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番外編:兄リシャールの結婚(リシャール視点)
しおりを挟むテオが何度も見合いを断られて落ち込んでいた気持ちが分かる。
最初はいいんだ。和やかに会話は進むし、何なら好意的な感情を向けられることもある。しかし殺気に耐えられる女性はなかなかいない。
最悪、父上とは別居するか。
しかし親戚の集まりはあるわけで、実家に行く度に気絶されるようでは困る。
テオがベルガー辺境伯に嫁ぐと決まった時は心配したが、今では子どもが三人も産まれ、もうすぐ四人目が産まれるのだとか。
幸せそうで羨ましい。
私もいつかそんな相手と巡り会えるのだろうか?
はぁ。
「あらリーちゃん、ため息なんかついて悩み事かしら?」
「母上……また見合いが失敗に終わりました。私の相手は見つからないかもしれません」
「大丈夫よ。きっと素敵な方が見つかるわ」
母はそう言ったが、本当にみつかるんだろうか? 私は一生独身かもしれないな。その場合はテオの息子を養子にすればいい。
そんな私に義弟であるベルガー辺境伯から見合い話が舞い込んだ。
見合いという堅苦しい表現は使っていなかった。もらった手紙には、うちの子と遊んでやってほしいと、そこにじゃじゃ馬を呼んでおくから気に入ったら連れ帰っていいみたいな内容だった。
私の事情を知って心配したテオから話がいったのかもしれない。期待はしていない。
テオが暮らす場所を見てみたかったし、甥っ子や姪っ子にも会いたかった。なかなか会えないからな。
長い長い馬車の旅を終えて、やっとベルガー辺境伯が治める地に着くと、堅牢な城が建っていた。城ではないが、城と表現してもいいくらいのでかい屋敷だ。私設の騎士団がいるから騎士の訓練場が併設されていて、そんなところも王城に似ていた。
「リシャール、久しいな」
馬車を降りてでかい屋敷を眺めていた私に声をかけてきたのは、ベルガー辺境伯家当主フィリップ殿だった。
腕には二歳くらいのバタバタと暴れる女の子を抱いていて、子煩悩な一面に驚いて挨拶が遅れてしまった。
「ベルガー卿、ご無沙汰しております。この度はお招き感謝いたします」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。フィリップでいい。娘が気になるか?」
「ええ、幼い頃のテオを思い出しました」
フィリップ殿が抱いている女の子は、幼い頃のテオにそっくりだった。テオは抱っこしてもこんなに暴れたりはしなくて、大人しい子だったが、顔がそっくりだ。懐かしいな。よく抱っこして庭に連れ出したものだ。
「そうだろ? 可愛いだろ? この子はリリー。テオにそっくりなんだ。特にこの目、本当に可愛い」
そう言ってフィリップ殿がリリーと呼ばれた子に頬擦りしようとすると、「いやっ!」とめちゃくちゃ嫌がられていた。
「初めましてリリー嬢、私は君の伯父でリシャールだ」
「リリーでしゅ」
こんなに小さいのにちゃんと挨拶ができるのか。本当にフィリップ殿が言うようにテオにそっくりで可愛い。
「リリー、挨拶できて偉いぞ! さすが我が子だ!」
そう言いながら今度はその子にキスしようとして「ちちきらい!」と言って頬をバチンと小さい手で叩かれていた。いいんだろうか? フィリップ殿はニコニコ、いやデレデレしているからいいんだろう……
「テオはまだ息子が産まれて十日ほどなんだ。庭で安静にしていると思う」
「そうですか」
「案内しよう」
そう言って連れて行ってもらった庭園はとても美しかった。色とりどりの花が植えられていて、見たことのない花もある。テオが好きそうな庭だ。
ここでテオは幸せな生活を送っているんだな。
しかし、テオは小さい男の子を追って走っていた。安静にしているのではなかったのか?
「テオ!?」
抱っこしていたリリー嬢を押し付けられ、フィリップ殿はテオのところに走っていった。
「父上は行ってしまいましたね」
「うん」
フィリップ殿が抱っこしている時は、嫌だと言いながらバタバタと暴れていたが、今は大人しくしていてくれて助かる。暴れられたりしたら、私では対応できそうにない。
リリー嬢を連れて、フィリップ殿に回収されたテオのところに行くと、テオは笑顔を見せてくれた。なかなか見れないテオの笑顔だ。テオは自分の顔が怖いと悩んでいて、なかなか笑顔を見せてくれなかったんだが、ここでは自然な笑顔を見せている。本当に幸せなんだな。
「お客様に子守をさせるなど申し訳ありません」
メイドが慌てて私の腕の中にいるリリー嬢を回収して行った。そして、フィリップ殿がメイドからリリー嬢を受け取るために手を伸ばすと、「いや!」と拒否されていた。
「兄さん久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。テオが元気そうでよかった」
「元気ですよ。もう産まれて十日も経ったんだから平気なのに、フィリップ様は僕が走ると怒るんです」
「そうなのか」
「またリリーにベタベタして嫌がられてるし。懲りないな」
上二人は男の子で、最近産まれたのも男の子。だから唯一の女の子で、しかもテオに一番似ているから、フィリップ殿はリリー嬢をいつも側に置きたがるんだそうだ。
そんな話をして、互いの近況や両親が元気で過ごしていることも伝えた。
翌日になると、バタバタと元気に暴れるリリー嬢を抱っこしたフィリップ殿に騎士の訓練場に連れて行かれた。
「リシャール、すまんな。あいつは挨拶も無く訓練場に直行したらしい」
あいつと言うのが紹介してくれる人なんだろうか? せっかく紹介してくるのに、また上手くいかないかもしれないと思うと緊張が走る。
「ロザンナ! 俺や客人に挨拶をしろ!」
「ちょっと待って! 終わったら行く!」
フィリップ殿の叫ぶ声に答えたのは、今まさに模擬戦をしている女性だ。銀色の長い髪を靡かせ、剣を振るう姿が格好いいと思った。
「楽しかったわ」
こちらに歩いてきたロザンナと呼ばれた女性は、汗で額に張り付いた髪を細い指先で掬い上げながら、歯を少し見せて笑った。そんな女性は初めてだった。蜂蜜色の瞳でチラリと視線を送られると、不覚にもドキドキしてしまった。
「『楽しかった』じゃない! 挨拶もせずに失礼だろ」
フィリップ殿が怒っていたが、彼女に反省した様子はない。その代わりリリー嬢が背を弓形にして大泣きしているんだが、それはいいんだろうか?
仕方ないと言ってリリー嬢を付いてきていたメイドに預けると、すぐに泣き止んで大人しくなった。なんだかフィリップ殿が気の毒になってきたな。
「リシャール、彼女はロザンナ・ファリーナ。ファリーナ子爵家の次女だ。
彼はリシャール、テオの兄だ」
「初めまして、リシャール・クローチェと申します」
「ロザンナよ。あなたがリシャール様ね、本当に綺麗な人」
気安い雰囲気は堅苦しくなくていい。扇子で口元を隠し微笑みを貼り付けた令嬢たちとはどこか違う。
ん? 何だかピリピリと殺気を感じる。もしかして彼女に懸想する騎士がいるんだろうか? 辺りを見渡してみたんだが、誰なのかは分からなかった。
「あら、意外だわ。殺気を浴びても平気なのね。ねえリシャール様、私と戦ってみない?」
「ロザンナ!」
「私は殺気は平気ですが、剣は得意ではないので、あなたが満足するような戦いはできないと思います。それでもよければ」
これは見合いではないな。戦って私が負けて、この話は流れるんだろう。せっかく紹介してくれたのに申し訳ない。
フィリップ殿は隣でため息をついているし。
「リリーは難攻不落なところまでテオにそっくりだ……」
フィリップ殿のため息の理由は私たちのことではなかった。
模擬戦の結果は想像とは違い私の勝利に終わった。父が領地に帰ってくる度に相手をさせられていたのがよかったのかもしれない。私は騎士ではないから、学校を卒業してからは父以外と剣を交えたことはない。自分の身くらいは自分で守れるようにと、たまに素振りなどはしていたが、それだけだった。相手が彼女だからなのか、久々の模擬戦はなかなか楽しかった。
「私、リシャール様と結婚するわ」
そして彼女からの突然の結婚宣言だ。
「お前の意思はいい。リシャールにも選ぶ権利はある。すまんな、もっとまともな奴を紹介すればよかった」
フィリップ殿はそう言ってくれたが、私は彼女の流れるような剣を目の前で見て、その真剣な眼差しに強く惹かれた。それに彼女はか弱い令嬢ではない。
できることなら彼女と一緒になりたいとも思った。
しかし……また断られるんだろうな。そう考えると気分はどんどん落ちていく。
黙っていることはできないと、私は父のことを話した。殺気を垂れ流す父がいるような家庭環境でも大丈夫か、それが一番心配だったからだ。
これで断られたら、それまでの縁だったと思って諦めればいい。今回はお見合いではなくテオと甥っ子と姪っ子に会いにきたんだ。自分にそう言い聞かせて彼女の返答を待った。
「殺気? 問題ないわ。クローチェ隊長といえば特攻隊長と呼ばれている方でしょう? そんな方の殺気を浴びられるなんて楽しみだわ」
彼女の返答に、少しだけ目の奥がジンとした。とうとう見つけた。私の運命の人。私もテオのように幸せな家庭を築けるだろうか?
期待に胸を膨らませた。
「いーやー!」
リリー嬢のその場の空気を震わせる勢いの叫び声が聞こえた。振り向くと、フィリップ殿がリリー嬢を受け取ろうとメイドに手を伸ばしており、リリー嬢が必死にその手から逃れようとしている。
「フィリップ様、リリーに構いすぎるから嫌がられるんですよ」
「だが……」
いつの間にかテオが様子を見にきていた。フィリップ殿はなんだか納得いかないと眉間に皺を寄せて厳しい顔をしている。
「テオは俺のこと好きか?」
「好きですよ。さあ、戻ってみんなでお茶にしましょう。兄さんもロザンナ様も行きますよ」
「そうか。いつでも俺のことだけを一番に愛せよ?」
「フィリップ様のこと一番愛してますよ」
フィリップ殿はテオの答えに満足したのか、人前なのに熱烈なキスを交わし、機嫌よくテオの手を取って歩いていった。
「ロザンナ様、私たちもあの二人のように仲のいい家庭を築きましょう」
「そうね。楽しみだわ」
*
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