上 下
9 / 14

9.バイト

しおりを挟む
 
 
「ダギざ……」
「ん? 起きたか。ってすごい声だな。ちょっと待ってろ水を持ってくるから」
 ガラガラ声のミツルをベッドに置いたまま、俺は水を取りに行った。
 まだ恐らくミツルは自力で動けないだろう。

 支えながら上半身を起こすと、水を口元まで持っていった。
 コクコクと喉を乗らして飲む姿が可愛い。
 枯れてしまった喉のために蜂蜜でも入れてやればよかった。

「喉痛いか?」
「大丈夫」

 確か冷凍庫にうどんがあったはず。朝飯はうどんだな。夜も食ってないし腹減ってるだろう。
「まだ寝とけ。飯作るから」
「タキさん、ありがとう。好き」

 少し寝癖のついたミツルの髪を撫でると、そっと寝かしてから台所に向かった。
 とろみを付けた出汁に溶き卵を流しネギと生姜も乗せる。
 これは風邪引いた時のやつだ。

 ミツルをベッドまで迎えに行き、横抱きにして運んで椅子に座らせた。背中にはクッションも置いてやる。
「熱いから気をつけろよ」
「はい」
 ふうふうしながらゆっくりと食べ進めていくミツルを眺める。
 やっぱり昨日はやりすぎたか?

「啼かせすぎたか?」
「何度か意識が飛びそうになりました」
「キツかったか?」
「なんて言うか衝撃的でした! 僕の知らない世界で、気持ちいいのに苦しくて、痛くないのに甘いのに辛くて、とにかく凄かったです!」
「そうか」
 急にミツルが元気に話し始めて、少し安心した。

「痛いのって局所的なんですよ。快楽も度を超えると苦しくて、でも全身なんです! タキさんの愛を感じました!」
「それならよかった」
「さすがタキさん! そしてこの腰がグニャグニャに砕けた感じと鈍痛が最高です!」
「そうか」
「タキさんは? 少しは満足できましたか?」
「あぁ、満足している」

 満足できたかなど、聞かれたのは初めてだ。
 体力的に多少削られたが頭も体もスッキリしている。まぁ俺はミツルを抱けるというだけで満足なんだが。

「よかった。初めてタキさんを満足させられた」
 いや、いつも満足しているぞ。
 しかしミツルの身体を傷付けずに済む方法が見つかったのはよかった。

 あとは、日常に悪戯を散りばめるという難題をクリアできれば……

「俺も疲れた。今日は家でのんびり過ごすぞ。ミツルも今日は動けないだろ」
「頑張ればだいじょーー」
 ミツルは立とうとして床に崩れ落ちた。
「ほらみろ」
 もう食べ終わっているから、そのままミツルをソファに連れて行った。俺は戻って器なんかを洗って、お茶を持ってソファに向かう。

 ソファの上で膝を抱えるミツルを抱き上げて膝の上に乗せる。
 甘やかしたい。ベタベタに甘えてほしい。抱きしめたままヨシヨシして、ゴロゴロしながら映画でもみて、周りから見たら無駄みたいな時間の過ごし方をしたい。
「タキさん、好き。少しだけ甘えていい?」
「少しなんて言うな。今日はずっと甘えていろ」
「うん」
 幸せだった。本当に心から満たされた。俺へのご褒美ってやつか?

 翌朝になると途端に現実が襲いかかってきた。
 ああ、仕事行きたくない……
「ミツルは仕事はしてるのか?」
「辞めてしまいました。本番無しのDom/Sub風俗で働いていたんですが、タキさん以外にCommand言われるのが苦しくなって……」

「じゃあゆっくり休め。まだ体がしんどいだろ?」
「すぐに仕事見つけるから!」
 ミツルは何を焦ってるんだ? 別に今すぐ金が必要になることなんか無いだろ。

「焦らなくていい。ゆっくり探せ」
「うん。ありがとう」
 なんか元気がないな。やはり俺が激しく求めすぎたのか?
「ミツルComeおいで
 戸惑いなが近づいてくるミツルを抱きしめ額に口付けた。
「Good boyいい子だ。行ってくる。早めに帰るから大人しく待ってろ」
「いってらっしゃい」
 は~幸せだ。出かける時に抱きしめてキスをするのは俺の憧れだった。ただその欲望を叶えただけだったが、ミツルは最後に笑顔を見せてくれた。もうそれだけで今日は頑張れる。

 次の週末に、俺はミツルを連れてミツルの母に会いに行った。気怠げに片手で煙草をふかしながら、「ミツル引き取ってくれるならどうぞ」と物のように渡された。
 俺に誰なのかとか、仕事はあるのかとかそんなことも聞かず、行く先さえ尋ねなかった。
 やはりこの家庭は普通ではなかったようだ。
 荷物もほとんど無くて、段ボール数箱に漫画と服とヘアワックスやそんな日用品を詰め込んですぐに引越しは完了した。

「想像以上に呆気なかったな」
「僕はそんなもんだと思ってた。母さんがタキさんに色目使わなかったことにホッとしてる」
 確かにミツルの母はミツルを産んだだけあって、ミツルに似て顔は可愛らしい人だった。

「心配するな。色目なんか使われても俺はミツルを選んでやる」
「タキさん好き! 大好きです!」
 飛び付いてきたミツルを受け止めてヨシヨシしてやると、猫のように目を細めている。ミツル以外あり得ないだろ。

 日常に散りばめる小さな意地悪というのはなかなか難しく、すれ違いざまにミツルの乳首をギュッと摘んだり、電気のビリビリするイタズラグッズでビリッとさせたり、足を踏んでみたり、押し倒して噛み付いてみたり、これでいいのか不安だった。
 これ合ってるのか?
 どれも子どもじみたイタズラに思えて正解が分からず迷宮に迷い込んでいる。

 ミツルの仕事はなかなか見つからなくてミツルはかなり焦っているみたいだ。たまに日雇いのバイトに行ったりはしているが、長く続けられそうなものがないらしい。
 昔、バイト先に横柄なDomがいて、Careケアされないままに散々痛め付けられて倒れてから、Domがいる職場というのが怖いらしい。

 まあそうだよな。誰でもいいから殴ってほしいわけじゃない。ミツルを見ていると苦痛を与えられた後のCareケアが好きなように見える。
 Domも怖いから近付きたくないと言われるが、Subも生きにくい世の中なんだな。


 気分転換ということで、俺の行きつけの小さな居酒屋に連れて行くことにした。
 常連さんばかりで、マスターは俺のこともよく知っている。こんな見た目だが、暴れたりしないことも知っている。

「タキが誰か連れてくるなんて珍しい。しかも可愛い子なんて」
「ミツルは俺のパートナーで彼氏だ」
 ミツルを誰かに紹介したのなんて初めてだ。本当は自慢したくて仕方ないが、取られたくもない。
 堂々と紹介したはずなのにミツルは驚いた顔で固まっていた。
「なんだ? 不満か?」
「嬉しい。彼氏……嬉しい」
 一緒に住んでいるのに、抱いているのに、行ってきますのキスもしているのに、彼氏じゃないと思ってたのか?

 ミツルは嬉しそうにモスコミュールを飲みながら、マスターが作る家庭料理を美味しいと言って食べている。
 ん?
 俺は店の片隅に貼られた一枚の貼り紙を見つけた。
【バイト募集】

「マスター、この店はバイトを募集しているのか?」
「まあな。この前までいた大学生の子が就活と卒論で辞めたんだ」
「未経験でもいけるか?」
「まあ、真面目に働いてくれるなら経験は無くてもいい」
 ここなんてどうだろうか? 俺はミツルを見た。

「ミツル、ここでバイトするのはどうだ? ここはマスターがDomだがマスターには愛する旦那がいるから変なことをされることは無い」
「僕にできるかな? 接客だとふざけてDomにCommandコマンド使われたりすると仕事ができなくなっちゃうし……」
 そんな奴がいるのか?

「うちはほとんどが常連さんか常連さんが連れてくる人だから、そんな奴がいたら俺が叩き出して出禁だ」
 マスターもミツルの言葉にSubが置かれる立場を理解したらしい。自分の旦那がそんな目に遭ったらと想像したのかもしれない。

「働いてみたいです」
 ミツルはマスターを見て言った。
 これで少しはミツルも元気になってくれるといいんだが。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】あなたに撫でられたい~イケメンDomと初めてのPLAY~

金色葵
BL
創作BL Dom/Subユニバース 自分がSubなことを受けれられない受け入れたくない受けが、イケメンDomに出会い甘やかされてメロメロになる話 短編 約13,000字予定 人物設定が「好きになったイケメンは、とてつもなくハイスペックでとんでもなくドジっ子でした」と同じですが、全く違う時間軸なのでこちらだけで読めます。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

‭転生『悪役令息』だけど、強制力を無効化、第三王子を逆断罪し第一王子と幸せになる!…を、強制力と共に阻止。そう、私が本当の主人公第三王子だ!

あかまロケ
BL
あぁ、私は何て美しいのだろう…。ふっ、初めまして読者と呼ばれる皆々様方。私こそは、この物語随一の美しさを持つ、ラドヴィズ=ヴィアルヴィ=メルティス=ヴァルヴェヴルスト。この国ヴァルヴェヴルスト国の第三王子である。ふっ、この物語の厨二病を拗らせた作者が、「あらすじは苦手」などと宣い投げ出したので、この最も美しい私がここに駆り出された。はっ、全く情けない…。そうだな、この物語のあらすじとして、私は明日処刑される。それだけ言っておこう! では。

処理中です...