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第12話 禍津御霊(まがつみたま)です……か!?

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「騙された……クロの野郎……隊長だからってこれはないだろ。パワハラで訴えるぞちくしょう」

 倫也は真夏の炎天下に黒い軍服に編み上げの軍靴と言うミスマッチな格好で富士山の麓に広がる樹海を歩き回っていた。

「藍と……ももちゃんはどこ……にっ!ゴホッゴホッ!  み、水っ!」

 腰に下げた水筒の水を飲んで喉を潤す。木陰を探しそこに倫也はへたり込む。空を仰ぎ目を瞑る。

「早く見つけて帰らないと二度目のお迎えが……イザナミ様ならいいかな」

 ――遡る事、二日前


「よろしくお願いします!」

 倫也は死神隊第三部隊詰所に入り挨拶をする。部屋の中を見渡すと机が四つ部屋の奥にあり、その手前にはガラステーブルとそれを挟む二脚のソファが置いてある。

「ん?あ、倫也おかえりぃ~。早かったねぇ。疲れたでしょ?」

 一番奥の机に座るクロはそう言うと手招きをする。手前のソファに男の人と倫也と同じ歳くらいの女の子が座っていた。倫也は軽く会釈をして、クロの方へ歩み寄る。

「二人とも、新人さんの到着ですよぉ。入室しながら自己紹介はしたから名前はわかるねぇ?二人とも倫也自己紹介よろしくぅ~」

 先程から倫也を見ながら顔を輝かせている女の子がはーいっ!  と手を挙げる。

「ももちゃんです!  倫也よろしく!  ももちゃんは銃が得意なんだっ!   援護は任せてね?」

 ソファの上に立ち上がり自己紹介をすると両手でピースサインを倫也向け突き出しニコッとする。

「もも。ちゃんと自己紹介しろって。悪な都築。
 こいつは吉備津桃花(きびつとうか)。三番隊では、主にサポート役が多い。戦闘では狙撃と神通力による中遠距離を得意としている」

「そうでーす!  代わりに紹介ご苦労様です!」

 ももはおどけてソファに座る男に笑顔を向ける。
 男はどーも。と言って立ち上がり自己紹介を続ける。

「俺は、神守   藍(かなもりあい)。近距離が得意でアタッカーとして先陣を務めることが多い。都築。三輪山でのマガモノの件では助かった。礼を言わせてくれ」

「吉備津さん、神守さん。よろしくお願いします!あのー……神守さん。三輪山の件て?」

 倫也には心当たりがなかった。三輪山の件では三番隊はクロ以外会っていないからだ。

「倫也、あの時ねぇ藍は暴走した神徒にやられそうだったの。倫也が神器壊したから助かったんだよねぇ~」

 聞けば二人ともジリ貧で闘っていた所、倫也が神器を壊した事により神徒の暴走が収まったようだ。

 クロは立ち上がり三人に向い任務を伝える。

「自己紹介も済んだところでぇ、早速で悪いんだけども富士山の麓に点在する祠と社を調査に行くよぉ。最近変な反応があるみたいだからねぇ~」


 ――そして、今現在

 倫也は富士山の麓に広がる樹海で無数に点在する祠や社に神気を込めた勾玉を奉納しながら異常の有無を確認していた。樹海のなかを歩く事三時間。先の見えない作業に倫也は心が折れていた。

 倫也が木陰で休憩を取っていると、どこからか声が聞こえる。

 ……ちや……ん……き……る

 なんだ?  どこからだ?  倫也は耳を澄ます。そして、ある事に気付く。

「あ、これか!忘れてた。」

 倫也はスボンのポケットから通信用の勾玉を取り出した。

「倫也くん! 聞こえる!?  返事してーー!!」

 ももの大きな声が聞こえる。

「ごめんなさい!吉備津さん!聞こえますよ!」

 倫也が慌てて返事をするとももは不満そうに答える。

「ももちゃんて呼んでよ~! 吉備津は禁止だからねッ!   あ、そうじゃなくて、藍がね?神気に似てるけど違うものを感じるって洞窟の中に入って行ったの!  たいちょには報告したから、もも達も合流する様にだって!」

「了解です!吉備……ももちゃん! 」

 藍の所までは通信用の勾玉をコンパス替わりに藍の方へ向かう。コンパスというか勾玉をリンクさせて神気を辿るだけだ。


 ――洞窟内奥地

 藍は神気とも言えない正体不明の気の流れを辿り洞窟を進む。念の為入り口に予備の通信用勾玉を置き、藍はもう一つ勾玉を持ち歩いていた。こうすれば後から来るであろう隊のみんなと合流しやすくなる。
 洞窟内は真夏と思えないほど冷えており、先程外でかいた汗のせいで余計に寒く感じる。五分ぐらい歩いただろうか。少し開けた所に出た。手に持ったライトを当てながらぐるりと一周見渡す。どうやらこの奥はないらしい。変わったところがないかと壁沿いを歩きながら地面、壁、天井を見るが何も無い。それでも藍はこの洞窟に入るまでは違和感を感じていた。

「どういう事だ?  この場所だけ、変な神気を感じない。……一旦外に出るか」

 藍は一旦洞窟の外へと歩き出した。洞窟の入口には倫也、もも、クロの三人がちょうど着いたところの様だ。藍は眩しそうに顔を顰めながら洞窟から出てきた。

「クロ。洞窟の中には何も無い。……やっぱり外に来るとこの気持ち悪い神気がまとわりつくな」

 クロもそれは感じ取っているのか居心地が悪そうにソワソワしている。

「藍、中には社とかあったの?」

 ももが確認のためと藍に問う。それを受け藍は首を横に振る。倫也は感知を最大限に引き出そうと目を閉じ、神気を集中する。

「都築!  待て!  神気を高めるな!」

 倫也はすぐにやめた。状況がわからない今、周囲の感知は無闇にしない方がいいという判断だ。倫也感知は神気をソナーの様に飛ばすため神気感知の術式が仕込まれていたら反応してしまう様だ。

「そうなんだ。神守さん、ごめん。気をつけます!」

「いや、平気だ。実務はこれからおぼえればいい。戦闘の方は期待するぞ、都築。あ…とな。俺の事は藍って呼んでくれ。神守は呼ばれ慣れなくてな。あと敬語もいいからな?」

 藍は少し気恥ずかしそうに笑う。倫也は嬉しそうに拳を突き出す。

「分かった!  藍、改めてよろしくな!  俺の事も倫也って呼んでくれ!」

 倫也の拳に藍も拳をコツンと当て応える。

 それにしてもこの変な気配は一体何なのか。その日、第三部隊は原因が掴めず。一旦帰ることにした。

 翌日、樹海の同じ場所へ行くと昨日感じた気配は感じなくなっていた。周囲の状況は何も変わっていない。

「うーん。どうしようかねぇ~。無くなっちゃってるねぇ」

「無くなっちゃってるね。たいちょ」

 クロとももは並んで立ち、腕を組み頭をひねっている。倫也は周囲の岩陰や草の根をかき分けて痕跡を探す。藍は昨日の洞窟に入っている。

「クロー!突っ立ってないで探せよー」

「あ、俺ってば隊長だから、倫也たちで探してよ!ふふふ…隊長命令だよ!」

 クロは自慢げに顎に手を置き宣言する。

「たいちょ。職権濫用、パワハラだよ?」

 ももが小首をかしげながら笑う。冗談、冗談とクロは笑いながらどこかに歩いていった。

「割と本気で言ってなかったか?」

 倫也は呆れながら呟いた。クロが逃げ出したタイミングで藍が洞窟から戻っできた。

「クロはどこに行ったんだ?あんなでも仕事はちゃんとやるからな。倫也も普段の行動に惑わされるなよ?かなりの腹黒だからな」

「知ってるよ。俺が死んだ時もそうだよ。アイツ、途方に暮れる俺を見てずっとバカにしてたぞ?」

 お気の毒にといったかんじで藍は倫也の方に手を置く。

「倫也くん!  藍 !  指輪が落ちてたよー!  可愛くない?  どう?  ももちゃんにピッタリ!」

 ももが倫也と藍の所に拾った指輪を店に来た。ももの手の上にある指輪を見た倫也と藍は刹那、背筋が凍り、飛び退いた。

「え?  なに? なに? もしかして、虫!?」

 ももは勘違いしてキャーキャーと飛び回る。

「倫也。今のは……」

「分からない。けど凄く嫌な感じだあの指輪」

 ももが落とした指輪を拾い上げるが特段変わった様子は無い。さっきのは何だったんだろうか。このままにしておくのも危険なので持参しておいた、祓い箱と呼ばれる持ち運びの簡易結界に指輪を入れて持ち帰ることにした。

 その後も範囲を広げ痕跡を探すが夕方になるまでみあたらなかった。

「藍、痕跡を探すより、もう祠と社の状態を見に行かない?そっちも終わらない気がする」

 藍も倫也の意見には賛成のようだ。

「倫也くんと藍はまだお仕事するの?ももは疲れたよぉ~」

「だーめ!クロがいないから三人でやるの!」

 倫也と藍に鬼ー!と言いながら猛抗議している。

「ももちゃん、平気だよ!俺が終わらせてきたよ!」

 どこからともなくクロが出てきた。

「終わらせたって……この樹海全部をか?」

 倫也が嘘だと言わんばかりの表情でクロを見る。藍もこれだけは信じられないと言った様子でため息を吐く。ももだけが英雄を讃える様な瞳でクロを見つめる。

「ももちゃんは素直な子だねぇ。それに比べてそこの二人は俺の事確実にゴ○ブリを見るような目で見てるよねぇ?」

 もちろん、二人とも頷く。

「大変素直な部下を持って嬉しいなぁ。クロさんは涙が出るよぅ~」

「それでクロ、本当に終わったのか?倫也ともも、俺はずっと痕跡探してたから動いてないぞ?」

 クロは右手の親指を立て前に突き出す。

「当たり前田の○ラッカー!  俺を誰だと思ってるの!?」

『黄泉国一の怠け者』

 三人が声を揃えて言うとクロは頭の先から崩れ落ちるような感覚を覚えた。

 実際、本当にクロは樹海に点在する祠と社に勾玉を置き状態を確認した様だ。異常は見られないものの、痕跡と言えば最近まで宿っていたはずの道祖神がいなくなっている社が数箇所あったようだ。おおよそマガモノ関連である事は間違いないだろう。

「クロ。気になると言えばこっちも変な指輪があったぞ」

 倫也は祓い箱を取り出しクロに差し出す。受け取ったクロが蓋を開けると黒いモヤが飛び出し洞窟に消えていった。すぐ様、藍はこれを追い洞窟に駆け込む。

「藍!  待って!  危険だからァ~!」

 クロの静止の声は届かない様だ。仕方なく洞窟にクロ、倫也、ももの三人も入っていった。二十メートルほど歩くとそこには、藍が立っていた。藍の目の前には大きく開けたスペースに祭壇の様な物が鎮座している。

「藍、これは?  昨日見た時はなかったんだよな?」

 倫也は藍を疑っている訳では無いが思わず聞いてしまう。クロもいつもの様子とは別人の様に鋭い視線で周囲を観察している。

「あぁ。こんなのは昨日なかった。それもこの大きさ隠せるものじゃないな。さっきの黒いモヤは……鍵だったのか?」

「それしかないよねぇ~。これはももちゃんお手柄だよぉ?    あれ?  ももちゃん?」

 クロが横を向くとももの姿がない!後ろの方を見ると蹲り動けないももを見つけた。

「もも!  平気か!?  ももっ!」

 藍はももを抱きかかえ声をかける。

「平気だよ。少し……目眩がしただけ」

 目眩?倫也は目眩ほどではないがこの空間に入る時、僅かな違和感を感じていた。

 どこかで同じような事が……

「クロ!  藍!  すぐに引き返そう!」

 倫也は思い出した。初めて境界を超えた時のことを。あの空間の湾曲する様な感覚は目眩に似ている。ここはきっと異空間もしくは全く別の場所だと倫也は判断した。

「だけど倫也、この祭壇がこのままだと……調査をしてからにしないか?」

 藍はこれからのことを考え、あわよくば破壊しようと考えていた。

「藍、焦らないよぉ~?  多分転移したか空間がねじ曲げられているようだから遅くなると帰れなくなるかもしれないよぉ?」

 藍は分かりましたと不本意ではあるが隊長であるクロの指示に従う。ももを背負いクロが出口へと向かう。

「せっかく来たのにどちらへ行かれるのです?」

 聞き覚えのない声に全員振り向く。祭壇の下に道着のようなものを着た男と思しき人物がいる。男は倫也たちの方に歩み寄る。その人物に正対しながら少しずつ倫也立ちは、後退する。

「そうだ。今は出口が閉じていますから、出ることはできませんよ?」

 道着の男はにやけながら近づいてくる。クロはももを倫也に預けると一歩前に出る。

「誰か知らないけどいきなり監禁とは穏やかじゃないねぇ。」

 道着の男は立ち止まり驚いたように振る舞う。

「誰かわからないとは……これはこれは。私共はあなた達の事は存じておりますのに。ねぇ?死神第三部隊、隊長クロさん?  おや?  それとも……ふふふ……そうでしたね。あなたは過去を捨てたのでしたね。」

 クロの過去?  一体何が?いや、今はそうじゃない。目の前のこいつは……?

「俺の過去を知っていたとしてもそれが何だ?今、お前はそれどころじゃないだろ?」

 クロの口調が変わる。過去に何があったのかだろうか?しかし、倫也も藍も今はそれどころじゃない。倒れたままのももを連れ少しでも早く離脱したいところだ。

「まぁ。上からのお許しも出ています。私達は神となった者の堕とし子。禍津御霊(まがつみたま)その存在をなきものとされたものの一族ですよ」

「八十様の言った通りか……復讐か?」

 肩をすくめる男は呆れながら答える。

「復讐?そうされる事でもしたのですか?天津国の八百万の神は。私達は帰りたいだけですよ?あるべき場所へね」

 男はもういいでしょうと言うと大きな矛を取り出しクロを目掛け突進して来る!

 ガィィィィンンン……

 クロの手前で男と矛が止まる。藍が双剣で、倫也が召喚したした武器を飛ばし防いだ。

「ウチの部下は強いよぉ~?四対一で平気なのかなぁ?」

 クロに余裕が戻る。ももがクロの横に立っていた。どうやら落ち着いたようだ。

「たいちょ、ももが援護するよ」

「頼もしい方達ですね!  いいでしょう!  私、禍津彦尊(まがつひこのみこと)がお相手しましょう!」

 倫也が飛び出し、禍津彦尊に切りかかる。後ろに飛び退き禍津彦尊は構える。

「あなたは誰です?  神族では無いですね?しかし、面白い力をお持ちのようだ。楽しめそうです……ネッ!!」

 倫也の天羽々斬と禍津彦尊の矛が重なる。距離を取り次の手を思案しながら互いに睨み合う。

 クロは倫也の力を図る様に見守っている……

 ――続く




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