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ヒーロー(おじさん)視点
しおりを挟む俺は中の人と呼ばれる仕事をしている。
何の中かと言うと、戦隊モノのヒーローの変身後の中の人ということになる。
テレビに出るほどアクションが上手いわけではないから、俺は各地のイベント会場やなんかを回るのが仕事だ。
中の人はたくさんいる。
敵の怪獣の役の人も中の人だ。
だいたい同じメンツで各地を回る。敵の雑魚キャラであれば、すぐに倒れるだけだからバイトに頼むこともあるんだが、メインのヒーローやラスボス的な怪獣は同じ人がやる。
アクションシーンがあり、特に怪獣はしっかり受け身を取らないと怪我をしてしまう。
たまにハードな動きをする怪獣もいたりして、それも面白い。
「木嶋さん、ちょっと稽古付き合ってもらえませんか?」
「いいよ」
今声をかけてきたのは藤崎くん。メインの怪獣を務めていた人が腰痛の悪化で引退するとかで、新しくメインの怪獣役になった人だ。
1人での動きはいいんだが、着ぐるみを着てヒーローと戦うシーンに自信がないと言っていた。
まだ20を少し過ぎたくらいの爽やかなイケメンで、中の人なんてやらなくても普通に俳優とかできるだろうになぜこの仕事を選んだのかが謎だ。
ここでアクションを学んでから俳優として顔が出る仕事に移るということかもしれない。
一通り稽古を終えると、アクションシーンばかりやっていたから汗だくだった。
「藤崎くん、このまま銭湯いく?」
「はい、行きます!」
若いっていいな。まだ全然元気です! 体力有り余ってます! って感じに見えて少し羨ましかった。
俺は去年30を過ぎて、もうこれからは衰える一方だ。
この仕事は好きだけど、爺さんになるまでずっと続けられる仕事じゃない。体力の限界を迎えたら、警備やなんかの仕事で食い繋いでいくしかないのかなと将来に悲観しそうになることもある。
幸い結婚もしていなければ子どももいないから、地方ばかりを回って安い給料でも誰にも文句を言われず、それなりに楽しく過ごすことができている。
あと10歳若ければ、藤崎くんみたいなイケメンにときめいていたかもしれない。
脱衣所でTシャツを脱ぐと、綺麗に割れた腹筋が格好いいなと思った。
顔はかなりタイプだ。でも俺はもう30を過ぎた。おじさんの俺が若い藤崎くんに手を出そうとかは思えない。
「木嶋さん、いつも稽古に付き合ってくれてありがとうございます」
「いや、俺も2人でのアクションの確認ができて助かってる。ステージ上でヒーローが失敗するわけにはいかないからな」
「確かにそうですね。そう考えると僕は怪獣でよかったです。木嶋さんがいてくれるから安心してアクションできます」
そんな真っ直ぐな目で言われたら、おじさんときめいちゃうよ?
ときめくのは勝手だ。心の保養ってやつ。
好きになるまではいかなくても、俺は今後の彼の活動を応援しようと思った。
ファンとして。
「藤崎くん、この後一緒にご飯食べに行こう」
「ぜひ!」
この爽やかイケメンはきっとノンケなんだろうな。俺がたまにときめいていることなど知る由もない。
「「かんぱーい」」
ぷはー
やっぱり体を動かしてひとっ風呂浴びた後のビールは美味い。
「木嶋さんいい飲みっぷりですね」
「そりゃあそうだろ。もう宿に帰って寝るだけだしな。明日は移動だけで仕事も無いし」
「確かに。じゃあ、じゃんじゃん飲んじゃって下さい」
「言われなくても飲むよ~
藤崎くんも遠慮せず飲んで飲んで。ここは俺の奢りだから」
「いただきます!」
俺を慕ってくれるイケメンを拝みながら飲む酒は美味いに決まってる。
彼が色々褒めてくれるから、俺は上機嫌になって酒がいつもより進んでいた。
「木嶋さん大丈夫ですか? ちょっと飲み過ぎですよ。僕の肩に掴まって下さい」
「ごめんねー、迷惑かけて。藤崎くんみたいなイケメンに肩貸してもらうなんて、おじさんドキドキしちゃうな~」
あぁ、気持ちいい。
本当に気持ちいいな~
フワフワと天国にいるみたいだ。
「ぁあ、、気持ちいい、、、あ、、」
あれ? 俺いつ宿に帰ってきたんだっけ?
頭痛過ぎ……割れそうだ。
窓から差し込む光は眩しすぎるし、目を閉じたまま考えてみる。昨日は確かショーが終わって打ち合わせが終わってから藤崎くんと稽古をして、銭湯に行って、そして飲みに行ったんだ。
その後が全然思い出せない。
しかし、藤崎くんと飲んだのが楽しかったことだけは覚えている。
「昨日、楽しかったな」
「起きましたか?」
1人で寝ていると思っていた部屋に誰かの声がして、俺はガバッと起き上がった。
恐る恐る横を向くと、上半身裸の藤崎くんが微笑んでいて、そして自分の体を見ると全裸だった。
「木嶋さん、おはようございます」
「お、おはよう。
これは、その……」
「木嶋さん覚えてないんですか?」
「えっと、はい。すみません」
おもわず敬語になったのは仕方ないだろう。
「あんなに可愛く僕のこと求めてくれたのに」
「それは、俺は藤崎くんと、そういうことをしてしまったということだろうか?」
間違いであってほしいと祈りつつ、そっと彼の顔を見た。
「はい。セックスしました。僕が木嶋さんを抱きました」
「…………」
イケメンがセックスとか口に出すのは、なんか有りかもしれない。爽やかに言われると、そんなにいやらしく聞こえないのが不思議だ。
って、そんなことを考えている場合ではない。
たぶん誘ったのは俺だよな? 酔ってやらかしたか?
「すまない。俺が藤崎くんを無理に誘って、断れなかったんだろう? なんと詫びていいか……」
「本当に覚えてないんですね。僕が誘ったんです。誘ったというか、押し倒したんです」
「え?」
マジかよ。俺、藤崎くんに押し倒されたの?
覚えてないのが悔しい。そんなシチュエーション絶対覚えておきたかった。
「でも、酔ってる木嶋さんにそんなことしちゃダメだと思って、キスした後で我に返って離れようとしたんですが、木嶋さんが抱いてって言うから。
もしかしてダメでした? 他の人と間違えたとか、僕とんでもないことしてしまいましたか?」
「いや、藤崎くんは悪くない」
誘ったの、やっぱり俺じゃん。
しかも抱いてほしいなんて……
藤崎くんとキスしたんだ。なんで覚えてないんだよ。飲み過ぎたせいか。覚えていたかった。
こんなこと2度と無いだろうに、残念すぎる。
「そうですか。僕だけ楽しんだみたいですみません」
「気にすることはない。少し戸惑っているだけだ」
ベッドから降りようとして腰がズキリと痛んだ。
きっと昨夜は激しく抱かれたんだろう。
ベッドの下に落ちた服が生々しいな。
何も覚えてはいないが、この腰の痛みが証拠だ。この事実だけで、なんか少し満たされた気がする。こんなおじさんを抱くことになって藤崎くんには悪いが俺はちょっと浮かれていた。
「お互い酔っていたんだし、一晩の過ちってことで忘れよう。これからもヒーローと怪獣としてよろしくな」
「……はい」
部屋を出ていく藤崎くんを見送ると、俺はシャワーを浴びた。
「ぁあ、、」
ぷっくり膨れた乳首にシャワーが当たっただけで快感が走る。
いやいや待て、俺まだ乳首は開発されてないはずだぞ。藤崎くんとどんなプレイをしたんだ?
後ろを洗ってみたが、性液は出てこなかった。ちゃんとゴムをつけてくれたのか。本当にいい子だな。
まぁ、おじさんに突っ込むのに生が嫌だっただけだろうが。
起きた時、体はベタベタではなかった。終わった後で拭いてくれたのか? やっぱり彼はいい子だな。
ホント、あと10歳若かったら付き合いたいと思っただろうな。
別に過ぎたことだ。俺はむしろラッキーと軽く考えて、その日はみんなで移動した。
藤崎くんとは今まで通りに接した。覚えていないからできるというのとあるかもしれないが、最初は戸惑っていた彼も、いつも通り話してくれるようになったから、もうこの件は終わりにすることにした。
「木嶋さん、稽古に付き合ってほしいんですが、嫌でなければ」
「いいよ」
明日から公演する場所に着いて、稽古のために借りている公民館で打ち合わせをすると、藤崎くんが遠慮がちに話しかけてきた。
そんな気にすることないのに。
だが、気軽に受けてしまったことを俺は後悔することになった。
藤崎くんに開発されたであろう乳首にTシャツが擦れるだけで、軽く腕が当たるだけで力が抜ける。
思わず声が漏れそうになって、慌てて手で口を覆った。
「木嶋さん大丈夫ですか? 二日酔いで吐きそうとか?」
「あ、あぁ、そうなんだ」
彼が勘違いしてくれてよかった。
まさか乳首で感じているなど思いもしないだろう。
「大変。そんな時に無理をさせてすみません。すぐに部屋に戻りましょう」
「あ、あぁ」
曖昧な返事をすると、藤崎くんは俺を背負って走っていった。
えぇ??
酔っているわけじゃないから普通に歩けるけど。確かに少し頭は痛いが、吐きそうになどなっていないし、そこまでしてもらうのは申し訳ない。
「藤崎くん、おろして。大丈夫だから」
「無理はダメです!」
彼は意外と頑固な面があるらしい。何度かおろしてほしいと言ったんだが、受け入れてもらえなかった。
降りようともがく度に擦れて、はぁっと吐息が漏れてしまうし、俺は仕方ないから大人しく背負われていくことにした。
ベッドにゆっくり降ろされると、藤崎くんは部屋を出てどこかへ行った。
ふぅ、すぐに出ていってくれて助かった。
すると、すぐに戻ってきた。
「木嶋さん、水買ってきました。少し起き上がれますか? 僕が支えますから」
いや、そんなことしなくていいよ。
そこまで重症じゃないし。
意外と力のある彼に起こしてもらうと、恐らく俺の背中に枕を置いてくれようと枕を取ろうとした彼の腕が運悪く俺の胸に触れた。
「あぁ、、、」
俺は慌てて手で口を塞いだが、絶対に聞かれたと思う。まさかバレてないよな?
「木嶋さん、わざとですか?」
彼に耳元で囁かれて背中がゾクゾクした。
「ぁあ、、」
彼の指が服越しに俺の立ち上がった乳首を弾いた。
ヤバイ。シャワーが当たったとか、服が触れたとか、そんなの全然大したことなかった。彼の指が触れるだけで震えるほど気持ちいい。
「気持ちいいですか? 僕に触られるの好きですか?」
「あ、やめ、、んん、、」
こんなことダメだと彼を突き放そうとしたのに、強引にキスされた。
藤崎くんとキスしてしまった。昨日もしたんだろうけど覚えていないから、俺にとってはこれが藤崎くんとする初めてのキス。
どうしよう。本当に、ドキドキしてきた。
でもダメだ。俺はおじさんで、彼はまだ若い。
ちゃんと俺にも自制心があったようだ。
藤崎くんを押し返すと、呼吸を整えた。
「ダメだよ。藤崎くん」
「すみません」
藤崎くんはなぜかとても悲しそうな顔をして、急いで部屋を出ていった。
別におじさんの俺が勿体ぶることもないんだけど、いつか藤崎くんの心も欲しくなって、体だけの関係に耐えられなくなってしまうのが怖かった。
だって彼は俺の好きな顔で、性格も優しくて気遣いもできて、俺を背負って走れるくらい逞しくて、好きにならない理由がない。
昨日は記憶がなかったからよかったけど、抱かれたら落ちそうな気がする。
落ちたくない。俺は一歩引いて、彼を応援して見守る立場でいたいんだ。
それにしても、この開発されてしまった乳首は困ったものだ。ガーゼと絆創膏でしばらくは乗り切れるか?
多少の気まずさはあったが、普通を装って話してくれて、俺も何事もなかったかのように彼に接した。
ショーは今までしっかり稽古してきたから、トラブルもなくいつも以上に上手くいった。
ここでの公演は午前と午後に1回ずつ、3日間行われる。
ここが終わったら2週間の休みだ。
それだけ離れていれば、藤崎くんとキスした時の高揚感も落ち着いてくれるだろうし、膨れ上がった乳首もなんとか戻ってくれると願っている。
無理ならニップレスや男性用ブラの購入も検討しなくては。
3日目の公演が終わると、みんなで片付けてそのまま打ち上げに行くことになった。
幸い藤崎くんと席が離れていて、彼も俺のところには来なかった。しかし、彼がやけに酒の量が多い気がして気にはなっていた。
「おーい、藤崎、寝るなら部屋に戻ってからにしろ」
「ダメだなこいつ。飲み過ぎだ」
「木嶋さん、藤崎と仲良かったですよね? 部屋までお願いしまーす」
お前ら酔っ払いを連れていくのが面倒なだけだろ。
仕方ないと思い、グダグダになった藤崎くんに肩を貸して部屋まで送っていった。
「木嶋さん。好きです。僕じゃダメですか?」
「は?」
「好きなんです」
「分かった、分かったから。こんななるまで飲むな。危ないだろ?」
酔っているだけだろ。
酔いが覚めたらそんな考えなど誤りだと気付く。
君にはもっと相応しい人がいるから。その人と幸せになりな。
気軽に抱ける者を探しているのなら、俺以外でお願いしたい。
「ゆっくり休めよ。水、ここに置いておくから」
俺はそう言うと部屋を出て自分の部屋に戻った。もう宴会会場に戻る気はしなかったし、色々疲れていた。
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