【完結】女神と称された王子は人質として攫われた先で溺愛される

9.欲とキス（ヒューゴ視点）

　
　この男は本当に美しい。
　女であればすぐにでも妃にしたのに。

　側に置くようになったが、彼は置物のようにそこにいるだけだ。余計なことを言ったり、ベタベタすることもないし、大人しく座っている。
　だからお気に入りの美術品のように、たまに眺めては目の保養としてそこに置いている。

　この透明感は凄いな。汚れを知らないその瞳。彼が欲を持つことはあるんだろうか？
　気になって聞いてみた。
　女や男を抱いたことがあるのかと。彼は無いと言った。しかし男に抱かれたことはあるという。

　離宮に閉じ込められていたはずなのに男遊びはしていたということか？　それとも美しさに目が眩んだ使用人や、護衛騎士などに手を付けられていたんだろうか？
　気になった俺はさらに突っ込んだ質問をしてみたら、彼を抱いたのは迎えにきた帝国の人間だとか。

　無性に腹が立った。別にこいつが誰かに抱かれたことに腹を立てたのではなく、俺のものに手を出したということに腹が立った。
　諜報部を探して、とりあえず一発ずつ殴ってやった。

「陛下、どうされたんですか？　我らに何か不手際が？」
「惚けるな！　俺のものに手を出したな？」
「いえ、そんなことしていません。何かの間違いです！」
「あいつは言ったぞ。お前らに抱かれたと」
「は？　あいつってジョシュア様ですか？　抱いてませんし、あり得ません。話をさせてください」

　必死な様子の四人を連れて部屋に戻ると、あいつは立ち尽くしていた。
　そして引き摺ってきた四人を見つけると、嬉しそうな顔で「久しぶり」と言った。俺には見せたことのない笑顔でだ。
　俺より先にこんな奴らに抱かれておいて、嬉しそうな顔などしやがって、本当に憎らしい。

「ジョシュア様……我らはあなたを抱いてはいませんよね？」
「え？　抱き抱えて走ってくれましたよ。忘れてしまったんですか？」
「ほら、陛下。抱く違いですって。俺らはジョシュア様に手など出してませんから」

　は？　抱き抱えて走った？
　だから足が遅いとか何とか言っていたのか。
　こいつは本当に知らないんだな。

「紛らわしい！　もういい。出ていけ！」
　俺は諜報部の四人を追い出すと、自分の勘違いが恥ずかしくなった。

「なるほど。お前は知らんのだな。閉じ込められていたから遊びを知らんということか。可哀想に思えてきた」

　こいつに本当に何の知識もないのかが気になった。不安そうにしている顔も本当に綺麗で、こいつなら男でもいけるんじゃないかとさえ思えてくる。

「お前の美しい顔を見ていると、男だがキスくらいならできそうな気がしてきた」
「キス？」
「こっちに来い」
「はい」

　緊張しながら俺の目の前にきて、俺より少し背の低い彼は俺を見上げた。俺が頬に触れたのに彼は目を閉じない。

「目を閉じろ」
「はい」

　唇が合わさる。柔らかいな。それに女と違って紅の油臭さがない。俺の唇に紅がつくこともない。
　これは美しければ男でもいけるのかどうかを確かめるためだから、触れるだけのキスにした。それなのに、唇を離しても彼は目を閉じたままでいる。

「もういいぞ」
「はい」

　彼が目を開けると、綺麗な青色の瞳と至近距離で目が合って、慌てて頬に触れていた手を離した。
　柔らかく滑らかな肌だった。

「どうだった？」
「ヒューゴ様の手が大きくて温かくて、唇に何か当たりました」

　何でそんなことを聞いたのか、自分でも驚いた。しかし、彼から返ってきたのは、俺の手の感想だ。キスは、何かが当たったとだけ表現されて、少しモヤモヤした。
　知らないとはこういうことなんだろう。

　机に向かって仕事を始めると、彼はしばらく俺を眺めていた。
　俺なのか、頬に触れた俺の手なのかは分からないが、視線だけはずっと感じている。少し擽ったいな。