【完結】女神と称された王子は人質として攫われた先で溺愛される

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28.支配するのではなく好かれたい(ヒューゴ視点)

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 フレイヤがジョシュアを隠していた理由がよく分かった。
 一緒に風呂に入ったら、石鹸の使い方が分からないとかで清浄魔法をかけてくれた。
 遠慮しているのか、湯船の端に小さくなって入る姿が可愛い。それでもきっと湯に浸かるのが好きなんだろう。少しうっとりとした表情を浮かべている姿もまた可愛かった。

 そしてタオルが無いからと風魔法で乾かしてくれた。風魔法を使えば、ジョシュアの長い髪もすぐに乾くんだな。便利そうで羨ましい。

 便利だというと、俺に「使わないのか」と聞いてきた。使いたいが使えないんだ。みんなそうだ。
 風魔法をなんて使えたら格好いいから、誰だって一度は使いたいと思うし、子供の頃はもしかしたら使えるかもしれないと試したこともある。しかしやっぱり使えないし、周りに使える者もいなかったから聞くこともできなかった。

 女神という存在に早く会いたくて、到着後すぐに謁見したが、何日も旅をしてきたはずなのに、城の謁見室に現れたジョシュアは汚れたり臭ったりはしなかった。きっと清浄魔法を使っていたんだな。

 素肌にガウンを着ただけで、サッサと部屋を出て行こうとするジョシュアを引き止めて、メイドに着替えを持って来させた。
 俺のものだと言っておきながら、ジョシュアは隙がありすぎる。きっと人の悪意を知らないからなんだろう。
 本当に危なっかしい奴だな。

 世話が焼ける奴だとため息をつきながら、世話を焼くことを楽しんでいる自分もいて、恋とは難儀な感情だと思った。

 仕事をするようになって、ジョシュアは部屋を出ることが増えた。可愛いジョシュアが俺の知らないところで、虐められたりしているのではないかと心配になり、付いていくことにした。
 ジョシュアが気付いていないだけで、手を出そうとしたり、嵌めようとしている者がいるかもしれない。

 そんな俺の心配は杞憂に終わったんだが、どこへ行っても歓迎され、俺のものなのに親しげに話しているのが気に入らなかった。
 子どもにも懐かれて、その美しい髪に触れることを許していた。

「俺のだ」

 子を引き剥がし、睨みつけると、泣きそうになる子を乳母が回収していった。
 これらは俺の血を分けた子だが、もうどれがどの女が産んだ子なのかも分からないし、煩いし汚いし可愛いとも思えない。だから俺はここへは近づくこともなかった。
 他人の子を前にニコニコしているジョシュアも分からないし、なんなら俺の前にいる時より、ニコニコしているジョシュアにも腹が立つ。

 そんな空気を察したのか、ジョシュアはすぐに引き上げて、庭師のところや薬師のところ、経理のところを回り、メイドの休憩室にまで寄った。
 俺はこんな部屋があることも知らなかったぞ。

 他の者と仲良く話している姿が気に入らなくて、邪魔をしたのは大人気ないとは思ったが、止められなかった。
 あんなのはジョシュアがしなくてもいいのにと思ったら口に出ていた。

「そんなのは経理がやればいいんじゃないのか?」

「私がみなさんの話を聞いてみたかったんです。フレイヤにいた頃は関わる者も限られていたので、今はとても楽しく過ごさせてもらっています」
「そうか。楽しいのか」
「楽しいですよ」

 嬉しそうに話すから、俺は彼の願いを叶えてやりたいと思った。ジョシュアは何も欲しがらないが、望むものがあれば与えてやりたい。
 宝石を欲しがる女とは違う。あれは黙らせるためにその煩い口を塞ぐために、機嫌を取るために買ってやっていたが、ジョシュアには喜ぶことをしてやりたいと思った。
 そして、ずっと俺のものでいてほしいと思った。

「お前は俺のものだ」
「はい」

 何の迷いもなく「はい」と即答するジョシュアの姿に満足した。

「ジョシュア、部屋を移動しろ」
「え? 私は邪魔ですか? すぐに出ていきます」

 そんなわけないのに。伝わらないものだな。
 皇帝の正妃となる者が使う部屋を使わせてやることにした。きっとこれはジョシュアの喜ぶ顔が見れる。そんな期待も込めてのことだった。

「違う。今は客間だろ? 俺の隣の部屋を使え」
「はい」

 隣の部屋というだけでは分からないか。
 いつも通りの「はい」という返事だった。それなら見せてやるよ。見れば分かるだろう。

「ほら、行くぞ」

 逸る気持ちを抑えきれず、俺はジョシュアの手を取って、寝室から内扉で繋がる部屋へ向かった。
 寝室に続く扉がある部屋なんだから、意味は分かるだろ?

「これからはこの部屋を使え」

 どうだ、嬉しいか? そんな気持ちで堂々と案内したのに、ジョシュアは何の感情の変化も見せず、ニコリともせず静かに「はい」とだけ答えた。
 嬉しくないのか? なんでだ? 皇帝である俺の正妃が使う部屋だぞ?
 俺がジョシュアのことを、大切にしているという気持ちを表したつもりだったのに、何の反応もないのは悲しすぎる。

 いやしかし、いきなりのことに戸惑っているだけかもしれない。そう思って残念な気持ちのまま、メイドにジョシュアの荷物を運ぶよう頼んだ。
 家具はジョシュアの好みのものをこれから揃えていけばいい。

 執務室のソファーに移動し、リンゴのタルトを薦めると、美味しいと言って微笑んでいた。
 俺はその顔が見たかった。
 部屋より菓子のがいいのか?
 まあ、ジョシュアの喜ぶ顔が見れたんだから、よしとしよう。

 ジョシュアを抱きしめているときが最近の至福の時だ。この華奢な体、よく諜報部と森の中を進んでこれたものだ。
 抱き抱えられて運ばれたとしても、怖かっただろうに、無事俺のところまで来てくれてありがとう。そんな思いでジョシュアを背後からギュッと抱きしめた。

「あっ……」
 なぜかモゾモゾしているから、首筋にキスをしたら甘い声をあげた。

「ジョシュア、可愛いな。こっちを向いて座れ」

 そんな声を聞いたら我慢できなくなるだろ。わざとなのか?
 欲情しないように背後から抱きしめていた意味がない。キスがしたい。夜まで待てないかもしれない。
 でも今はまだキスだけで我慢しよう。

 そう思っていたのに、ジョシュアにキスしろというと、少し瞳を揺らしてから、俺の頬を両手でそっと包んで唇を重ねた。
 ジョシュアの舌が、一生懸命俺の口の中を撫でているのが可愛くて、やっぱり我慢できなくなった。

 ジョシュアを抱き上げて寝室に運ぶと、ベッドに押し倒して唇を奪い、シャツのボタンを外して、感度の良いジョシュアの胸に唇を這わせる。

 必死に声を押し殺して、それでも体は正直に反応してくれる。本当に可愛い。
 そう思ってジョシュアの顔を見ると、涙が流れた跡が見えた。
 やり過ぎたか?

 怖がられるのは困る。俺はこいつを支配したいわけじゃない。好かれたいんだ。

「ダメだ。仕事をしよう」
「はい」

 ジョシュアは服のボタンを留めようとするんだが、指先が震えていた。反省しながらジョシュアのシャツのボタンを留めて、着衣の乱れを直して、起き上がるのも手伝った。

「俺が怖かったのか?」
「え? 怖くないです」
「そうか。ゆっくり進めるか」

 よく分からないという表情のジョシュアだったが、怖くないならよかった。
 ゆっくり進める、か……。そんな風に俺が思うようになるとは。

 各地から集めた美女は、当然皇帝である俺を拒絶するわけがないと、泣こうが嫌がろうが無理に行為を進めた。
 薄っぺらい愛の言葉が嫌いだったが、彼女たちが俺を愛していなくても当然だったのかもしれない。金目当ての女もいたが、あれらも同じだ。
 俺も愛していなかったんだから、お互い様だったんだな。

 なあジョシュア、俺がお前を愛したら、お前も俺を愛してくれるのか?
 お前を喜ばせたら、お前は俺に心をくれるのか?
 大切にするから、ずっと側にいてくれ。

 
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