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8.苛立ちと喧嘩
しおりを挟む「ミノリちゃんは馬鹿だな」
「おい、下の名前を呼ぶんじゃねえ!」
僕は「ミノリちゃん」などと呼んだ野郎の胸ぐらを掴んだ。馬鹿とか言われるより、この女の子のような名前を呼ばれる方が嫌だ。しかもちゃん付けとか揶揄われているとしか思えない。
「まあまあまあ」
間に入った奴に宥められて、僕は仕方なく胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「そんなの決まってんじゃん、タツミはお気に入りのササを守りたいってことだろ」
「そうそう。ササの怪我が治るまでは側にいて守ってやろうとしてんじゃん? 愛されてるね~」
「え? そうなの?」
「ミノリちゃん」と呼ばれたことさえ、どうでも良くなるくらいの衝撃だった。目をパチパチと瞬いて、自分が今見ている景色が夢じゃないかを確認してしまうくらいに衝撃的だった。
マジかよ。タツミ、お前なんで僕のこと守ろうとしてんだよ。お気に入りだからか?
友達なんだよな? 大切な友達ってことか? だいたいお気に入りってなんなんだよ。
……あと1週間とタツミは言った。怪我が治る頃に去るつもりか? なんなんだよ。本当に腹立たしい奴。
友達ならずっと一緒にいればいいじゃん。
「タツミ、1週間経っていなくなったら、僕の昼はどうすんだよ」
「朝、ササの下駄箱に入れておく、というのはどうだ? 誰にも見られないようにするし」
「違うだろ」
「すまん。下駄箱は衛生的に問題があるか」
そうじゃない。お気に入りだから一緒にいたいって言えばいいだろ。なんで言わないんだよ。違うのか? 僕の自惚なのか? それともクラスのやつが僕を揶揄っただけか?
「僕と一緒にいたくないの? 一緒に弁当食べたくないの?」
「そんなことは……」
タツミの返事は、歯切れの悪い返事だった。
「もういい」
僕は弁当をかき込むと、「ごちそうさま」と言って逃げるように教室に戻った。
タツミは追いかけてこなかったし、「一緒にいたくないの?」なんて聞いてしまった自分が恥ずかしくて、もうタツミの前に行けないと思った。
「あれ? ササ今日は早いじゃん。怖い旦那と喧嘩でもしたか?」
「誰が旦那だよ!」
こいつらが余計なことを言うから。だから僕は、タツミに変なことを言うことになったんじゃないか。元凶はこいつらじゃねぇか。クソッ。
「そうイライラすんなって。夫婦喧嘩は犬もなんとかって言うだろ?」
「だから旦那でも夫婦でもねぇんだよ!」
「ササはご機嫌斜めらしい。そっとしておくか。旦那になんとかしてもらうしかねぇな」
「タツミと喧嘩とか怖いな。教室に乗り込んできたりするんじゃねぇか?」
「触らぬ神に祟りなし。俺は関係ない。今日はすぐ帰るぞ」
「だな、それがいい」
まったくこいつらは、僕とタツミのことを面白おかしく言いやがって。それにまんまと乗せられた僕も僕だ。
もう何なんだよ。本当にイライラする。
午後の授業が終わると、クラスの奴は引き潮が引くようにサーっと帰っていった。タツミが押しかけてくるのが怖いらしい。
来ねぇだろ。
僕だけ1人教室に取り残されて、仕方なく1人で帰ることになった。
マジで人の気持ちを考えてないタツミにも、クラスの奴らにもイライラする。
暴れたい。
その辺の石をコツンと蹴りながら、不貞腐れた気分で歩いていると、こんな時にタイミングよく他校の奴らに囲まれた。よく分かってんじゃん。空気読む奴は好きだぞ。
「へぇ、こいつがあのタツミのお気に入りか」
「可愛いじゃん。震えてんの? 泣いてもいいよ。ギャハハ」
うぜぇ、久々の喧嘩に笑いが漏れそうになって、肩を震わせていると、怖くて震えてると勘違いされた。
見た目で舐められんのは慣れているが、今日は元々虫の居所が悪かったし、見たことない奴らだと思ったら、僕じゃなくタツミ目当てだったってことが、余計僕を苛立たせた。
「誰か知らないけどさ、群れないと僕1人囲めないとかどんだけ弱いの? 弱虫ちゃんたちは早くお家帰って、ママにヨシヨシしてもらったら~?」
「てめぇ舐めた口ききやがって!」
ああ久しぶりの喧嘩だ。
拳を振り上げて襲いかかってくる奴らを、ヒョイっと避けて隙だらけのボディーに一発喰らわす。次々襲いかかってくる拳や蹴りを避けて、低めの身長と速い足を活かして次々と返り討ちにしていく。
この少しの緊張感と振り抜く拳が気持ちいい。僕のストレス発散に付き合ってくれてありがとね! 暇つぶしくらいにしかならなくても、ちょっとは楽しかったよ!
そんな気持ちで拳を繰り出してると、僕を囲んでた奴らが、顔色を変えて後退り始めた。
は? 僕の実力を知って恐れをなしたか。バカめ。
視線の行方をよく見てみると、僕を通り過ぎて、後ろの方を見ているようで違和感を感じた。まさか……と思って振り向くと、タツミがいた。
やっぱり。またこいつか。
「逃げるぞ」
そんな掛け声と共に、僕を囲んでいた奴らは、倒れた奴を担いで、慌てて撤退していった。
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