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4.ディナーと夜

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 湯浴みを終えて部屋に戻ると、僕の荷物を片付けていたメイドが、しまったという顔をした。もしかして、武器とか毒とかを持ち込んでいないか探るよう言われましたか?
 別に彼女たちが悪いわけじゃない。主人を守るのは使用人の務めだし、誰も悪くはない。強いて言うなら、僕の顔が怖いことが問題? 自分でそう結論付けて悲しくなった。

「いいよ。荷物、全部調べて。武器はそこにあるロングソードが一本と、ダガーナイフが一本だけです。調べられて困るようなものは無いですし、それで安心してくれるなら、いくらでもどうぞ」
 僕がそう言うと、彼女たちは「申し訳ございません」と言って、テーブルに紅茶だけ用意すると部屋を出て行ってしまった。
 僕は何か対応を間違ったんだろうか? 僕への疑いが晴れるのなら、好きなだけ調べてくれてよかったのに。

 ソファーに腰掛けて一人で紅茶を飲んだ。彼女たちが窓を開けてくれていたから、窓からは心地よい風が入ってきて、レースでできたカーテンがふわふわと靡いていた。
 ここは僕の住んでた領地よりも北に位置するから、少し気温が低い。春にしてはまだちょっと肌寒いけど、運動をして湯浴みをした後の火照った体にはちょうどいい。

 いい香り。窓から冷たい風と共に入ってきた、甘い何かの花の香りがして、ようやくホッとできた。
 僕は花が好きだ。学校では誰にも言えなかった。僕が花壇にいるなんて似合わないから。実家の庭ではいろんな花を植えてもらって眺めていたけど、ここではそんなことも難しいんだろうな。

 一人になったことで少し心に余裕ができた僕は、部屋の中を見渡した。
 壁紙はベージュに蔓のような植物が描かれたものだった。ソファーはピシッと革張りで、キャビネットやテーブル、何か書いたりするための机は、艶々で木目が美しい。派手さはないけど、シンプルで落ち着いたデザインのものだった。毛足の長い絨毯は雲の上を歩くみたいにふわふわして気持ちいい。
 僕はこれからここで過ごすんだな。

 僕は思った以上に疲れていたらしい。
 コンコンと扉がノックされた音で目が覚めると、辺りはもう真っ暗になっていた。
 手探りでオイルランプを探して、灯りをつけると、「どうぞ」と声をかけた。
 真っ暗なままなんて怪しすぎる。僕はただでさえ疑われているのに、部屋が真っ暗だったら何をしていたのかと不審に思われるに決まってる。
 訪ねてきたのは執事で、食事の用意ができたとのことだった。相変わらず僕のことを睨んでいて、居心地が悪い。

 食堂に向かうと、フィリップ様はもう席についていた。
「遅れて申し訳ございません」
「待ってない」
 何の会話もない食事だった。初めに祈りを捧げて、そして出された料理をいただく。
 辺境だからか、肉が新鮮で柔らかく美味しかった。僕は血生臭い肉はあまり食べないんだけど、出されたステーキは、生臭くなくて美味しいと思った。新鮮な野菜のサラダやスープに入っている野菜は、領地で採れたものだろうか?
 春の柔らかいキャベツも瑞々しくて美味しかったし、豆も美味しかった。サラダに香りのいいフレッシュハーブが混ぜてあるのも、爽やかで好きだと思った。

 フィリップ様をチラッと見ると、ワインをガブガブと飲んでいる。ワインが好きなのかもしれない。それを知っていたら、実家の領地の美味しいワインを持ってきたのにな。
 好みも何も分からない状態で来たから、持参金と、衣装と、念の為の武器と防具、少しの宝飾品と数冊の本くらいしか持ってきていない。
 父に手紙を書いてワインを届けてもらおう。昨年のワインはとても美味しくできたと言っていたし、フィリップ様も少しは喜んでくれるだろうか?

 結婚式はしていないけど、もう僕はフィリップ様に嫁いだんだから、今夜にも夜伽があるんだろうか?
 僕はドキドキしていた。知ってはいても経験はない。初めては痛いとか苦しいと聞いたこともあるし、少し不安な気持ちはあるけど、嫁いだからには子を産まなければならない。

 覚悟を決めて、部屋で呼ばれるのを待っていたけど、その声がかかることはなかった。
 そうだよな。敵かもしれないと思われているのに、裸で無防備な姿など晒せないだろう。
 少しの寂しさと、ホッとする気持ちを抱えたまま僕は眠りについた。

 
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