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しおりを挟む翌朝起きると、僕は床で寝ていて、男もまだ寝ていた。
仕事には行かなきゃって思って、僕は男を家に置いたまま出かけた。
家に取られて困るようなものは無いし。仕事の帰りにもう少し効果の高いポーション買って帰ろう。
仕事を終えて、素材を売ったお金で野菜と少しの肉とパン、ポーションも買った。
家に入ると男はまだ眠ったままで、起きて何かをした形跡はなかった。
男の口を開けてポーションを飲ませると、夕飯のスープを作り始める。
野菜の皮を剥いて切って、肉も切って、鍋に入れて、味付けは庭のハーブと塩。スープの味見をしていると、急に体が拘束されて首に冷たいものが当てられた感触がした。
「お前誰だ?」
「え? ニコラ、です」
気配が全く無かった。ドアが開いた音もしなかったし、これは僕が連れ帰った男だということは分かったけど、まさか僕はこのまま殺されるの? 首に当てられている冷たい感触はきっとナイフで、スッと横に引かれれば僕は死ぬと思う。殺されるなら、こんな知らない男なんて助けなきゃよかった……
「何者だ?」
「戦場のゴミ処理係です」
「ここはどこだ?」
「戦場の端から一里半くらいの街の外れにある僕の家です」
「俺はなぜここにいる?」
「東のゴミ捨て場で倒れていたから、僕が家に連れてきました」
「そうか、すまない」
男は拘束を解いて、ナイフも首から外してくれた。
殺されるかもって思って怖かったのに、意外と冷静に男の質問に答えられた自分は、実は凄いんじゃないかと思った。
ナイフなんて持ってたんだ、って思ったら、男が手にしているナイフは、さっきまで僕がお肉を切っていた調理用のナイフだった。
いつの間に? 全然気付かなかった。
「俺は兵器だ」
「え? なんて?」
聞き間違いだと思った。兵器って言った?
「兵器だ」
「それはあなたの名前ですか?」
「俺に名前は無い。戦争で戦うために育てられた兵器だ。識別ナンバーは712」
識別ナンバー? 僕にはそれが何のことなのか分からなかった。
すると、男は服を脱ぎ始めた。
何? 何をしようとしてるの?
「ほら、ここに書いてあるだろ?」
「712、本当だ」
兵器と名乗る男は、僕に、脇腹に書かれた「712」という数字を見せてくれた。
「スープとパンしかないけど、食べますか?」
「いいのか?」
「うん。起きたら一緒に食べようと思ってたし、二人分作ったから」
「そうか」
僕がスープとパンを渡してあげると、男は驚いた顔をした。
そしてパンを掴んだまま上から眺めて、ひっくり返して眺めている。
普通のパンだけど、何か気に入らなかったのかな?
そして、スープの中もじっと見ている。なんだろう? 質素で気に入らないとか?
「すみません。こんなものしかなくて……」
「いや、初めてだ。こんなに柔らかいパン。こんなに草や肉が入ったスープ」
え? 普通のパンだけど。貴族が食べるような白くてフワフワなパンじゃないし、むしろちょっと硬いパン。それに草が入ったって……
普段この人は何を食べてるんだろう? 兵士って何を食べてるんだろう?
男はパンを口に運び、ゆっくり咀嚼しているのを僕はじっと見ていた。
大丈夫だろうか?
スープもスプーンで掬って飲んで、男は目を見開いた。あなたの好みは知りませんが毒とかは入ってませんからね。
「温かいし、美味い」
男がそう呟いて、僕はホッとした。口に合ったようでよかった。
「そうですか。よかったです」
この人、背も高いし胸板も分厚いし、これだけじゃ足りなかったかな?
食べ終わると、紅茶を淹れてあげたら、また驚いていた。
戦場では優雅に紅茶なんて飲む暇はないのかもしれない。
「なんて呼べばいいですか? 兵士さんってのも変だし、番号ってのも……」
「俺は兵士ではなく兵器だ。呼び名は何でも好きなように呼んでくれ」
兵器でも兵士でもどっちでもいいけど、どう呼んだらいいか分からない。
真っ赤な髪が綺麗だからロッソなんてどうかな?
「ロッソとか嫌ですか? 髪が綺麗な赤だから」
「ロッソ。いいぞ」
僕はロッソに聞いた。なぜあんなところで寝ていた、というか倒れていたのか。
怪我をしたのなら救護班のテントに行けば治療されたはずなのに、あんなゴミ捨て場にいるなんて。
戦争で使う兵器として育てられたのに大怪我をしたから、上官に「使い物にならない兵器はゴミ捨て場にでも行け」って言われたらしい。それでロッソはその言葉に従ってゴミ捨て場に行ったのだとか。
「兵器として育てられても、ロッソは人だよ。僕はそんな扱い許せない」
なんでロッソが平気な顔でそんなことを言えるのかが分からなかった。
もっと怒っていいのに。貴族が平民のことをゴミ扱いするのは知ってるけど、上官がそんなこと言うの? 必死に戦って怪我をしたら捨てられるの? そんなのおかしい。
「ニコラは俺のために怒っているのか?」
「うん。だって腹が立つでしょ?」
「そうか、ありがとう」
「ロッソ、もう戦場なんて戻らなくていいからね」
「分かった」
「分かった」と言ったロッソの表情は、少しだけ柔らかくて、微笑んだように見えた。
兵器として育てられたって何だろう? 小さい頃から厳しい戦闘訓練を受けてきたのかな?
戦場に戻らなくていいって言ったけど、ロッソは他に何ができるんだろう?
しばらくは僕の家にいてもいいけど、そのうち仕事を見つけて、家を見つけて、頑張ってきたロッソには幸せになってほしいな。
そう思ってたのに、ロッソは次の日から僕のゴミ処理係の仕事についてきた。
兵士だったから戦況が気になったのかもしれない。
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