけではないと確信するには十分だった。

 言わなければならない。最後の望みをかけて、俺はジョシュアに伝えたいことがある。


「ジョシュア! 愛してる! 用事が終わったら戻ってこい! 俺と結婚してください!!」

 馬車は走り出してしまい、ジョシュアからの返事はなかった。
 結局俺は、ジョシュアの本心を何も聞くことができないまま、ジョシュアを見送ることになった。


 
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