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11.二人のこと

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 明日はタツミの家に行くのに、体調不良は嫌だな。
 その日の夜は眠れなかった。タツミの鋭い目とか、触れてしまった手の感触とか、変なことばかり思い出してベッドをゴロゴロと転がっていたら朝になってた。

 朝、タツミはいつも学校に行く時間に迎えにきた。早すぎるだろ。起きてたからいいけどさ。こんな朝早いのに準備万端だったのは、早く会いたいとかとか思ったわけじゃない。違う。絶対違う。ただ、寝れなくて、いつの間にか朝だっただけだ。

 タツミの家は3度目で、慣れているというほどではないけど何度かきてる。それなのに、今日は妙な緊張感があって戸惑った。

「そこ、兄貴が荷物置いてるから気をつけて。なんか退かすと怒るんだよな」
 うんうんと頷いていたけど、僕はそれをちゃんと聞いていなかった。

 うぉっ!
 僕は荷物に躓いて転びそうになった。

「危ない!」
 そう言ってタツミが支えてくれたから、僕は倒れずに済んだんだけど、なんていうかタツミに抱きつく格好になってる。

「ご、ごめん」
「ササ、大丈夫か?」
「うん。それより、放せよ」
「無理だろ」

 無理? なんでだ? 意味が分からない。

「は? なんでだ?」
「俺はもう手を放してる。しがみついているのはササだぞ?」
「……そ、そうだな」

 僕? 確かに僕がしがみついているな。タツミの両手は降参するように顔の横にあげられていた。

「離れないなら抱きしめていいか?」
「え?」

 僕の返事を聞く前に、タツミは僕の背中に手を回した。
 温かい。いや、そうじゃなくて……ダメだ。認めたくなかった。

 僕はタツミのことが……
 でもまだ悪あがきしたかった。

「嫌だ。放せ、タツミ。こんなことされたら好きになっちゃうから、やめろ……」
 情けないくらい尻すぼみに小くなる声。

「俺のこと好きになれよ」

 僕は逃れようと必死に暴れたけど、タツミの言葉に動きを止めた。

「タツミ、もしかして僕のこと好きなの?」
「なんだよ今更だろ?」
「そ、そうなの?」
「ササお前さ、鈍感なの?」
「あー、うん、そう、かもしれない」

 マジ? そうなのか。じゃあ別に僕がタツミのこと好きになってもいいんじゃん。なんなら両思いなんじゃねぇの?

 この前クラスの奴に「キスでもされたか?」とか言われたのを思い出した。急に意識して、それはまだ早いだろと思って、キスしたいとか言われたわけでもないのに、僕は逃れようとした。

「俺のこと好きになった?」
「え?」
「好きになるまで離さない」
「じゃあ今すぐ離してよ。もう好きだし」
「そうか。嬉しい。離さない」
 タツミは結局離してくれなかった。

「好きになるまでって言ったじゃん」
「もう一回言って。俺のこと好きって」
「嫌だよ。僕だって言われたことないし、不公平!」

 何言ってんだよ僕。好きって言って欲しいみたいなこと言って、恥ずかしい。

「ミノリ好きだよ」

 なんでいきなり名前呼び? 今まで一回もそんな風に呼んだことなかったじゃん。僕はもうタツミに抗えなくなって、タツミのシャツをギュッと掴んだ。
 いつもは名前で呼ばれんの嫌なのに、タツミに呼ばれるのは嫌じゃなかった。
 ずるい。そんな風に言われたら、離れたくないって思っちゃうじゃん。
  本当にこいつは僕をイラつかせる。イラつかせて、そして僕の心を奪っていく。

「ミノリは言ってくれないの?」
「言わない」

 だって、言ったら離れるんでしょ?
 じゃあ言わない。少しでも長く、この腕の中にいたいから。
 そんなことを考えてしまう自分に戸惑いながらも、シャツを掴んでいた拳を解いて、しっかりタツミにしがみついた。

「言うまで離さないからな」
「いいよ」
「もしかして、離さないでほしかったのか? 可愛いな。言っても離さないから、言って」

 もう逃げ場を全部奪われた。言い訳したいのに何も出てこない。言わない理由を探すより、一言告げる方が楽だ。それでもなかなか僕の口は開かなかった。

「……タツミ、好き」
「うん。ありがとう」

 ようやく覚悟を決めて言葉にすると、信じられないくらい優しい声が上から降りてきた。
 心臓の音が聞こえそう。なんか喋れよ。
 無言になるなよ。ドキドキしてんのバレたら恥ずかしいだろ?

「な、なぁ、いつからだ?」
「何がだ?」
「タツミ、いつから僕のこと好きなの?」
「……ずっと前」
「は? そんなんじゃ分かんねぇだろ? 僕がボコられて連れ帰った日か?」

 もしかして僕に一目惚れしたのか?
 ボコボコだったけど。

「それより前」
「え? そんな前に知り合ってたか?」
「ミノリが入学してちょっと経った時」
「なんかあったっけ?」

 こんな怖い顔の奴に絡んでたら、覚えてないはずないと思ったけど、ドキドキして頭が上手く回らなくて、全然思い出せなかった。

「科学室に行くとき、筆箱落としたら拾ってくれた」
「覚えてねぇけど、そんなことで?」
「俺は周りに避けられるから、拾って近寄ってきて、渡してくれたのが嬉しかった」

 なんか、不憫だな。真面目で優しい奴なのに。

「あの日さ、タツミに助けられた日、僕は弱ってた。それなのに襲わなかったんだな」
「そんなことできるわけない」
「そうなのか」
「でもどうしても側にいたくて、一緒のベッドで寝たのは許してほしい」

 僕のこと可愛いって言うけど、お前のが可愛いじゃねぇか。やっと聞けた「一緒にいたい」って。そっか、そんな前からタツミは僕と一緒にいたかったんだな。ジワジワと温かい気持ちが広がって、イライラもモヤモヤも溶けていった。

「別にいい。元々怒ってねぇし。喧嘩したことないのに僕のこと守ろうとしてくれたんだろ?」
「手を出されたらどうなったか分からないが、みんなチラッと見るだけで、こっちには来なかったからよかった」

 さすが泣く子も黙る顔面凶器。
 今は僕の彼氏だけど。彼氏……ヤバイ、実感したらまたドキドキしてきた。

「無茶すんなよ。喧嘩したことねぇのに」
「喧嘩したことなくても、ミノリのこと守りたいんだ」
「タツミは男前だな。喧嘩は僕に任せて。危ないから手出すなよ」
「喧嘩はしないでほしい。心配だから」


 そんなことを言っていたけど、僕が返り討ちにした奴らが、たまに僕の行手を阻んでくることがある。
 そんな時は、タツミには絶対に手を出すなと言明して後ろに下がってもらい、僕だけで対応する。

 僕は後ろに守る奴がいるんだから絶対に負けられない。気合いも入るし、どんどん強くなった。

 それなのに、最強伝説と言われるのはタツミなんだ。僕が戦ってるのに、僕みたいな見た目が弱い奴に倒されたのが恥ずかしいらしくて、みんなタツミにやられたと言うらしい。

 チッ僕がやってるのに。

「ササ、皇帝が来たぞ」

 廊下の鎮まり具合でタツミがこっちに向かってくることが分かる。するとクラスの奴らは僕にそう告げる。タツミは旦那から皇帝に昇格したらしい。ちなみに僕は妃だってさ。

 もうなんでもいいよ。
 僕たちは仲良しだから。

「今日のお弁当何?」
「ミノリの好きなもの」
「全部好きだから分かんねぇよ。あ、タコさんウインナーだろ」
「正解。他にも色々あるけど、それは開けてからのお楽しみだ」



(終)
 
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