28 / 56
28.支配するのではなく好かれたい(ヒューゴ視点)
しおりを挟むフレイヤがジョシュアを隠していた理由がよく分かった。
一緒に風呂に入ったら、石鹸の使い方が分からないとかで清浄魔法をかけてくれた。
遠慮しているのか、湯船の端に小さくなって入る姿が可愛い。それでもきっと湯に浸かるのが好きなんだろう。少しうっとりとした表情を浮かべている姿もまた可愛かった。
そしてタオルが無いからと風魔法で乾かしてくれた。風魔法を使えば、ジョシュアの長い髪もすぐに乾くんだな。便利そうで羨ましい。
便利だというと、俺に「使わないのか」と聞いてきた。使いたいが使えないんだ。みんなそうだ。
風魔法をなんて使えたら格好いいから、誰だって一度は使いたいと思うし、子供の頃はもしかしたら使えるかもしれないと試したこともある。しかしやっぱり使えないし、周りに使える者もいなかったから聞くこともできなかった。
女神という存在に早く会いたくて、到着後すぐに謁見したが、何日も旅をしてきたはずなのに、城の謁見室に現れたジョシュアは汚れたり臭ったりはしなかった。きっと清浄魔法を使っていたんだな。
素肌にガウンを着ただけで、サッサと部屋を出て行こうとするジョシュアを引き止めて、メイドに着替えを持って来させた。
俺のものだと言っておきながら、ジョシュアは隙がありすぎる。きっと人の悪意を知らないからなんだろう。
本当に危なっかしい奴だな。
世話が焼ける奴だとため息をつきながら、世話を焼くことを楽しんでいる自分もいて、恋とは難儀な感情だと思った。
仕事をするようになって、ジョシュアは部屋を出ることが増えた。可愛いジョシュアが俺の知らないところで、虐められたりしているのではないかと心配になり、付いていくことにした。
ジョシュアが気付いていないだけで、手を出そうとしたり、嵌めようとしている者がいるかもしれない。
そんな俺の心配は杞憂に終わったんだが、どこへ行っても歓迎され、俺のものなのに親しげに話しているのが気に入らなかった。
子どもにも懐かれて、その美しい髪に触れることを許していた。
「俺のだ」
子を引き剥がし、睨みつけると、泣きそうになる子を乳母が回収していった。
これらは俺の血を分けた子だが、もうどれがどの女が産んだ子なのかも分からないし、煩いし汚いし可愛いとも思えない。だから俺はここへは近づくこともなかった。
他人の子を前にニコニコしているジョシュアも分からないし、なんなら俺の前にいる時より、ニコニコしているジョシュアにも腹が立つ。
そんな空気を察したのか、ジョシュアはすぐに引き上げて、庭師のところや薬師のところ、経理のところを回り、メイドの休憩室にまで寄った。
俺はこんな部屋があることも知らなかったぞ。
他の者と仲良く話している姿が気に入らなくて、邪魔をしたのは大人気ないとは思ったが、止められなかった。
あんなのはジョシュアがしなくてもいいのにと思ったら口に出ていた。
「そんなのは経理がやればいいんじゃないのか?」
「私がみなさんの話を聞いてみたかったんです。フレイヤにいた頃は関わる者も限られていたので、今はとても楽しく過ごさせてもらっています」
「そうか。楽しいのか」
「楽しいですよ」
嬉しそうに話すから、俺は彼の願いを叶えてやりたいと思った。ジョシュアは何も欲しがらないが、望むものがあれば与えてやりたい。
宝石を欲しがる女とは違う。あれは黙らせるためにその煩い口を塞ぐために、機嫌を取るために買ってやっていたが、ジョシュアには喜ぶことをしてやりたいと思った。
そして、ずっと俺のものでいてほしいと思った。
「お前は俺のものだ」
「はい」
何の迷いもなく「はい」と即答するジョシュアの姿に満足した。
「ジョシュア、部屋を移動しろ」
「え? 私は邪魔ですか? すぐに出ていきます」
そんなわけないのに。伝わらないものだな。
皇帝の正妃となる者が使う部屋を使わせてやることにした。きっとこれはジョシュアの喜ぶ顔が見れる。そんな期待も込めてのことだった。
「違う。今は客間だろ? 俺の隣の部屋を使え」
「はい」
隣の部屋というだけでは分からないか。
いつも通りの「はい」という返事だった。それなら見せてやるよ。見れば分かるだろう。
「ほら、行くぞ」
逸る気持ちを抑えきれず、俺はジョシュアの手を取って、寝室から内扉で繋がる部屋へ向かった。
寝室に続く扉がある部屋なんだから、意味は分かるだろ?
「これからはこの部屋を使え」
どうだ、嬉しいか? そんな気持ちで堂々と案内したのに、ジョシュアは何の感情の変化も見せず、ニコリともせず静かに「はい」とだけ答えた。
嬉しくないのか? なんでだ? 皇帝である俺の正妃が使う部屋だぞ?
俺がジョシュアのことを、大切にしているという気持ちを表したつもりだったのに、何の反応もないのは悲しすぎる。
いやしかし、いきなりのことに戸惑っているだけかもしれない。そう思って残念な気持ちのまま、メイドにジョシュアの荷物を運ぶよう頼んだ。
家具はジョシュアの好みのものをこれから揃えていけばいい。
執務室のソファーに移動し、リンゴのタルトを薦めると、美味しいと言って微笑んでいた。
俺はその顔が見たかった。
部屋より菓子のがいいのか?
まあ、ジョシュアの喜ぶ顔が見れたんだから、よしとしよう。
ジョシュアを抱きしめているときが最近の至福の時だ。この華奢な体、よく諜報部と森の中を進んでこれたものだ。
抱き抱えられて運ばれたとしても、怖かっただろうに、無事俺のところまで来てくれてありがとう。そんな思いでジョシュアを背後からギュッと抱きしめた。
「あっ……」
なぜかモゾモゾしているから、首筋にキスをしたら甘い声をあげた。
「ジョシュア、可愛いな。こっちを向いて座れ」
そんな声を聞いたら我慢できなくなるだろ。わざとなのか?
欲情しないように背後から抱きしめていた意味がない。キスがしたい。夜まで待てないかもしれない。
でも今はまだキスだけで我慢しよう。
そう思っていたのに、ジョシュアにキスしろというと、少し瞳を揺らしてから、俺の頬を両手でそっと包んで唇を重ねた。
ジョシュアの舌が、一生懸命俺の口の中を撫でているのが可愛くて、やっぱり我慢できなくなった。
ジョシュアを抱き上げて寝室に運ぶと、ベッドに押し倒して唇を奪い、シャツのボタンを外して、感度の良いジョシュアの胸に唇を這わせる。
必死に声を押し殺して、それでも体は正直に反応してくれる。本当に可愛い。
そう思ってジョシュアの顔を見ると、涙が流れた跡が見えた。
やり過ぎたか?
怖がられるのは困る。俺はこいつを支配したいわけじゃない。好かれたいんだ。
「ダメだ。仕事をしよう」
「はい」
ジョシュアは服のボタンを留めようとするんだが、指先が震えていた。反省しながらジョシュアのシャツのボタンを留めて、着衣の乱れを直して、起き上がるのも手伝った。
「俺が怖かったのか?」
「え? 怖くないです」
「そうか。ゆっくり進めるか」
よく分からないという表情のジョシュアだったが、怖くないならよかった。
ゆっくり進める、か……。そんな風に俺が思うようになるとは。
各地から集めた美女は、当然皇帝である俺を拒絶するわけがないと、泣こうが嫌がろうが無理に行為を進めた。
薄っぺらい愛の言葉が嫌いだったが、彼女たちが俺を愛していなくても当然だったのかもしれない。金目当ての女もいたが、あれらも同じだ。
俺も愛していなかったんだから、お互い様だったんだな。
なあジョシュア、俺がお前を愛したら、お前も俺を愛してくれるのか?
お前を喜ばせたら、お前は俺に心をくれるのか?
大切にするから、ずっと側にいてくれ。
363
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる