【完結】戸惑いのDom -DomSubユニバース-

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「ダギざ……」
「ん? 起きたか。ってすごい声だな。ちょっと待ってろ水を持ってくるから」
 ガラガラ声のミツルをベッドに置いたまま、俺は水を取りに行った。
 まだ恐らくミツルは自力で動けないだろう。

 支えながら上半身を起こすと、水を口元まで持っていった。
 コクコクと喉を乗らして飲む姿が可愛い。
 枯れてしまった喉のために蜂蜜でも入れてやればよかった。

「喉痛いか?」
「大丈夫」

 確か冷凍庫にうどんがあったはず。朝飯はうどんだな。夜も食ってないし腹減ってるだろう。
「まだ寝とけ。飯作るから」
「タキさん、ありがとう。好き」

 少し寝癖のついたミツルの髪を撫でると、そっと寝かしてから台所に向かった。
 とろみを付けた出汁に溶き卵を流しネギと生姜も乗せる。
 これは風邪引いた時のやつだ。

 ミツルをベッドまで迎えに行き、横抱きにして運んで椅子に座らせた。背中にはクッションも置いてやる。
「熱いから気をつけろよ」
「はい」
 ふうふうしながらゆっくりと食べ進めていくミツルを眺める。
 やっぱり昨日はやりすぎたか?

「啼かせすぎたか?」
「何度か意識が飛びそうになりました」
「キツかったか?」
「なんて言うか衝撃的でした! 僕の知らない世界で、気持ちいいのに苦しくて、痛くないのに甘いのに辛くて、とにかく凄かったです!」
「そうか」
 急にミツルが元気に話し始めて、少し安心した。

「痛いのって局所的なんですよ。快楽も度を超えると苦しくて、でも全身なんです! タキさんの愛を感じました!」
「それならよかった」
「さすがタキさん! そしてこの腰がグニャグニャに砕けた感じと鈍痛が最高です!」
「そうか」
「タキさんは? 少しは満足できましたか?」
「あぁ、満足している」

 満足できたかなど、聞かれたのは初めてだ。
 体力的に多少削られたが頭も体もスッキリしている。まぁ俺はミツルを抱けるというだけで満足なんだが。

「よかった。初めてタキさんを満足させられた」
 いや、いつも満足しているぞ。
 しかしミツルの身体を傷付けずに済む方法が見つかったのはよかった。

 あとは、日常に悪戯を散りばめるという難題をクリアできれば……

「俺も疲れた。今日は家でのんびり過ごすぞ。ミツルも今日は動けないだろ」
「頑張ればだいじょーー」
 ミツルは立とうとして床に崩れ落ちた。
「ほらみろ」
 もう食べ終わっているから、そのままミツルをソファに連れて行った。俺は戻って器なんかを洗って、お茶を持ってソファに向かう。

 ソファの上で膝を抱えるミツルを抱き上げて膝の上に乗せる。
 甘やかしたい。ベタベタに甘えてほしい。抱きしめたままヨシヨシして、ゴロゴロしながら映画でもみて、周りから見たら無駄みたいな時間の過ごし方をしたい。
「タキさん、好き。少しだけ甘えていい?」
「少しなんて言うな。今日はずっと甘えていろ」
「うん」
 幸せだった。本当に心から満たされた。俺へのご褒美ってやつか?

 翌朝になると途端に現実が襲いかかってきた。
 ああ、仕事行きたくない……
「ミツルは仕事はしてるのか?」
「辞めてしまいました。本番無しのDom/Sub風俗で働いていたんですが、タキさん以外にCommand言われるのが苦しくなって……」

「じゃあゆっくり休め。まだ体がしんどいだろ?」
「すぐに仕事見つけるから!」
 ミツルは何を焦ってるんだ? 別に今すぐ金が必要になることなんか無いだろ。

「焦らなくていい。ゆっくり探せ」
「うん。ありがとう」
 なんか元気がないな。やはり俺が激しく求めすぎたのか?
「ミツルComeおいで
 戸惑いなが近づいてくるミツルを抱きしめ額に口付けた。
「Good boyいい子だ。行ってくる。早めに帰るから大人しく待ってろ」
「いってらっしゃい」
 は~幸せだ。出かける時に抱きしめてキスをするのは俺の憧れだった。ただその欲望を叶えただけだったが、ミツルは最後に笑顔を見せてくれた。もうそれだけで今日は頑張れる。

 次の週末に、俺はミツルを連れてミツルの母に会いに行った。気怠げに片手で煙草をふかしながら、「ミツル引き取ってくれるならどうぞ」と物のように渡された。
 俺に誰なのかとか、仕事はあるのかとかそんなことも聞かず、行く先さえ尋ねなかった。
 やはりこの家庭は普通ではなかったようだ。
 荷物もほとんど無くて、段ボール数箱に漫画と服とヘアワックスやそんな日用品を詰め込んですぐに引越しは完了した。

「想像以上に呆気なかったな」
「僕はそんなもんだと思ってた。母さんがタキさんに色目使わなかったことにホッとしてる」
 確かにミツルの母はミツルを産んだだけあって、ミツルに似て顔は可愛らしい人だった。

「心配するな。色目なんか使われても俺はミツルを選んでやる」
「タキさん好き! 大好きです!」
 飛び付いてきたミツルを受け止めてヨシヨシしてやると、猫のように目を細めている。ミツル以外あり得ないだろ。

 日常に散りばめる小さな意地悪というのはなかなか難しく、すれ違いざまにミツルの乳首をギュッと摘んだり、電気のビリビリするイタズラグッズでビリッとさせたり、足を踏んでみたり、押し倒して噛み付いてみたり、これでいいのか不安だった。
 これ合ってるのか?
 どれも子どもじみたイタズラに思えて正解が分からず迷宮に迷い込んでいる。

 ミツルの仕事はなかなか見つからなくてミツルはかなり焦っているみたいだ。たまに日雇いのバイトに行ったりはしているが、長く続けられそうなものがないらしい。
 昔、バイト先に横柄なDomがいて、Careケアされないままに散々痛め付けられて倒れてから、Domがいる職場というのが怖いらしい。

 まあそうだよな。誰でもいいから殴ってほしいわけじゃない。ミツルを見ていると苦痛を与えられた後のCareケアが好きなように見える。
 Domも怖いから近付きたくないと言われるが、Subも生きにくい世の中なんだな。


 気分転換ということで、俺の行きつけの小さな居酒屋に連れて行くことにした。
 常連さんばかりで、マスターは俺のこともよく知っている。こんな見た目だが、暴れたりしないことも知っている。

「タキが誰か連れてくるなんて珍しい。しかも可愛い子なんて」
「ミツルは俺のパートナーで彼氏だ」
 ミツルを誰かに紹介したのなんて初めてだ。本当は自慢したくて仕方ないが、取られたくもない。
 堂々と紹介したはずなのにミツルは驚いた顔で固まっていた。
「なんだ? 不満か?」
「嬉しい。彼氏……嬉しい」
 一緒に住んでいるのに、抱いているのに、行ってきますのキスもしているのに、彼氏じゃないと思ってたのか?

 ミツルは嬉しそうにモスコミュールを飲みながら、マスターが作る家庭料理を美味しいと言って食べている。
 ん?
 俺は店の片隅に貼られた一枚の貼り紙を見つけた。
【バイト募集】

「マスター、この店はバイトを募集しているのか?」
「まあな。この前までいた大学生の子が就活と卒論で辞めたんだ」
「未経験でもいけるか?」
「まあ、真面目に働いてくれるなら経験は無くてもいい」
 ここなんてどうだろうか? 俺はミツルを見た。

「ミツル、ここでバイトするのはどうだ? ここはマスターがDomだがマスターには愛する旦那がいるから変なことをされることは無い」
「僕にできるかな? 接客だとふざけてDomにCommandコマンド使われたりすると仕事ができなくなっちゃうし……」
 そんな奴がいるのか?

「うちはほとんどが常連さんか常連さんが連れてくる人だから、そんな奴がいたら俺が叩き出して出禁だ」
 マスターもミツルの言葉にSubが置かれる立場を理解したらしい。自分の旦那がそんな目に遭ったらと想像したのかもしれない。

「働いてみたいです」
 ミツルはマスターを見て言った。
 これで少しはミツルも元気になってくれるといいんだが。

 
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