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40.ヤーネの強行
しおりを挟むヒューゴ様の従者の部屋は、ヒューゴ様の寝室と繋がっているから危険だと、私は普段から、寝室を分けられた時に与えられた客間を使うようにしている。
私が目を光らせていると言っても、ヤーネの全ての行動を把握することは難しい。あの部屋にいて、万が一ヤーネがヒューゴ様の寝室に侵入して、何かを仕掛けたらと思ったら怖くなったんだ。
あの部屋はメイドのリサかアリーに衣装を取りに行ってもらう時以外は、鍵をかけてもらっている。ヒューゴ様の寝室もだ。
そして私はヤーネが何者か分からないため、騎士のマックにヒューゴ様の護衛を頼んだ。
ヒューゴ様は城の敷地内では護衛をつけない。それはヒューゴ様が強いということもあるんだが、城の中が安全だからだ。
街に出る時などは護衛を引き連れて行くんだが、それ以外は私も自由に1人で城の中を歩き回っている。
私もフレイヤの館では一人で自由に歩き回っていたから、どこの国でも同じなのかと思っていたが、ヤーネが「この国はフレイヤの王子を攫ったくせに護衛もつけずに一人で歩かせている。ひどい待遇だ。人間以下の扱いだ」などと言っていたから気になって聞いてみた。
フレイヤでは、王族でも下級貴族であっても、護衛に囲まれて歩いているのだとか。自分の屋敷でも一人で歩くことはないと、「そんなのはどこの国でも常識ですよ」なんて馬鹿にしたような物言いをされ、私はその時に初めて知った。
その時からだ。マックにヒューゴ様の護衛を頼んだのは。ヤーネは私が監視しておくにしても、最悪ヤーネが刺客を招き入れる可能性があるのでははないかと不安になったからだ。
私が側にいれば、咄嗟に結界を張れるかもしれないが、行動に移すとしたら私と一緒にいない時だろう。
そして私は気の抜けない日々を過ごしていて、少し疲れていた。それは言い訳か……
私が借りている客間のソファーに座って、客間にいるのだから大丈夫だろうと思っていた。
ソファーの背もたれにもたれて、ウトウトしていたんだ。
「お休みになるならベッドに行きましょう」
眠くて、誰のせいでこんなに疲れているのかと、腹立たしい気持ちでヤーネに「ああ」と適当な返事をした。
するとフワッと体が浮いた。
ん? なんだ?
「ジョシュア様、もういいですよね? 私もあなたと同じ気持ちですよ」
「うーん?」
「別に誰に咎められても、私はあなたさえいればいいんです。愛してます。ジョシュア様」
愛してます? は?
突然おかしな言葉が聞こえた気がして意識が浮上したが遅かった。
私はヤーネにベッドに押さえつけられていて、キスをされた。
ーーヒューゴ様に嫌われる。
ドゴオオオーーン!!
血の気が引いていき、不快とか怖いとかの感情より先にそんな思いが湧いてきて、私は風魔法でヤーネを吹き飛ばし、自分に結界を張った。
マックを吹き飛ばした時はまだ、怖いから押しのけようと思う程度だったんだが、今回は制御できなかった。
凄い音がして、客間の壁をぶち抜いて廊下の壁にヤーネがめり込んでいるのが見えた。
これだけ凄い音がしたんだから慌てて人が集まってくる。
ヒューゴ様も現れて、私に近付いてきたんだが、私は結界を解けなかった。
「あの男、ヤーネを牢へ」
震える声でそれだけしか言えなくて、ヒューゴ様の顔も見れなかった。
私の中で初めて憎むという感情が湧いて、全て消えてなくなればいいのにと思った。
もう終わりだ。迷惑もかけていたし、私ももう限界だった。城も壊してしまったし……。
馬車と檻を借りて、あの男を収監した檻と共にフレイヤに帰るしかない。
震える手で、城を壊した謝罪と、男を入れる檻とそれを運ぶ馬車を借りたいと、私もフレイヤに帰るとヒューゴ様に手紙を書いた。
どんなに頑張っても、終わる時は一瞬なんだな。
ヒューゴ様との約束を守れなかった。
いつも優しく抱きしめてくれたヒューゴ様を私は守りたい。他国の私を受け入れてくれた優しいこの国の人たちを守りたい。
そのためにも私はここにいてはいけない。
ヤーネをこの城から追い出すためにも、私はヤーネを連れてフレイヤに帰るしかないと思った。
それに、もう一つ私には国に帰る理由がある。
フレイヤは帝国を友好国だと思っているのか、歩み寄る気はあるのかを、国に帰り父上に確かめなければならない。
ヤーネのような者をなぜ送り込んだのか。全てをヤーネが独断で行っているとは思えなかった。
その返答によっては、ヒューゴ様に復興援助の中止を伝えなければならないし、フレイヤが帝国に悪感情があるのならば、その認識を改めてもらうよう説得しなければならない。
それでも無理なら、せめて帝国を守るための何か策を考え実行するしかない。
私はマックを呼んだ。
「ジョシュア様、ヒューゴ様の護衛は他の者に任せておりますのでご安心ください。私には何があったのかお話いただけるということですか?」
「マックにお願いがあります。ヤーネの持ち物を全て調べて下さい。服も全て剥いで」
「え?」
「きっと怪しい物が出てくる。毒や暗器、手紙などもあるかもしれない。それを全てヒューゴ様に報告して下さい」
「分かりました」
「それと、この手紙をヒューゴ様へ」
「畏まりました」
「ありがとう」
「また結果などお伝えにまいります」
その後、リサとアリーに別の客間に案内してもらうことになった。
「すみません。大切なお部屋をこんなことに……」
「ジョシュア様に怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です」
私は客間に向かうと、もう今日は何も考えたくなくて、ベッドに入ってすぐに眠った。
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