突然ですがあなたは今日から死神ですよ!?

来栖槙礼

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第八話 異常事態!マガモノ大量発生ですよ!?

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 朱色に染まる空が際限なく広がる。遠くの方には薄く朱色から濃紺へと綺麗なグラデーションを描く。陽が落ちる一瞬が永遠に続く。いつまでも変化のない空を一人の女性は砦の最上階より眺めている。肌は白く綺麗で大きな瞳は潤んだように輝き、唇はふっくらとして艶がある。腰まである長い黒髪を風に揺らしている。彼女はその容姿には似合わない黒い軍服を纏っている。
しばらくすると振り向き広い部屋に置かれた黒革の椅子に腰掛ける。椅子の前に置かれた机に両肘をつき俯くように頭を両の手のひらで支える。


コンコンコン……

部屋の扉が鳴る。彼女がどうぞと言うと扉が開きその場には不釣り合いな黒いライダースジャケットの男が部屋に入ってきた。身長は170cmと言ったところか。体型はやや細身で黒い髪は短く逆立てている。彼女に歩み寄ると男は話し始めた。

「クロ。召集に従い。参上致しました。……あれ?伊邪那美(イザナミ)様?」

イザナミと呼ばれた女性は顔を上げ小さく溜息を吐く。

「クロ……いつも言っていますが私の前ではそう固くならないで。息が詰まるわ。今は文官たちもいないのだし」

「いいえ?イザナミ様、壁に耳あり……ですよ?」

笑いながらクロは声を小さくしてイザナミに答えて返す。

「そうね。特に今はね。」

   伊邪那美命(イザナミノミコト)が治める「黄泉国(よもつくに)」の砦、神庭宮。その最上階にある主神の執務室で二人はいる。


―――――――時は少し遡る。

    ミチヤが根之国に訓練のため出向してから一週間ほどのことだ。クロは急務とのことでイザナミに呼ばれていた。

「クロ、第二部隊が人間界の調査から帰ってきたのだけど、ここ最近様子がおかしいの。マガモノの発生率が急激に上がっているわ。本来マガモノは余程のことがない限り発生しないのだけど半年以内に既に六件。そのうち四件は第三部隊、クロに対処してもらっているわ」

クロは黙って頷く。それを確認するとイザナミは二枚の報告書をクロに差し出した。

「イザナミ様……これは……」

手に取りクロは目を通す。

    一枚目は京都の案件。二ヶ月前に道祖神が「穢れ」を纏い多重交通事故を引き起こした。その後、様々な災厄を振り撒きながら自然消滅。第二部隊が対応に向かうが到着までの時間に消滅したので痕跡は追跡不能。

   二枚目は淡路島の案件。六ヶ月前に道祖神が暴徒と化し荒波を発生させる。何隻もの船が沈没し連鎖的な海難事故を引き起こした後、自然消滅。
荒波を発生させた直後に消滅していたため、この案件も事後の調査は不能。

「第三部隊が対応したほかの四件はいずれも神徒の暴走よ。理由も明確だわ。神域の力に呑まれた果ての暴走か神域の保全中に意識を失って無意識の暴走。後者の方は意識を失った神徒と現場を今も調査中よ。力に呑まれた神徒は神域の力を取り込もうとした結果、強くありたいとの欲望が「穢れ」になっているわ」

それを聞きながらクロは報告書を睨み付けている。

「何か気になるところがある?」

イザナミは意見を求めた。

「そうですね。まず自分が行った案件を含め全てが関西圏……西日本でしか起きていない。どうにも違和感がありますね。あと、道祖神関連のこの報告書の件。道祖神と言えども神様です。簡単に消滅するのが考えにくいです。消滅するにしても、痕跡が残らない事は神様である以上不可能かと思います。最初から存在しないと同じことですから」

   この道祖神が消えるというのはその土地に影響を与えている、若しくは厄災を防いでいる彼らの神気が広く根付いている事からすぐにその痕跡が消滅することはありえないのだ。

「クロの言う通りなのよ。発生件数もだけど特にこの二件は内容が異常なのよ。神域での神徒もその時の事を覚えていないみたいで……それも一様に……」

    この異例の事態に黄泉国の主神イザナミは頭を抱えていた。
直属の死神部隊は人間界の秩序維持及び特異体の監視、排除が役割だ。全3部隊から成り第一部隊は監視、第二部隊は調査、クロが隊長を務める第三部隊は排除が活動目的になっている。全部隊共に高い戦闘能力を誇っているが取り分け第三部隊は戦闘特化の部隊だ。加えて隊長のクロは経験も去る事ながら洞察力とカンがずば抜けて鋭い。こうしてイザナミが頼る事も少なくない。

「暫く様子見……というわけにも行きませんね。うちの隊員を関西圏に派遣しておきます。一週間ごとに報告しますよ」

イザナミは少し考えたが首を横に振る。

「ダメね。有難いけど、それじゃ特異体の対処がザルになってしまうわ」

「自分がいますけど?」

クロは自分を指さし、にへらっと笑う。

「一人で平気なの?……いえ、何でもないわ。それこそ杞憂ね。この件は任せます。第三部隊隊長に関西圏、西日本の指揮権を預けるわ。各部署に通達をしておきます。手続きなど不都合がある場合は私の名前を使ってちょうだい」

イザナミはそう言うと勾玉のピアスを一つクロに手渡した。八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を象った朱い勾玉でイザナミを象徴する神器だ。

「有難く使わせて頂きます」

そう言って受け取るとクロは執務室を後にした。

「頼むわよ。クロ……」

イザナミは立ち上がると先程のように窓辺に立ち先程と変わらない黄昏時の空を見上げた。


   クロは執務室階下の第三部隊詰所に戻ってきた。

「クロ!おかえり!なんの話だった!?」

クロが部屋に入るなり一人の青年が立ち上がり話しかける。青年は茶髪でツイストパーマ。身長は180cm、細身で手足は長くモデルの様な体型。さらに顔も面長で整っている。

「うん。ただいまぁ~。いやぁ、流石に執務室での話は疲れるねぇ~」

縄張りに戻ったとんクロはユルユルになる。普段はふにゃふにゃなので官職の中にはクロが死神部隊の部隊長である事に反感を持っている者も多い。その為、死神部隊以外ではキリッとしている。

「たいちょう?ももはこんどはなにするのぉ?」

身長は150cmほどの幼い顔つきの可愛い女の子がクロの方に近付き問い掛ける。喋り方も相まってかなり幼く見えるがその見た目とは裏腹に豊かな胸に服の上からでもわかるくびれた腰に、制服のスカートから覗く細い足。男なら誰でも振り向く容姿だ。

「ももちゃんはねぇ~。藍(あい)と一緒に人間界でお仕事になるよぉ~」

青年は怪訝そうな顔で聞く。

「人間界……か。前回のマガモノと何か関係があるのか?」

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないよぉ?藍、今回の任務内容は巡回及び粛清対象の拘束、若しくは排除っていうお題目だよぉ」

青年の名前は藍。第三部隊の部隊員。少女の方はもも。同じく第三部隊員だ。正式にはあと一人、ミチヤが所属になるが今は根之国だ。

「全員でか。となると担当区域と割り振りが…」

「あ、俺は別任務よ~?」

藍の言葉を遮りクロは一言で済ます。

「えぇ~。たいちょうが行かないなら、ももちゃんも行かない。藍は怒るからいやっ!」

ももは頬を膨らめて怒った顔をする。

「はいはい。藍はももちゃんに優しくしてね~?」

ねーっとクロとももは顔を合わせる。

「そう言うのマジで面倒。クロはももと同調し過ぎ。それは置いといて、クロは行かないとなるとやっぱ黄泉国からでれないほどの事が?」

藍はいつも迷惑がっている。一人でこの二人の相手は相当疲れる。話には聞いている新入りがまともなのを心底願っている。もしダメなら労基と職安に行こうと密かに考えるほどに。

「そだね~。出れないと言うか、緊急時以外は出ない。そうなるかなぁ~」

もぐもぐとお菓子を食べながらクロは喋る。

「人間界、それも西日本での監視になるよぉ。一応、二人で交代で張るようにして。拠点は出雲大社。淡路島の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)と奈良の大神神社、九州は宮崎の青島神社この四つの神域で周辺の監視を行ってもらうよぉ。あと一週間ごとにレポート宜しくねぇ!」

藍とももはそれぞれ返事をすると支度を始めた。




    翌日、 イザナミは天津国に来ていた。天津国は八百万の神が居住する神の国であり、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の神区だ。街の往来には多くの神々で溢れ活気に満ちている。

クロを呼び出した日の翌日、イザナミはある人物に会うために天津国へ来たのだ。行き交う神々の中にはイザナミの異様な美しさに立ち止まり見惚れる者もいれば黄泉国の女神と畏れる者もいた。そんな視線はお構い無しといった様子でイザナミは凛としている。
   イザナミは神庭宮に着くと先ず、大舞台に向かった。そこでは一人舞台で舞踊の練習に励むポニーテールの女性がいた。女性は小柄で細身。肌は健康的な小麦色だ。巫女服を着ている。

「相変わらず、あなたの舞は見惚れてしまいますね。天宇受賣(アメノウズメ)」

舞っていたウズメは振り返り、イザナミに気付くと慌てて畏まる。

「イザナミ様!お久しぶりでございます!」

「ふふ。畏まらないで、ウズメ。今日は頼みがあってきたの」

私にですか?と言った顔でウズメは自分を指さす。頷きながらイザナミは答えた。

「そうよ。部屋に閉じこもったままのあの子は元気?」

「元気ですよ!ただ、私が行かないとまだ出てこなかいんです……」

ウズメは下を向く。

「そうなのね……でも、彼女の力が必要なの。だから案内して欲しいの。彼女……天照大御神(アマテラスオオミカミ)の所へ」

分かりましたと言うと、イザナミを連れ神庭宮の中を移動する。

アマテラスは過去にスサノオがイザナミに会いに黄泉国へ行くと駄々をこねて暴れた際にその力に怯え引きこもりなっていた。

    先程の大舞台から階段を降り地下に降りる。岩肌の壁が続く薄暗い廊下を奥まで進む。岩肌に埋め込まれた大きな扉が見えてきた。ウズメは扉の前で止まり、アマテラスに呼びかけた。イザナミがいると聞いてアマテラスも慌てて扉を開く。

出てきた少女は眼鏡にボサボサ頭。全身ジャージだった。おおよそ太陽を司る神と思えない出で立ちだ。身長は160cmぐらいに赤みがかった茶髪のセミロング。スタイルはいいのだがそれを見られたくないのか猫背である。

「お、お久…しぶりです」

アマテラスはもじもじしている。それをイザナミは微笑ましく見つめる。

「少しでも外に出れるようになりましたか?スサノオがごめんなさいね……」

「そ、そんな!イザナミ様お顔を上げてください!困ります!」

アマテラスは頭を下げるイザナミを制止してどうぞと中へ案内する。

「それで……今日は以下がされました?」

「アマテラス。協力してほしいことがあります。今、人間界でマガモノによる被害が増えています。あまりにも多く、その原因を探りたいのです。あなたの持つ八咫鏡(やたのかがみ)で見てはくれませんか?」

アマテラスは驚いた。

「アマテラス様!」

驚いて動きが止まるアマテラスにウズメが呼び掛ける。

「私もマガモノが最近増えているとの噂を聞きます。しかし、天津国の八百万の神ではこれはどうにもできず、対応出来るのは黄泉国の死神部隊だけです。」

アマテラスはウズメの言葉に頷くとイザナミに返事をする。

「分かりました。私が八咫鏡で人間界を監視して見ます。何かあれば建御雷(タケミカヅチ)に頼んで使いを出します」

「ありがとう。感謝するわ!」

そう、約束するとイザナミは部屋を出て黄泉比良坂へ向かった。

再び天津国のメインストリートをイザナミは歩く。いつ来ても多くの店があり、そのどれもが繁盛している為お祭りのような雰囲気だ。その中を高天原の中央に大きく聳える大神木へと向かう。

ドンッ

イザナミに一人の神様がぶつかってきた。その衝撃で神様の持っていた袋の中身がこぼれ落ちた。
慌ててその神様は広い集める。ローブのようなものを纏いフードを被っているため男神なのか女神なのか分からない。イザナミもしゃがみそれを手伝う。

「ごめんなさいね。少しぼーっとしていたわ。大丈夫?」

イザナミは散らばった勾玉を集めながら声を掛ける。

「いいえ……大丈夫です」

中性的な声で短く返す。イザナミは拾った勾玉を見て違和感を感じよく見る。

「これは……」

勾玉は濁った色をしている。穢れがあるようだ。

「各所の神社に奉納された物を八十禍津日神(ヤソマガツヒノカミ)様に届ける所でして……」

そう言うとイザナミの手から勾玉を回収して立ち上がり、一礼をして立ち去っていった。神社に奉納された厄を回収して浄化する任務なのだが、勾玉の色にイザナミは何となく違和感を覚える。既に見えなくなった神を目で探すが見つからない。小さいため息を吐くと大神木へと再び歩き出す。


―続く
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