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3.皇帝サイド(皇帝ヒューゴ視点)
しおりを挟む「俺のことを愛しているか?」
「もちろんです。愛しています」
「チッ、やる気が失せた。俺は部屋に帰る」
「陛下?」
女の「愛しています」なんて言葉ほど薄っぺらいものはない。
俺は何でも持っているのに、何でも与えているのに、何が不満なのか俺を見て怯えた目をする。
心にもないことを……
また違う女を探すか。
「大臣、最近連れてきた踊り子の女にも飽きた」
「左様でございますか」
「適当に金でも握らせて放逐しろ」
「畏まりました」
こうして何人の女を城に呼び、そして手放してきたか。
美しいものは好きだ。女の柔らかい肌も。初めて抱く時は緊張している様子も可愛いと思うんだが、何度抱いても変わらないと面白くなくなる。
手放した女が俺の子を妊娠している場合は、産まれてすぐに子だけ城で引き取る。俺の血を分けた子だからな。何人かいるから、そのうちの1人くらいは俺の後を継げるだろう。
「宰相、どこかに美女の噂はないか?」
「またですか? 先日の踊り子の女はどうしたんです?」
「ああ、あいつならもう追い出した」
「そうですか。陛下が食い散らかしたせいで、もう帝国にはあなたが求めるような美女はいませんよ」
「じゃあ、帝国の外から連れて来い。俺の妃になれるかもしれないんだから喜んで来るだろ」
国中から美女の噂を集めては城に連れてきたが、宰相に「もういない」と言われた。
国外か。期待はしていないが数日楽しめればいい。
そんな退屈な日々を過ごしていると、たまに来る宝石売りが面白い話を持ってきた。
何でもフレイヤ王国には「女神」と呼ばれる者がいるらしい。どこにも出さずに王が城に閉じ込めて守っているのだとか。
あくまで噂の域を出ないが、それほどの女、是非とも嫁に欲しい。それに王族なら俺の妃にピッタリではないか。
さっそく俺はフレイヤ王国に手紙を書いた。
女神と呼ばれる者を嫁にもらいたいと。
フレイヤ王国など、帝国に比べたら半分以下の小さな国だ。帝国と関係が築けるとなれば喜んで姫の1人や2人差し出すと思っていた。
それなのに、フレイヤからの返答は断りの内容だった。そんな者はいないので無理だと。
やはりただの噂か。
それでも確かめたいと思い、俺は密偵を送った。
女神という者が存在するのか、本当に美しいのか確かめてこいと。
ただの噂で、存在しないのであれば仕方ない。
しかし、いるのにいないと嘘をつき断ったのだとすれば、到底許すことはできない。
いるが夫がいるとか、幼いとか、歳をとっているとか、そんな理由で断られるならまだしも、嘘をつかれるのは気分が良くない。
しばらくすると密偵は戻ってきた。
「陛下、女神と呼ばれる者はおりました。城に専用の離宮があり、そこから一歩も出ないよう管理されております。その者と接触できるのも限られた者だけのようです」
「それほど大切に育てられているのか。しかし閉じ込められて可哀想だな。それで容姿は? やはり女神のように美しいのか? 髪色や目の色は?」
「髪は綺麗な水色でした。目は深い青で、確かに女神と称されるほどの美しい容姿ではありました。ただーー」
「分かった。その先は言わずともいい。それにする。俺の妃にしよう」
俺は密偵のその先の言葉を遮って、俺の妃として迎えることを決めた。
どうせ我儘だとかそういったことだろう。別にそんなことは大きな問題ではない。何でも買い与えてやるし、我儘くらい聞いてやる。
ーー後に俺は、密偵の言葉を遮ったことを後悔することになるんだが、この時は知らずにいた。
俺は嘘をついていたことを咎める内容と、すぐに女神を寄越すようフレイヤ王国に手紙を書いた。
それなのにフレイヤ王国は嘘をついたことを謝りもせず、俺の要求を跳ね除けた。
話が分からない奴も、俺の手を煩わせる奴も嫌いだ。面倒だと武力行使に出ることを決めた。
あのような小国に勝ち目などない。ちょっと攻撃すれば、すぐに女神を差し出してくると思ったんだが、フレイヤはなかなかにしぶとかった。
本気で国を潰しにかかっているわけではない。小競り合い程度に止めてはいるが、そこまでして守られている女神が気になって仕方ない。
差し出されれば、すぐにでも城に連れ帰れるよう、国境には迎えの馬車と護衛騎士を待機させた。
長引くのは面倒だと、俺は先に城に帰って待つことにした。しかし本当にフレイヤはしぶとく、頑なに女神を渡すことを拒んだ。
女神は戦争を起こされても、戦争が長引いて被害が出ても、鳥籠から出ないつもりか? 密偵にそれを探ってくるよう言い、女神を連れ帰るよう指示を出した。
そこから半月ほど経過すると、国境に女神が着いたとの連絡が入った。
小競り合い程度とはいえ、1人の女を手に入れるために戦争まで起こした。これほどまでに手に入れるのに苦労した女はいない。会えるのが楽しみだ。
仕方ないから、フレイヤ王国には女神を貰い受ける代わりに攻撃の中止と、今後攻め入ることはないと手紙を書いた。元々争う気はなかったし、必死に守ってきた女をくれたのだから、それくらいはしてやろうと思った。
「先方が到着されました」
「すぐに通せ」
王家の姫なのだからと、俺は謁見の間で彼女を迎えることにした。身だしなみを整え、新しく誂えた衣装を身に纏い、一段高い位置に置いた椅子に座って待つ。
柄にもなく俺は少し緊張していた。
その者は、護衛たちに囲まれて入ってきたが、美しいとされる水色の髪しか見えなかった。
そして護衛たちが捌けると、そこに現れたのは……
「は?」
男? 確かに美しいが、男に見える。いや、男装をしている女なのか?
真っ白な正装に身を包んだその人物は、凛とした立ち姿ではあるものの、不安そうな表情で俺を見た。
「俺はフェデーリ帝国皇帝ヒューゴ・フェデーリだ。其方は?」
「私はジョシュア・フレイヤです」
声も低い。女の甲高い声ではないように思うが、低音なだけなのか? 「女なのか?」などと聞くのは失礼に当たるだろう。どうやって性別を聞けば失礼に当たらないかを、頭をフル回転させて考えていた。
「ジョシュア、お前がフレイヤの女神で間違いないか?」
「はい。そう呼ばれているようです。女神なんて、おかしいですよね。私は男なのに」
やはり男か。自ら答えてくれたが、男……
戦争まで起こして手に入れた女神が男……
不可侵まで約束して、すぐに返すこともできない……
「おい、男だと? どういうことだ?」
隣にいた宰相の胸ぐらを掴んで静かな怒りを向けたが、「陛下が望まれたのだと聞いていますよ」と涼しい顔で躱された。
確かに望んだが、それは美女だと思ったからだ。
「出ていけ。客間でも与えて閉じ込めておけ!」
「はい。すぐに!」
護衛に守られながら退場していく女神と呼ばれる男を見送ると、俺は周りに当たり散らしながら、ドスドスと音を立てて大股で歩いて部屋に戻った。
むしゃくしゃしてメイドにも当たって、壺を一つダメにした。
それでも怒りは収まらず、騎士団の訓練場まで行って、その辺にいた奴らを木剣でボコボコにした。
クソッ
俺は男のために戦争を起こし、男のために服を誂え、髪まで整えたのかと思うと、自分にも腹が立って仕方なかった。
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