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7.滝壺2
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僕は、どうどうと流れ落ちる白滝を眺めていた。
「おいで――」
彼女が呼んでいる。この碧に輝く水底から。
深く澄んだ水を見下ろす張りだした断崖の冷たい岩の上にしゃがみこみ、水底を覗き込む。
満点の星を映しきらきらと光を放つ滝壺から、ふわりふわりと白い靄の塊が飛び立っている。
まるでお正月のお餅つきみたいだ。
杵と臼でついた大きなお餅を、お祖母ちゃんが小さく千切って放り投げる。それを母さんが一個一個、くるりくるりと形よく丸めていく。
見えない手がこの滝壺の中に沈む大きな魂を小さく千切って、空に放り投げ星に変えている。
そんなふうに僕には見えた。
「はやくおいでよ」
水面が揺れる。ゆらゆらと。そこかしこで、とぷん、とぷんと白い手が突き出てはひらひらと僕を招く。ザワザワと滝壺を囲む樹々が呼応するように騒いでいる。やがて水面はゆっくりと渦を巻き始め、攪拌される紺碧と星屑の中に、流れる髪の毛を揺らめかせた女の子の白い顔が見えた。
僕は身を乗りだして手を伸ばした。ぐらりと身体が傾ぐ。
落ちる!
とたんに突風が僕の身体を吹き飛ばすように岸壁から吹き上がり、叩きつけてきた。
「あの馬鹿女!」
耳元で聞こえた高い金属質な声。
いつの間にか僕は、ぽうっと温かいオレンジ色の焔に包まれている。
サラマンダーの焔、ちっとも熱くない――。
しげしげと輪郭を揺らめかせて光っている自分の両手を眺めていたら――、
「おい、この馬鹿が! こんなところで何やってんだ!」
いきなりきりきりと髪の毛を引っ張られた。ぷすぷすと焦げ臭い匂いが鼻をつく。
「何って……」
どうして僕はこんなところにいるのだろう?
僕を包んでいた焔がすっと消えた。
あんなに騒いでいた樹々も今はそよとも葉を鳴らさず、辺りは静まり返っている。轟轟と白い飛沫をあげて水底に吸い込まれていく水音だけが濃紺の星空に響いているだけだ。
ふと視線を落とした先の滝壺は真っ暗な闇。鏡のように夜を映しこむその深淵に、ぞくりと背筋が凍りつく。
「誰かに呼ばれた気がしたんだ」
僕はまだにぼんやりしたまま、呟いた。
ちっ、と彼は紳士にあるまじき舌打ちをした。彼を取り巻く赤い焔が黄色く色を変え伸びあがる。
ほら、そんなに威勢よく輝くから、きみを目当てに鬼火が集まってきたじゃないか……。
そんな彼をぼんやり眺めていると、いきなり――、
ぶおぉー!
と、サラマンダーが焔を吐いた。シルフがすかさず手にしたヤツデの葉でバサバサと仰ぎ、その焔を竜巻のように吹き上げる。
くるくると廻る火炎が、漂う鬼火を散り散りに薙ぎ払う。
「くそっ、キリがない! あの馬鹿女のせいで!」
キィキィ苛立たしげに、サラマンダーがぼくの頭の上を旋回する。ひゅんひゅんと、どんどんスピードが上がっていく。光の筋になって複雑な模様を描き始めた彼に呼応するように、轟音を立てて水面が渦を巻き水柱が立ちあがる。
その水柱を目がけてシルフがヤツデの葉を振るい、すさまじい豪風でもって彼の描いたペンタグラムの図形と、その上に燃え上がる文字のような模様を叩きつける。
一瞬の閃光が走り、辺りはまた闇に落ちた。
耳元で聞こえる荒い息遣いにはっとして、ズンと重みを感じた肩に意識が戻る。
「俺の、祠まで、連れて帰ってくれ」
消えかけた残り火のような彼が、切れ切れに囁いていた。そして、そんな彼のすぐ横で、小さな渦巻きが大きなヤツデの葉をひらひらさせながら、心配そうに渦巻いていた。
「おいで――」
彼女が呼んでいる。この碧に輝く水底から。
深く澄んだ水を見下ろす張りだした断崖の冷たい岩の上にしゃがみこみ、水底を覗き込む。
満点の星を映しきらきらと光を放つ滝壺から、ふわりふわりと白い靄の塊が飛び立っている。
まるでお正月のお餅つきみたいだ。
杵と臼でついた大きなお餅を、お祖母ちゃんが小さく千切って放り投げる。それを母さんが一個一個、くるりくるりと形よく丸めていく。
見えない手がこの滝壺の中に沈む大きな魂を小さく千切って、空に放り投げ星に変えている。
そんなふうに僕には見えた。
「はやくおいでよ」
水面が揺れる。ゆらゆらと。そこかしこで、とぷん、とぷんと白い手が突き出てはひらひらと僕を招く。ザワザワと滝壺を囲む樹々が呼応するように騒いでいる。やがて水面はゆっくりと渦を巻き始め、攪拌される紺碧と星屑の中に、流れる髪の毛を揺らめかせた女の子の白い顔が見えた。
僕は身を乗りだして手を伸ばした。ぐらりと身体が傾ぐ。
落ちる!
とたんに突風が僕の身体を吹き飛ばすように岸壁から吹き上がり、叩きつけてきた。
「あの馬鹿女!」
耳元で聞こえた高い金属質な声。
いつの間にか僕は、ぽうっと温かいオレンジ色の焔に包まれている。
サラマンダーの焔、ちっとも熱くない――。
しげしげと輪郭を揺らめかせて光っている自分の両手を眺めていたら――、
「おい、この馬鹿が! こんなところで何やってんだ!」
いきなりきりきりと髪の毛を引っ張られた。ぷすぷすと焦げ臭い匂いが鼻をつく。
「何って……」
どうして僕はこんなところにいるのだろう?
僕を包んでいた焔がすっと消えた。
あんなに騒いでいた樹々も今はそよとも葉を鳴らさず、辺りは静まり返っている。轟轟と白い飛沫をあげて水底に吸い込まれていく水音だけが濃紺の星空に響いているだけだ。
ふと視線を落とした先の滝壺は真っ暗な闇。鏡のように夜を映しこむその深淵に、ぞくりと背筋が凍りつく。
「誰かに呼ばれた気がしたんだ」
僕はまだにぼんやりしたまま、呟いた。
ちっ、と彼は紳士にあるまじき舌打ちをした。彼を取り巻く赤い焔が黄色く色を変え伸びあがる。
ほら、そんなに威勢よく輝くから、きみを目当てに鬼火が集まってきたじゃないか……。
そんな彼をぼんやり眺めていると、いきなり――、
ぶおぉー!
と、サラマンダーが焔を吐いた。シルフがすかさず手にしたヤツデの葉でバサバサと仰ぎ、その焔を竜巻のように吹き上げる。
くるくると廻る火炎が、漂う鬼火を散り散りに薙ぎ払う。
「くそっ、キリがない! あの馬鹿女のせいで!」
キィキィ苛立たしげに、サラマンダーがぼくの頭の上を旋回する。ひゅんひゅんと、どんどんスピードが上がっていく。光の筋になって複雑な模様を描き始めた彼に呼応するように、轟音を立てて水面が渦を巻き水柱が立ちあがる。
その水柱を目がけてシルフがヤツデの葉を振るい、すさまじい豪風でもって彼の描いたペンタグラムの図形と、その上に燃え上がる文字のような模様を叩きつける。
一瞬の閃光が走り、辺りはまた闇に落ちた。
耳元で聞こえる荒い息遣いにはっとして、ズンと重みを感じた肩に意識が戻る。
「俺の、祠まで、連れて帰ってくれ」
消えかけた残り火のような彼が、切れ切れに囁いていた。そして、そんな彼のすぐ横で、小さな渦巻きが大きなヤツデの葉をひらひらさせながら、心配そうに渦巻いていた。
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