孔雀色の空の下

萩尾雅縁

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メタモルフォーゼ 1

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 足首が痒くてしかたがない。見ると、小さな瘡蓋かさぶたが二つできていた。まるで吸血鬼にでも噛まれた痕みたい。瘡蓋の上から搔きむしると、赤い鮮血が滲んで広がった。

 どうしてだろう。無性にいらつくようになった。足首が痒いからかな。そのせいで神経が疲れるのか、日中眠くて堪らない。反対に夜中にはらんらんと目が冴える。何気なく見ていたサイトの広告にあったネットショップに飛んで、指輪を23個買ってしまった。衝動買いなんて、これまでしたことなかったのに。



 届いたばかりの包装を開き、小分けされた小袋から一つずつ出していく。一番気になっていた指輪をはめてみた。

 蒼白い華奢な指にプラスチックの黒薔薇が咲く。

 トラッドスタイルの服しか持ってないのに。ブラウンチェックのスカートにどうやって合わせろっていうの。

 そんなことを思いながら、中指の黒薔薇に口許が緩む。可愛い。

 ジュエリーケースも一緒に頼んだ。アクセサリーなんて買うことなかったから、とうぜん収納用品も持ってなかった。黒の合皮のケースは指輪専用だ。留め具が蝶の形をしているのがツボだった。




 それから毎晩のように買い物した。ネットショップに並ぶ可愛らしいモノたちを見ていると、足首の痒みを忘れられた。瘡蓋はなかなか剥がれず、掻く度に爪先を赤く染める。

 ピアス穴を開けた。可愛いから、見てると欲しくて堪らなくなって。ジュエリーケースも増えていく。ピアス用、ブレスレット用、チョーカー用。もう入りきらないから、買い足さないと。

 お気に入りのケースに並ぶのはプチプラだけ。金18や銀925の高価なものは可愛くても買わない。安いから、罪悪感なくどんどん買えるの。誰かの気を引き、マウントを取るための貴金属じゃないってことが、安心感をくれる。自慢するためのブランド品とは違う、可愛いだけのモノ。「それ、可愛いね」って言われて終わり。「どこのブランド?」って聞かれることもない。見ればわかるもの、安物だって。
 
 自分の楽しみのためだけに身につける幸せ。
 だから、安物買いの銭失いにはならないの。

 その幸せにどっぷり浸かった。溺れるほど心地良さも増していった。




 黒薔薇に合う、ワンピースを買った。黒の生地に浮きあがる薔薇模様が可愛い。大きな襟、袖、裾にたっぷりのレースとリボンがついている。これよりももっとシャープな感じの深紅のラインの入っているのも素敵で、迷って迷って決められなくて、どちらも買った。このワンピースには厚底のショートブーツを合わすの。フロントとバックにリボン、サイドにチェーンがついていてすごく可愛い。それに大ぶりな黒革の鞄も。手袋、カチューシャ、小物も揃えなきゃ。

 身につけるモノが一通り揃うと、六畳一間の和室がもう異空間にしか感じられなくて。気持ち悪くて自分でカーペットを敷き、襖と壁を黒の壁紙に張り替えた。ここにたくさん透かし模様の金の蝶を飛ばすの。窓にはフリルのついた漆黒のカーテンを。天蓋付きのアイアンベッドを置いたらとっても素敵。

 ああ、なんて可愛いの。


 次の引き落とし通知が来た時、口座残高が足りないことに気がついた。
 どうしてだろう? そんなにお金使ったっけ?
 安いモノしか買ってないのに。指輪なんて、一つ数百円しかしない。お洋服だってそれよりは高いけれど、それでも、何万円もしたりしない。このお部屋なんて、業者に頼まずにハンドメイドしたのよ。そりゃ、ベッドは買い替えたけれど――。

 だけど、お母さんのくれたバックなんて、私が買ったもの全部よりもまだ高いじゃないの。

 そうだ、あれを売ろう。ネットの広告に、あのバックのブランドは「高価買取」って書いてあった。

 急いで申し込みして査定して、買い取ってもらった。おかげで、カードの引き落とし日に間に合った。こんなに高く売れるんなら、他のバックも売ってしまおうかな。靴も、お洋服も。
「良いものを持って、長く使うのがいいのよ」、とお母さんは言ってたけれど、こんなおばさん臭いバックで出歩くのは嫌。持ってたって箪笥の肥やしにしかならない。
 それに宝石。あんなものつけて道を歩くなんて、「どうぞ強盗して下さい」って言っているようなものじゃない。お母さんみたいにいつも車で、ホテルのレストランや劇場を往復するだけなら気にならないだろうけど……。


 足首が痒い。お金のことを考えるのは嫌。ずっと堅実にやってきたんだから、少しくらい自分にご褒美をあげたいだけなのに。足首が痒い。掻きむしっていると、自分が悪いことをしているような気になる。だから、掻きたくないのに。

 お買い物をしている間は、痒いのを忘れられる。
 可愛いモノたちを愛でている時も――


 お母さんにもらったものを処分すれば、クローゼットも広くなる。そこに、本当に可愛い、本当に大好きなモノたちだけをしまおう。

 自分で選んだモノたちだけを、大切に、大切にしてあげるの――



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